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SAKATE, Yoji
Profile
坂手洋二(SAKATE, Yoji)
1962年生まれ。1983年に燐光群を旗揚げ。以後ほとんどの作品の作・演出を担当する。99年にACCのグラントとによりNYに留学。劇団外への執筆および演出、評論集・戯曲集も多数。日本劇作家協会副会長。日本演出者協会理事。国際演劇協会日本支部理事。演劇を一つの「メディア」として捉え、「共同体」と「個人」の相克をテーマに、社会問題をジャーナリスティックな視点で掘り下げる。沖縄問題、自衛隊問題、宗教問題などを取り上げる一方、舞踏、音楽、映像といった他ジャンルとの交流シリーズや、能の形式を導入した小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)にまつわる連作を展開。海外8カ国15都市で公演を実施し、海外のアーティストとの合作を行うなど、国際的にも活躍。演出家賞、文学賞など受賞多数。
http://www.alles.or.jp/~rinkogun/

『屋根裏』 撮影:大原拓
→「今月の戯曲」参照
『だるまさんがころんだ』 撮影:大原拓

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an overview
Artist Interview
2005.2.23
A shamisen player from the rock generation,Hiromitsu Agatsuma talks about taking his shamisen music to Europe.  
演劇は共同体の実験場だ密室演劇の旗手、坂手洋二の世界  
日本の現代演劇をリードしてきた小劇場演劇の特徴のひとつが、個々の劇団が自分たちの拠点となる小劇場をもち、そこをベースにして共同体的な創作活動を行い、固有の表現スタイルを生み出してきたところ。しかし、90年代以降、こうした集団性に依拠しない若い劇団の方が主流になっている。その中で、約5m×11mの空間「梅ヶ丘BOX」を拠点に創造活動を続け、空間性と身体性を追求した演劇を模索している坂手洋二と燐光群は、数少ない小劇場演劇の正統な継承者と言える。
その代表作「屋根裏」は、ひきこもりを題材にした作品で、人がひきこもるために使う「屋根裏」という名前のパッケージ空間が通信販売されているという設定。ほとんどの芝居が舞台上にある小さな台形の箱の中で進行するという驚異的な作品だ。
緻密な取材を踏まえた上で、世の中が黙認している現実を、劇場という空間の中で、俳優の身体を通じて再生させる彼の作品には、不思議な人間臭さとユーモアが溢れている。坂手洋二の劇世界を作家ロジャー・パルバースが聞く。
(2005年1月28日 インタビュー:ロジャー・パルバース 構成:但馬智子)


「平穏を揺さぶる自由」──坂手洋二インタビュー
インタビュー当日、ちょうど前日まで「屋根裏」が上演されていた梅ヶ丘BOX(まさに「箱」と呼ぶべき鉄道高架下の小空間)で私たちは会った。「屋根裏」の舞台装置は、翌週から始まるアメリカ公演ツアーのためにすでに解体され、輸送準備が整っている。坂手さん自身もツアー最初の開催地フロリダへ向け、支度中であった。そんな彼が語ってくれたのは・・・・・・。

僕の戯曲に対するアプローチの仕方は、他の劇作家たちのそれとは微妙に違うような気がします。僕はストーリーから全体を組み立てていくのではなく、人物像からつくり始めるんです。人の一生は物語そのものよりも複雑だと思うからです。登場人物に物語を強いることは、登場人物たちから自由を奪うことになります。もちろん僕の作品にも彼らを拘束しているモラルはあるでしょうが、それは舞台を観て観客が感じるもの、観客が決めるものだと思います。

では登場人物は、ストーリーからその存在意義を与えられないとすると、どこからそれを得るのか。それは、演劇の仕組みの基本にある「認識する」ということ、つまり「言葉」によってです。「この人は人間です」と言ったり、それについて具体的に話すことによってのみ、舞台上でその存在を認識することができるのです。伝えるべき抽象概念というのもあるかもしれませんが、それを描くために表現することは、僕はあまり好きじゃない。そういう主張をすることで、劇作家の作為が見えてしまう。芝居が作為によって失われてしまう。作為によってすべてが予定調和になってしまいます。そうならないよう、細くできることはできるだけ細くしてしまって、ひとつにまとめない、ひとつで代表させないというのが僕の方法論です。

僕が最も、しかも長い間、興味をもってきたのが「転移」のプロセスです。つまり、置き換えるという作業が演劇のスタートだと考えています。たとえば俳優はある役を演じつつ、同時に別の役にもなれる。それはある人が別の身体、もしくは別のあるものに乗り移っていくという作業ですが、役者にこの転移について認知させ、転移するものについて認識させ、それを表現できる知識を与えること、それが「言葉」の役割だと思っています。つまり「言葉」は、役の個性を追求する自由を役者に与えてくれるための機能なのです。

これについては多少違和感をもつ人もいるかもしれませんが、この転移という考え方は、日本の伝統芸能の中心にあったものです。そういう意味で、夢と現実が交差する世阿弥の「複式夢幻能」という様式はすばらしいと思いますし、彼の考えは現代にも通じるものだと思います。実は、僕の大学の卒業論文は世阿弥がテーマだったのですが、ただ、実際に能を観たのはせいぜい10本程度。能そのものに魅力を感じているわけではないということを付け加えておかないとダメですね(笑)。それでも世阿弥の思想には心を動かされます。

古典には亡霊がよく出てきますが、たとえば、目の前にあるこのコーヒーカップが僕の亡霊だとすると、僕はここにいるはずなのに、(コーヒーカップを指差して)ここにも僕がいることになります。僕は本当はこのカップなのかもしれないし、カップが僕なのかもしれない。どっちが本物の僕なのか? どちらが生身の描写でどちらが亡霊なのか? 亡霊と出会うことで、僕たちは舞台上に2つのイリュージョンがあることに気づいて思考する──これが演劇の基本であり、そのことを確かめる表現を僕は目指しています。これはいわゆるリアリズム演劇の仕組みとは異質のもので、言葉、身体感覚、ジェスチャーを通した別の表現の仕組みを追求しています。

僕は、岡山に生まれ育ちました。岡山は東京という日本の文化的中心から離れている地方都市で、当時、映画館も4館程度しかなく、演劇もほとんどやってなかった。大学に入学するために18歳で上京するまで、自分が劇作家になるとは夢にも思っていなかった。初めて観た芝居は、70年代に俳優座がやったイプセンの「ヘッダ・ガブラー」で、「なんでこの芝居には年寄りばかりが出てくるんだろう」って(笑)。でも、78年ごろに観たつかこうへいの「熱海殺人事件」には度肝を抜かれました。いろいろあって、山崎哲さんの劇団「転位・21」を経て、自分のカンパニー「燐光群」を旗揚げすることになるわけです。
 
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