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Artist Interview
A shamisen player from the rock generation,Hiromitsu Agatsuma talks about taking his shamisen music to Europe.
演劇は共同体の実験場だ密室演劇の旗手、坂手洋二の世界


「最後の一人までが全体である」
撮影:大原拓
「私たちの戦争」 (c)燐光群
「天皇と接吻」 (c)燐光群


燐光群というカンパニー名の由来ですが、最初はなんとなく響きから入ったんですね。後になって、ラフカディオ・ハーンの文章の中に、遠くの海の波間に光が漂っているのを見て、「ある「燐光」の一点を見た」という一節があるのを知った。「ここにいる私も、宇宙から見れば、同じ燐光の一点」と言ったハーンは、この光に自分を転移させてみていたんだと思いますが、こういう部分が演劇的だなあと。もっとも、これは劇団名を付けた後で考えたこじつけですが(笑)。

僕はどちらかというと、映画少年だった。高校時代に友人たちと映画クラブをつくり、岡山では絶対に見ることのできない外国映画の上映会を企画したり、自分たちで自主映画も3本撮りました。1本は、ただひたすら走る映画。僕が映画クラブと陸上部の両方に所属していたので、いつの間にかそれがダブってしまったんですね(笑)。もう1本が、外界から隔離された3人の若者が無人島で暮らすという設定の作品で、ヘリコプターが来て"さばみそ"の缶詰を毎日空から落していく。彼らはそれだけを食べて、結局、無人島を離れられない。実はこの作品は80年代にアマチュアの8ミリ映画を対象にしたコンペティション「ぴあフィルムフェスティバル」で選ばれて上映されました。

思い返すと、僕は、昔から閉鎖状態に陥ってしまう話が好きなのかもしれない(笑)。三船敏郎とリー・マーヴィンが主演した『太平洋の地獄』とかも好きだし。これも無人島にたった二人だけでドラマが展開する映画です。密室や押入、こういうものにはそそられます(笑)。僕は、アメリカの戯曲「CVR」の日本版を演出したことがあって、これもコックピットという閉鎖的な空間が題材です。「屋根裏」もそうですが、こういうシチュエーションが好きなんですね。

カンパニーを立ち上げてからは・・・・・・ちょっと奇妙に聞こえるかもしれませんが、まずカンパニーが先にあって、芝居はその次にあるような気がしています。僕らは一つの共同体であり、小さなコミュニティーなんです。その共同体の実験が演劇であり、日本語とか、宗教意識とかもその共同体の実験として演劇で表現している。ちょっと亡霊の話に戻しますが、誤解しないでほしいのは、僕は魂を信じているわけではなく、特定の宗教意識を持っているわけでもありません。しかし、亡霊のようなイリュージョンが、ある世界に入り込むための僕なりの方法論になってきていて、きっと世阿弥もそうだったのではないかと思いますが、重要なのは、物事が変化していけば、人物も置き換わっていくということ。僕ら日本人は常に自分の枠を変えないで物事を捉えようとするので、何かが起こっても何も変わらない。とても習慣に弱くて、この習性はひどいものだと思います。

僕の芝居では、いろいろな日本の社会問題を扱っていて、いくつかは国外に及ぶテーマもあります。たとえば、死刑問題、捕鯨、沖縄の米軍基地問題、イラク戦争など。でも、日本のメディアは多くの重要な問題について黙認していて頭にくることが度々あります。メディアだけでなく、国民もそうです。沖縄の基地問題ひとつとっても、以前は強い反発があったのに、今では若い世代の中にはアメリカ人がいる方が格好良いと言ってはばからない子たちもいる。メディアがいろいろな問題を議論しないで黙認し、国民も黙認することが事態を悪化させているのです。僕は演劇をつくるというやり方でものを考えているので、これからもこうした問題をテーマにした作品を書き続けていくつもりです。今も、再来年あたりに上演する予定の芝居を書いています。棟田博の小説『拝啓天皇陛下様』を原作にした作品です。「おい、軍人はいいぜ。ただで食わせてもらえるし、金だってもらえるんだから」っていう軍人の話です。

日本には反戦自衛官という人たちがいて、ベトナム戦争や湾岸戦争に関連した服務に関して自衛隊に対して訴訟を起しています。こうした問題についてもメディアは積極的に取り上げようとはしません。僕は、この問題にも着目していて、昨年、元反戦自衛官の渡辺修孝(のぶたか)さんについての「私たちの戦争」という芝居をやりました。彼はイラクで拘束された日本人のうちの一人なのですが、僕の以前からの知り合いで、この芝居の半分は彼の実体験に基づくものです。地方公演で市が共催を下りるという事態となったのですが、言論の自由の問題にもかかわらず、記事として取り上げてくれたのは地元の新聞1紙だけでした。
 
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