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Artist Interview
A meeting of Eastern and Western classicsThe Noh-staged Shakespeare of Yoshihiro Kurita
東西の古典の出会い栗田芳宏が仕掛けた、能楽堂のシェイクスピアシリーズ


栗田 芳宏
栗田 芳宏
栗田 芳宏
横内 謙介
横内 謙介
横内 謙介
横内: 能楽堂シリーズの具体的な演出について。照明は?
栗田: 三間四方の屋根の部分に組み込まれている照明と、あとは客席の後ろに機材をつるす程度。色を使うこともできるけど、今回は地明かりの明るさを変える程度でした。
横内: それはルールとして決めたんですか?
栗田: 決めたというよりは、今は、能楽堂でやる限り能楽堂の品位品格のようなものや能舞台のルールをある程度尊重していこうという考えがある。ただ、大胆な照明を使いたい作品が出てきたら、そのときは挑戦するかもしれない。
横内: 音楽については? 宮川彬良さんとは、劇場のミュージカル公演でもコラボレーションしているけど。
栗田: 能楽堂シリーズでは、宮川さんが舞台下にピアノを置いて、生演奏している。『マクベス』は、魔女たちの儀式にわらべ歌のようなピアノ音楽を合わせたのでずっと音楽が聞こえている感じだった。『リア王』は、当初7、8曲用意されたのに2曲に減ってしまった。影法師という影の世界だから、ピアノのようにはっきりと旋律が刻まれる音楽が気になり始めて・・・。能楽堂のような儀式の場には、太鼓のようなイマジネーションに頼る曖昧な音の方が合うのかもしれない。
横内: 能舞台を見て、これはピアノが合うとか、合わないか、太鼓は合うけど三味線は合わないとかいう感覚や、栗田さんが感じている『リア王』にはピアノの旋律が合わないという感覚は日本人が共通してもっているものなのか。それとも空間というものに感性を持っている人にしか分からないものなんでしょうか。
栗田: 音楽は難しい。それを追求している演出家とえば、ピーター・ブルックだと思うが、三間四方の絨毯を敷いて能舞台をモチーフに上演した『ハムレットの悲劇』では、楽師がいて生演奏し、鳴り物的な効果を出していた。照明もイエローを基調とした明かりをぼんやりと点けているだけ。能スタイルに必要な音とはこういうものなのだと勉強した結果でしょう。そこでもピアノではなく、鈴や太鼓などのあいまいな音色だった。
横内: 衣裳は? 
栗田: 『リア王』では、影法師が主役だから一体一体に知恵の帽子、つまり烏帽子を被せた。これについては自分で絵を書きました。
横内: 烏帽子の発想はどこから?
栗田: 平安時代の貴族の烏帽子を基調にした。あとはもちろん衣裳プランナーのオリジナリティもあります。予算の制約もあるし、使える古布も限られていましたが、いろいろと動きを試しながら機能性を考えた。舞台では靴ではなく、足袋を履いているのでそことのバランスがどうしてもでてくる。こういう着物でもドレスでもない和洋折衷の衣裳をつくる際に気をつけなければいけないのは、ファッションショーになってしまわないこと。難しい作業だけど・・・。
横内: これまで2作品つくって、思うところは?
栗田: 能舞台についてはいろいろ考えるところがあった。能舞台には正面と脇があるでしょ。たとえば円形劇場はどこが正面でもないが、能楽堂では正面を向くと脇から鋭角的に横顔を見られるし、脇を正面にして演出したときは、正面席から横顔を見られる。こういうことを常に意識しなければいけない。円形よりもよりも難しくて、どこからもスキが見せられない。演出席を変えながらチェックをしたけど、正面で成立している画が脇では案の定成立していなかったり、みたいなことがたくさんある。
それと長い橋掛かりと柱に必ずデッドゾーンがある。新潟の場合は、柱がひとつ取れるので、心配はないけど。このデッドの後ろにどうやって役者を立たせておくのか、長く立たせられないならどう動かすか。歌舞伎の花道には七三という確固たる見得を切る場所があって、そこを中心に展開することができるけど、能舞台の橋掛かりにリアを立たせたとしても、デッドになる場所がたくさんできてしまう。長く立たせたいけど、できないみたいな。夜中にのこぎりもって柱をぜんぶ切ってやろうかと思うほど(笑)。
能楽堂はこういうピンチの連続のような場所だけど、マイナスが多ければ多いほどプラスが浮き彫りになる。すごく面白かったのは、『マクベス』で最初に王が殺される場面。その王が死んだ直後に門番が登場するけど、能楽堂シリーズでは魔女たちに殺された王が目が覚めたとたん、一瞬にして門番に変わるという演出をした。殺された王様を退場させられなかったから、イマジネーションをうまく使って、そのまま王と門番を一人二役にしたら予想以上に効果的だった。
横内: 当然それらは劇場での演出に使うこともできるけど、劇場だと意図が見え過ぎて場合によっては鼻につく。でも能楽堂だとよりマッチするんでしょうね。
栗田: 夢幻能のように、登場人物が全員亡霊だったとしてもいいわけ。どんな役に姿を変えようが、どんな退場の仕方をさせようが、死んだ後にどんなふうにそこにいさせようが、夢幻能というイメージを持っていればなんでもできる。リアルで写実的な空間ではないから成り立つんです。
横内: 空間が教えてくれる芝居があるということですよね。
栗田: ええ。それと、能楽堂では、「静」をいかにうまく演出できるかです。能楽堂で許される「動」は一瞬だから。その一瞬の動をより動以上に見せる静をどう演出するかが求められる。静と動の逆転です。これは日本独特のものだと思う。能の『黒塚』の静動の使い方など完璧で本当に素晴らしいと思う。
横内: 小劇場演劇をやっていると、師匠がいなくて、その自由さの中で自分のスタイルをつくってきたといういいところがあるけど、栗田さんの自在な仕事をみていると、ある環境で20年技術を研鑽した人の強さがあるなと思います。ここはこういう場所だ、というのを教わった人の強さ。見ているだけではわからないことがたくさんありますから。
栗田: 新潟と能楽堂との偶然の出会いがあってシェイクスピアシリーズが生まれたけど、このシリーズの可能性を実感しているだけにぜひ続けたいし、海外でも見てもらってお客さんがどう感じるか、ぜひ感想を聞いてみたい。
(構成・但馬智子)
 
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