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Artist Interview
Keishi Nagatsuka is a leader of a new generation of contemporary theater artists who finds fantasy in the darker sides of the human character
生々しい人間の裏面にファンタジーを見る現代演劇のニュージェネレーション、長塚圭史


ピローマン
『ピローマン』
The Pillowman
撮影:関村良

2003年11月から2004年4月、ロンドンのナショナル・シアターでレパートリー上演された。2004年度ローレンス・オリヴィエ賞最優秀新作賞を受賞。ある全体主義国家で、一人の作家が逮捕され、彼の書く残酷な童話のとおりの手法で子供が次々と殺される事件の容疑をかけられる――その取調室での刑事とのやりとりが恐ろしい事実を次々と暴き出していく、スリリングなブラックコメディ。マクドナーが、初めてアイルランド以外の場所を舞台にした作品として、劇作家としてのさらなる挑戦が高く評価された。日本では、2004年11月に長塚圭史演出でパルコ劇場にて上演され、各賞を受賞するなど絶賛を受けた。
悪魔の唄
『悪魔の唄』
→「今月の戯曲」参照
――『ピローマン』に関してはどうでしたか?
作家の話ということで、非常に苦痛を伴って書いたのではないかと思いました。彼の中にある苦痛や喜び、そういうものがいっぱい詰まっているから面白い。マクドナーが劇作家として次の段階にいっている、と思った。それは僕にとってすごく大きな刺激になりました。
ロンドンでの上演を見たときに、見終わって思ったことは、「ひどい話なのに、やっぱり僕は救われた」ということです。緑の少女が出てきたときとか、原稿を焼かなかったとき、すごく救われて、あれだけ生々しいのに僕にはまるでファンタジーのように見えた。それがすごく印象に残っています。暗く、重く、しんどい芝居になるかもしれないけど、最後にびっくりするぐらい心が軽くなる。それが何なのかはそのあと探ればいいや、と。マクドナーは冷酷なだけの人間をつくらないで、人物にちゃんと表も裏もつくって、その人の暗い面をうまく表現している。そこが僕の好きなところだったし、舞台でちゃんとやりたいと思ったところでした。一筋の光が最後に見えれば成功だと思って演出しました。『ピローマン』のときには、『ウィー・トーマス』のときよりずっとクリアに(演出していく上での)ラインが見えましたね。
マクドナー作品を演出した後に自分の芝居を書くのは本当に疲れます。自分で「これは、マクドナーが読んだら笑っちゃうだろうな」と書き直したりして。同じ世代ですからね。「彼があれだけの本を書いたのに、これじゃあ駄目でしょ」とか、これでいいのか、これでちゃんと書けているのか、と自分に問いかけることがものすごく多くなった。マクドナーをやったあと、作品をつくったり、人物を造形したりする上で一段上に上がろうとするようになり、それはすごく僕にとって大きなことでした。

――最新作の『悪魔の唄』は第二次世界大戦のことを扱っています。長塚さんが戦争についてどういう風に感じていたか教えてください。
僕は、小学生の頃に原爆に関する資料映像を学校で見せられ、それが恐ろしくて、トラウマ的な体験になってしまった。それから、中学生のときには、学校の先生たちがいわゆる「左」で、授業が終わったあとに、「教科書に載ってないこともある」と言って、731部隊では中国の人を人体実験に使っていたというような話をするんです。そういう「左翼教育」で、日本に対して否定的になっていった。そんな中で、大学生の頃、日本のスポーツ選手が海外で活躍しはじめると、日本人が日の丸を振って応援している姿が目につくようになり、「こんな国だったかな?」と。なんだこれは、っていう答えの出ないいろんな疑問がわいてきて、今の世界の構造が、第二次大戦の勝者と敗者という構造でできあがっているとか、じゃあ第二次世界大戦が起こらなければアジアはどうなっていたんだろうかとか、そういうことを考えはじめた。
いろんなことを複雑に思いながら、沖縄に行って、戦争の資料を見て回りました。で、僕が思ったのは、彼らがなんのために戦ったのかということ。国のため、というのもあっただろうけど、彼らにも普通に家族がいたり恋人がいたりして、その人たちのためにも戦っていたんだ、と。当時の国が巻き込んだ市民――僕らも戦争が起これば巻き込まれるわけだけど――そういう人たちが一杯いて、そういう人たちまで否定してはいけない、日本の犯した罪は罪で認め反省しつつも彼らに対する敬意は忘れてはいけない、と思いました。

――イラク戦争が起こり、日本も岐路に立つこういう時期だから、戦争というテーマを扱おうと思ったんですか?
今この時期だからというのではなくて(戦後60年だからということではなくて)、ただ、今、僕が思ったから。27、28歳あたりからだんだん戦争を扱わなきゃいけないという感覚がクリアになってきた。それはもちろん、いろんな事柄の影響を受けているのかもしれないけど、(こういう芝居をやることによって)今の人間が当時のことを思い、今の自分が生きていることを「どうなんだろう」と思うことが一瞬でもあればいいと思っています。「日本が好きか」と聞かれれば、みんな答えを考えると思うんです。

――今回の作品では、戦争というものを、歴史やイデオロギーとしてではなく、人間心理としてとらえようとしてますよね?
そう、その人たちを描くことしか僕はしたくなかった。初めて行った沖縄で、資料館ばっかり回って、3泊4日戦争漬けの旅でしたが、そのときに行った喜屋武(きゃん)岬――アメリカ兵に追い詰められた島民が、投降しないで身投げしたところですが、ここが死ぬほど美しい。ありえない美しさの中で人が死んでいく、それが戦争なんだと。景色とか関係ないという考えが変わって、僕は立ち尽くした。けっこうショックでした。きつかったです。
思ったことを主義主張として問題提起していく――そういうことではなくて、感情のままにやっていけば自ずとそうなっていくかもしれない。そういうやり方もあるんじゃないかと思っています。…去年『Live Forever リヴ・フォーエバー』というブリットポップの映画を見ましたが、イギリスの政権がサッチャーからメージャーになって、ブレアに変わっていく中で、ヒットチャートを飾るロックミュージシャンたちが、すごく国のことを考えていたのがわかった。自国の政治と向き合い、イギリスという国と対峙していた彼らの姿勢にすごい刺激を受けました。音楽として楽しんでいたものに、非常に(政治的な)意味があった。彼らもそういうこととしっかり対峙していた、ということがショックでした。僕自身も時にはそういうものと向き合っていきたい、それは作品もつくる上で必要なことなんだ、と今は感じています。
 
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