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Artist Interview
A fusion of Japanese drumming and Western musicThe world of Shuichi Hadano
和太鼓と西洋音楽の融合ヒダノ修一の世界
ヒダノ修一
ヒダノ修一
ヒダノ修一
──和太鼓との出合いもその頃ですか。
大学受験に失敗して、岡田先生の紹介で鼓童に行くことになった。鼓童は新潟の佐渡島を本拠にする和太鼓グループで、世界的に活躍していることも知らないまま、ステージを見に行きました。5、6人が一斉に大太鼓をドンと叩いた時、音楽を聞くと五線譜が浮かぶくらい鍛えられていた頭の中から、音符がすべて吹っ飛んで真っ白になった。生の音で、体をダイナミックに使ってゴンと打つと、塊のようなものがこっちに押し寄せてくる。瞬間、この楽器なら世界に行けると思った。ステージの袖で鼓童の人の胸ぐらをつかんで、入れてくれと言っていました。
でも、集団生活が性に合わなくて、鼓童には1年もいませんでした。パーカッションを打つ筋肉から太鼓を打つ筋肉にスイッチして、太鼓を打つ心構えはできたけれど、頭は子どもの頃から身に付いた洋楽から離れられない──和太鼓から受けた衝撃はこんなものではなかったという気もして、鼓童のステージには一度も立たずに辞めました。

──模索の時代の始まりですね。
飛び込みでライブハウスやジャズクラブを回って仕事をもらいました。日本の伝統音楽の楽譜は五線譜じゃないので、和太鼓をやっている僕が五線譜が読めて、ジャズのスタンダードナンバーを叩いてみせると、とても喜ばれた。ちなみに僕が作曲するものはすべて五線譜に書き込みます。だからジャンルを越えていろいろな人たちとセッションができる。また、この時期に能管の一噌幸弘さんや津軽三味線の木乃下真市さんとも出会いました。伝統楽器で今を表現したいという考えは同じで、いろいろ一緒にやりました。
シャーンっていう音が欲しいと言われて太鼓の横にシンバルを置いたり、カウベルを加えたりしているうちに、どうせならもっと太鼓を並べちゃえって始めたのが、ドラムセットみたいな僕の太鼓セットです。パーカッションも和太鼓も鼓もできる。何でもそつなくこなすので、15ほどのバンドに参加して、毎日忙しく演奏してました。ところが、24歳の時に左手が腱鞘炎になって半年休業したんです。半年後、復帰しようとしたら僕の入る余地はなかった。便利に使われていただけだったんですね。

──考え方を変える機会になりましたか。
何でもできることはいいことだろうか、と考えました。自分がずっと演奏し続けたい楽器は何か。ジャズもインド音楽も好きだし、パーカッションから音楽のエッセンスを学んだけれど、和太鼓こそ自分の世界だ、この音が好きだと気付きました。最初に太鼓に出合った時のショック、音圧、音の洪水にのまれるような心地好さ、それを表現していきたい。そう思って、尺八と津軽三味線、ベースと僕の和太鼓のバンドを結成しました。和太鼓のアンサンブル「東京打撃団」の結成に参加したり、初めてのソロコンサートもやりました。
太鼓に打ち込む覚悟の証しに、1500万円の借金をして大太鼓を買ったのもこの頃です。借金を返さなくちゃならないし、1回でも多くステージに立って演奏したい。僕たちの世界ではプロデューサーの役割をする人がいませんから、自分で企画書を書いて売り込みました。楽しいことをやろうと呼び掛けて、太鼓のフェスティバルやライブをプロデュースしましたが、企画をすることは勉強になるし、新たな出会いがあって、音楽の幅を広げてくれました。

──海外でも積極的に演奏しています。どのような手応えがありますか。
エキゾチックな東洋の伝統文化を紹介する時代は1990年代で終わったと思います。毎年、いろんな演奏家が来るので米国でもヨーロッパでも、伝統文化としての太鼓は見飽きている。行く度に「あなたたちの楽器はそれしかできないのか」と言われるようになった。ビジュアルからして、どうしても日本の伝統文化紹介になりがちだけれど、我々はそれを超えて純粋に音楽として評価されるものをやらないと、日本の文化の紹介にはならないと思います。
和太鼓はドーンとゆっくり音のサステインが伸びる。そのジワリジワリ来る音が、今のスローライフの考え方にぴったりで欧米人に受けている。今や、米国にもドイツにも和太鼓グループができています。彼らは伝統の様式に縛られない分、よっぽど自由にやっている。我々は妙に伝統の様式に縛られて、音楽が不自由になっている。
いいフォームはいい音を生むし、舞台人として格好よく見せるのは大切だし、僕は太鼓演奏の8割はパフォーマンスだと思っていますが、どうしても見栄を切って、古いスタイルを守ろうと考える人が多過ぎる。これだけたくさん演奏家がいるんだからハチャメチャなことをやっていいし、その人しかできないものを構築すべきだと思います。要は伝統と革新のバランスですよね。

──和太鼓音楽は転換期にあるようですが、ヒダノ流は何を目指しますか。
僕が今の日本人として感じる最大限心地好い音を目指しています。そのためには奏法も開発しますし、胴に空気穴を開けたり皮を二重に張ったり、楽器も改良します。和太鼓は木と動物の皮という自然素材でできていますから、楽器のコンディションが天候に左右されやすい。米国の打楽器メーカーと協力して、どんな天候でも最低限の音の質が保てる全天候型の太鼓も開発しました。
打楽器はメロディー楽器に比べ、表現力がないと思うかもしれませんが、メロディーや歌詞がないことはその分制約されるものがないということで、逆にとても自由で豊かな表現力がある。僕は僕の方法で和太鼓の表現力を引き出したいと思います。音だけで「ヒダノだ」といわれる音を作っていきたい。大太鼓をドンとたった1回打った音が僕のすべてを表現する。そして、聴衆が「ああ、いい音だ」と思う。それが究極の目標。死ぬまでにそうなりたい。それほど僕は和太鼓の音にほれてます。
 
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