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Artist Interview
The adventurous world of Toshiki Okada, a playwright who write in
「超リアル日本語」を操る 劇作家・岡田利規の冒険
岡田利規
目的地
チェルフィッチュ『目的地』
(「びわ湖ホール夏のフェスティバル2005」より)
撮影:西岡千春
──その豊かな身体への模索の延長なんでしょうか、岡田さんは、ダンスの分野でも活動をされています。
実は、僕のことを最初に面白がってくれたのは、ダンスの世界の人たちだったんです。演劇の分野の人たちが関心を示してくれたのは、岸田戯曲賞をとってから(笑)。それはひとつには、僕の活動のメインだったSTスポットという場所が、日本のコンテンポラリーダンスにとって重要な拠点のひとつだったということもありますが、手塚夏子さんというダンサーの方と合同公演をしたときに、ダンス関係者が見に来て面白がってくれた。そうこうしているうちにダンスフェスティバルに出るようになって(笑)。

──『クーラー』『マンション』『ティッシュ』という、このダンスはどんなものだったんですか。
いい加減なタイトルですよね(笑)。台詞の量が全体的に少ないだけで、基本的にはいつも作ってる演劇と同じ。交わしている会話自体は、実にくだらない内容で、それが何か別のところに帰結するのが演劇、くだらないままに終わるのがダンス、それくらいの違いしかないです(笑)。あとは、喋っているときに出てくる一見言葉と無関係な動きへの意識が、多少誇張されるかな。ダンス作品のほうが会場が大きいから、動きは少し大げさになっています。

──先ほど、ブレヒトに影響を受けたと言われていました。たとえば、岸田戯曲賞をとった『三月の5日間』ではイラク戦争がモチーフになっていますが、現実と演劇が深く関わり合うこと、あるいは演劇が現実に働きかけることについての考えをお持ちのように見えます。
ふたつの問題に分けて答えた方がいいですね。まずはイラク戦争を脇において、演劇と現実の関わりだけについて言うと、舞台空間の中だけに閉じて演じることに関して、つまり空間としての虚構の中だけで生きることに関して、僕は白けているんだと思います。「第四の壁」の嘘というか。なんのかんの言ったって、観客はそこにいるし、ある時間を共有してる。逆に言うと、それくらいのことをぶっちゃけたところで、演劇は壊れやしないと思っているんです。
それから、『三月の5日間』の時に考えていたことについて言うと。戦争というものについて何かを言いたいと思ったんですが、たとえば反戦運動にコミットしていくことは、僕たちにフィットする感じじゃない気がするんです。だけど、それでも何がしかは思っている。そういうふうな、距離感を持った思い方というのを僕たちはしていて、それは、思っていないということでは決してない。そういうことを、距離感も含めた形で、提示したかったんです。イラク戦争が起こっていることに全然関心がなく、ただセックスしてる若者たちを描いた作品という見方をされることもありますが、僕自身はれっきとした反戦演劇だと思っています。

──先ほど、現実はとても豊かだという発言がありましたが、その豊かな現実と、コミットして変えてゆきたい現実とは、岡田さんの中で別々に存在しているのですか。
現実は変えていきたいと思っているんです。ただ、これはもしかしたらそのことと矛盾しているのかも知れないんですが、それとは別に、「君たちは、貧しい現実を生きているのだよ。もっと豊かな生のあり方があるんだよ」と思わされ、そう思うように仕向けられている立場を僕らは押しつけられているような気がするんです。それに対して僕は卑屈にだけはなりたくない。僕が言っているのは、現実がハッピーだとか、生として豊かだといっているのではなくて、あくまで演劇として見たときの、雑多な要素と複雑な仕組みで動いている一人の人間が抱えている豊かさのことなんです。

──次の新作『目的地』はどのような作品になるのですか。
新興住宅地に若夫婦が住んでいて、妻が妊娠した。そのことをめぐる、まあ言ってみればそれだけの話(笑)。なぜその話をやろうと考えたかというと、僕自身に子どもがいるということもあって、今子どもを産み育てるということにまつわる、不安だとか、倫理的な問題、もっというなら、子どもを産むことは今正しいことなのかどうかということ。もちろんそんなことは分かりようがないのは分かっているから、答えを出したいのではなく、ただ問いとして発したいと思いました。

──『三月の5日間』は、フランス語での出版の計画があるそうですが、もしチェルフィッチュの海外公演を行なうとすると、どういう上演方法があると思われますか。
言葉というか、台詞の問題ですよね。全然予定がないのであくまで仮定ですが、多分、字幕とかイヤホンガイドのようなかたちではなく、通訳を一人のパフォーマーとして舞台に上げようと思います。そういうスタイルが僕の作品では可能なんじゃないでしょうか。
 
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