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Artist Interview
Leaders of Japan's avant-garde theater, The World of Yukichi Matsumoto and Ishinha
日本の前衛を代表する 維新派・松本雄吉の世界


『ナツノトビラ』はメキシコの新聞で大きく取り上げられた
──メキシコ、ブラジル公演のお話しを少し。どちらの国も野外ではなく劇場公演で、機材が不備で思ったとおりの演出ができなかったとか。
特に照明の機材が足りなかった。最初のシーンは舞台がホワイトアウトするぐらい強い光量が必要だったんだけど、劇場にそれだけの機材がなくて補充もできなかった。“明るさ”の感覚も国によって違うんだろうね。例えばドイツなんて朝ごはんの時、ローソクですからね(笑)。劇場についてるスタッフの技術力も日本や欧米に比べると低い。「何とかなるだろう」っていうおおらかなお国柄でもあるし。

──メキシコ・グアナファトでは高地(海抜2000メートル)ということもあり、役者やスタッフで稽古中に倒れて病院に行く人が続出したそうですが。
高地だというのはわかっていたので、最初から現地で本格的な稽古をするつもりはなかった。実際、機材関係のトラブルが凄くてそれどころじゃなかった。でも、ともかく稽古で動きをつけると倒れてしまう。それで、メキシコでは動きのシーンを抑えたり、音楽の内橋君にその場でつくり直してもらって、音楽のシーンを増やしたりした。音楽と言えば、内橋君のダクソフォンは受けてましたね。世界に4台しかない楽器で実演したら観客は大喜びだった。

──音楽の内橋さんのつくり方はどういう風に。
音楽が決まるのは一番最後。稽古場ではリズムマシーンで動きを付けています。最終的に内橋君とイメージをすり合わせていって音楽が決まる。美術は逆に、最初に決まらないと動きなんかも決められないので、まず模型をつくってセットを動かしながら考えていく。順序でいうと、稽古場で動きをつくりはじめるのが最初で、今回だったら5月頃に舞台美術プランが固まった。3回ほど美術プランはつくり変えたかな。黒田君はスクラップを集めて錆びさせて、宇宙的な作品をつくるアーティスト。よく芝居を見て知っているので、舞台美術をつくるのはうまいですね。本当は明かりが重要なので照明プランをできるだけ早くしたいんだけど、どうしても音楽と同じで最後になる。照明家と美術家がプラン段階でかみ合わないことも多いです。なのでできるだけ、稽古場に早い段階から照明機材を仕込んで実験しています。

──メキシコもブラジルも公演の評判はよく、連日スタンディング・オベーションだったとか。
同じ劇場でやった新国立劇場(『ノクターン』2003年)のときは、もうひとつ「やった!!」という感じがしなかったんです。今回は機材が足りないなど決して条件がよかったわけじゃないけど、“光と影”という舞台の狙いがはっきりしていたし、作り方のポイントもはっきりしていたので、お客さんには伝わりやすかったと思う。“影”を主役にして、人がみる最大の影=月蝕をクライマックスに出したけど、反応はとても良かった。若い人にとっては高額の入場料だったと思うけど、メキシコもブラジルも好評でしたね。

──ブラジルではワークショップも行ったそうですね。
1日だけやったんだけど、参加者は事前に維新派のビデオを何本かみてくれていた。ブラジルの演劇人は前衛志向が強いみたいだったから、ワークショップは楽しんでやるものにしようと。「ヂャンヂャン☆オペラ」を日本語とポルトガル語のセッションのようにして、こちらが日本語で「おはよう」と言うと、向こうがポルトガル語で「おはよう」と言う掛け合いをやった。ポルトガル語はわりと楽にしゃべれるコトバだったし、おもしろかった。維新派流のステップを踏んだり、2時間ほどやって終わりにしようと思ったら、もう1時間やってくれと。ブラジルの人たちには、ワークショップを通して維新派がどんな風に舞台をつくっているのか、探っているようなところがありましたね。何を言っても、興味を持ってくれて「やりたい!!」って意欲的だった。

──維新派は私たちにとっては〈野外劇〉が定番ですが、海外公演ではどうしても「劇場」ということになる?
ぜいたくな時間があったら野外でもやってみたいけれど。でも、結局、劇場でやってもたいへんでしたからね。もしかして、野外でやったほうが現地の人たちも緊張感があって逆にいいのかもしれない。劇場だと、どうしても普通の公演のようにやればやれると勘違いするところがあるから。そういう意味で条件さえあえば野外でやってみたいね。かなりの「条件」にはなるんだろうけれど。実際、2008年に「ブラジル移住百年祭」がサントスであるから、サントスの港で野外劇をしないか?と声がかかった。移民の話をつくってくれと。サントスが日本人が初めて入植した場所なんだそうです。

──是非やってください。
死んじゃうよ(笑)。サントスではそれほど歩けなかったけど、バスに乗っていくと涙が出そうな場所があった。かつて移民が住んでいた街が廃墟になって残ってる。たぶん、19世紀の街。胸に迫るものがありました。スラムになってて不法滞在しているような人がいたりする。かつての時間が残っていて、何か凄いモノを感じた。今回の維新派の現地スタッフにも日系人の人がいたんだけど、顔は日本人なのに、中身は完全にブラジル人なんです。ブラジルに移民した人たちは日本人の顔があるのに、中身はみんなブラジル人──一種の身体論になるけど、それって悲しいものがある。ブラジルでは日系人が母国の文化を忘れないようにと日本語教育が行われている。でも三世になってくると、望郷の念など持ちようがないから、日本語はうまいんだけど、標準語でもない、何語でもない日本語って感じになってる。自分のコトバじゃないんです。「コトバは文化なり」と思うから、そういう“何語でもない日本語”に凄いギャップを感じましたね。

──背景になる街もあるし、そこにしかない、「日本語」と「日系人」がいる。「ヂャンヂャン☆オペラ」の新展開になりますよ。もう、サントスで新作野外劇やるしかないんじゃないですか。
 
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