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三浦大輔
三浦大輔(MIURA, Daisuke)
1975年北海道生まれ。劇作家・演出家。早稲田大学演劇倶楽部10期生によって結成された演劇ユニット「ポツドール」主宰。旗揚げ時点での演劇的に過剰なドラマ作りから、一転して演劇的なものをできる限り排除し、「リアル」なものを徹底して追及した「セミドキュメント」の作風を経て、現在は「ドキュメンタリー」タッチなものを巧みにドラマの中に注入することで得られる、「リアリティのある虚構」を描く手法にたどり着いた。岸田國士戯曲賞受賞作『愛の渦』は、2005年にポツドール第13回公演として上演された作品。
http://www.potudo-ru.com/
愛の渦
愛の渦
『愛の渦』(2005年/THEATER /TOPS)
撮影:曳野若菜
(→今月の戯曲
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an overview
Artist Interview
2006.5.8
Desire and Dramaturgy   The art of Daisuke Miura, rising star on today's theater scene 
欲望のドラマツルギー 今、最も注目される三浦大輔の軌跡 
現代の日本を象徴する性風俗や若者の生態を演劇として取り上げ、センセーションを巻き起こしている演劇ユニット「ポツドール」の三浦大輔(作家・演出家)。俳優の生な反応を引き出す究極の手法として、現実の人間関係や社会的コンプレックスや性欲を丸ごと舞台に上げる彼の真意とは? 自らテレビドラマ世代を自称する三浦の、現在にいたる軌跡を聞いた。
(聞き手:内野 儀)


──三浦さんは1975年生まれで、今年31歳ですが、この世代の人がどういう経緯で演劇をはじめるようになったのか興味があります。北海道の高校から東京の早稲田大学に進まれたそうですが、まずは高校時代のことから聞かせてください。よくテレビドラマを見ていたそうですね。
僕は共学の公立高校に通っていたのですが、当時テレビドラマがとても流行っていまして。教え子との禁断の愛や近親相姦、同性愛などを扱った野島伸司の『高校教師』とか。そういういわゆる連ドラを熱心に見ていました。1クール(12週間)に7、8種類のドラマが放送されていたのですが、1話から最終回までビデオに録って全部見ていたくらい好きでした。それが現在の僕の作品に直接反映されているかどうかわからないですが、確実に今の自分の核になってるものではあります。あと、ポツドールの演劇にあるタブーな要素はもしかしたらこうした野島作品の影響かもしれません。ちょっと言うの恥ずかしいですけど。

──映画は見ていましたか?
いいえ。地方だとロードショーしかやってないし、ビデオもあまり見てなかった。アニメ、ゲーム、コミックなどにも興味はありませんでした。専ら俗っぽいテレビドラマばかり見てました(笑)。

──初めて演劇に関わったのは?
高校の文化祭です。クラスの演し物で、みんなにやれと言われて脚本と演出を担当しました。その時はもちろん、将来、演劇をやっていこうなんて全く思ってなかったですけど。『江戸城金髪姫フローラ』というタイトルで、しょぼい(安っぽい・嘘っぽい)江戸時代の芝居をやっている最中にセットが倒れ、主役の役者が下敷きになって病院に運ばれる。そこから舞台監督とスタッフと役者のドキュメンタリータッチのいざこざが始まるみたいな、メタ演劇っぽいものでした。みんなで話し合って決めたので、僕一人のアイデアではないのですが、面白いことに、今ポツドールでやっている演劇とどこか通じるところがあります。
あと、その頃から、演劇はどこかかっこ悪い、ダサイというイメージはもってて。だから文化祭でも台詞棒読みの恥ずかしい芝居をやっても仕方ないと思ったんです。しょぼい芝居が台無しになったことで生まれる揉め事の方が面白いんじゃないかーーその発想は今やっていることに通じるものがあります。演劇に対する反感とまでは言いませんが。やっぱり、今、生きている自分たちの本音を言わせたい、それを演劇に利用しよう、というのが当時もあったのかもしれません。

──本格的に演劇をやろうと思ったのはいつからで、なぜですか?
それは早稲田大学に入ったからですね。早稲田は学生演劇の盛んな大学で周りに演劇という表現の土壌がいくらでもあって、それにつられて僕もはじめたという感じです。小劇場の密な空間で、初めて生の演劇を見た時には凄く衝撃を受けました。それから学内の劇団の芝居や、キャラメルボックスからナイロン100℃、松尾スズキさんの大人計画まで、一通り見ました。
早稲田には老舗の「早稲田演劇研究会」というサークルがあるんですが、そこにいた人が厳しい体制が嫌になって抜けてつくったという、どこか負け組みたいなサークルの「早稲田演劇倶楽部」に入ったんです。体育会じゃないゆるい感じで、自由にやろうよみたいなところだったので、わりと居心地がよかった(笑)。
演劇倶楽部は、最初に3カ月ぐらい肉体訓練みたいなことをやって新人公演が終れば、後はやりたい奴が自由に公演を打てたから、普通の劇団と違って統一感がない。やる人によって全然違うのが逆に演劇倶楽部のカラーみたいになっていました。そういうところもよかったですね。

──その早稲田大学演劇倶楽部10期生によって演劇ユニット「ポツドール」を旗揚げするわけですが、その第1回公演『ブサイク─劣等感を抱きしめて─』(96年)は松尾スズキさんの影響が強かったと言われています。
あの頃は本当に松尾さんの影響を受けていましたね。松尾さんは、人間の負の要素を毎回テーマに置いて、人間の本質的なものを浮かび上がらせようとしていて。こういうことを演劇でやっているのは凄いなと思いました。野島さんのテレビドラマも人間の醜い部分やタブーを描いてますよね。高校の頃に見て興味をひかれたことの延長線上に松尾さんの演劇があったんだと思います。でも、これもちょっと言うの恥ずかしいですね(笑)。
当時は演劇をこんなに長く続ける気はなくて、まじめに就職活動をやったこともあったんですがうまくいかなくて(笑)。また演劇に戻って、第4回公演『妻ぜめ』をやりました。ここまでは、演劇的で過剰なものを信じてやっていたのですが、急に飽きちゃって、何か恥ずかしくなっちゃったんですよ。じゃあ、演劇じゃなくて映像をやってみようということで、自主制作で映画『はつこい』を撮りました。

──『はつこい』は、いわゆるブスで身体的に異常のあるらしい岬が、動物園で働くいじめられっこの吉田に恋をする話です。登場人物はみんなダメな人間ばかりで、その辺は演劇でやってきたテーマを踏襲していますが、台詞は岬のモノローグ中心で演劇とはかなり違います。それと演劇でやってきた過剰さがなくて、淡々と描かれている。
この映画はそれまでやってきた演劇的なことを改めて映像でやった作品です。台詞の言い回しは映像にあわせたので過剰ではありませんが、登場人物のキャラクター、ドラマの流れはそれまでやってきた演劇の名残があります。でも、この映画をつくって、その後、また芝居をやらなくちゃいけない状況になったんです。やめようと思ってたんですが。じゃあ、どうしようということになって、今までみたいな過剰な演劇的な作品は恥ずかしいし、何やればいいんだと……。それじゃあ思い切ってそういう演劇的なものを削ってみようと思ってつくったのが、『騎士クラブ』です。
声を張って台詞を言ったり、派手な演出効果を使ったり、そういうことは全てやめた。それだけではなくて、『騎士クラブ』は1部と2部に分かれているんですが、1部はアパートの一室での男のドラマ、2部では1部が実はピンク映画のドラマ部分だったということがわかり、これからカラミのシーンを撮ろうとする撮影現場のドキュメントになる。脱ぐことをものすごく拒絶している女優さんが実際にいたのですが、彼女を何とか脱がせるために他の役者は試行錯誤するという、実際の感情を利用してつくりました。まあ、それもフェイクだったというオチはあるんですが……。でも本番で繰り返すと役者も慣れてきて、生な反応がなくったりもしていって。それを回避するために暴力を使って生な反応を維持するようなこともしました。繰り返しても殴られて痛いという感情に嘘はないですから。
つまり、「生々しさ」が欲しかったんです。一回性の何かが“リアル”に起こっている感じ、ここにしかないものが起きている、という感じを大切にしたかった。演劇というのはライブですから、映像に勝てる要素はそのライブ感だけですから、そこが演劇の一番面白いところなのに、そのライブ感を利用しなくてどうするんだと、目が覚めた。そういう意味では、演劇の原点に返っているだけなのかもしれませんね。

──小劇場というとブラックボックス的な、いわゆるプロセニアムでないところで上演することが多いですが、三浦さんの舞台装置には、例えば最新作の『夢の城』のアパートの窓枠のようにいつもフレームがあるように思います。
ライブ感をどうやってお客さんと共有するかということがあって、僕は客席と上演空間の区分を消すより、逆に分けて「覗き見」みたいに、その空間を俯瞰すればするほどお客さんがその空間に入っていける、そこにいるような錯覚に陥るんじゃないかと思っています。矛盾しているようですが。何て言うんでしょう。簡単に言えば、お客さんが壁の向こうで覗き穴にかぶりついている感じですね。
『騎士クラブ』では、舞台上にビデオカメラを数台仕込んで、幕を閉めて、客席にはモニターで舞台上の出来事を伝えるということもやりました。

──三浦さんはどうしてコンプレックスやタブーに興味があるのでしょう。
僕自身は、小さい頃からどんな環境でも比較的優位な立場でいることができましたので、いじめられもしなかったし、特にこれといったコンプレックスもなかったです。それなのにどうしてこんなに人間の醜い部分とか厭らしい部分を描き続けているんだろうと自分でも思ってたりして(笑)。ありきたりですが、逆にそういう自分に対する反動なのかもしれませんね。違うかな。わかんないですね(笑)。
 
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