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Artist Interview
A unique world of koto music connecting points and lines   Koto Musician Michiyo Yagi
点と線をつなぐ独創的な箏の世界 箏演奏家・八木美知依
──内弟子だからこそ学べたことがあると思うのですが。
先生ご自身がコンサートやレッスンでとても忙しいので、内弟子の稽古を見てくださる時間はあまりありませんでした。ですから、人のレッスンを聴く、先生の練習を聴く、先生の楽屋での立ち振る舞いを見る、または食材をおいしく芸術的に料理するなど、要は技術などの外郭から物事を習得するというより、箏曲家としての内郭を主に学ぶ場所だったと思っています。その時に培ったものは現在にすべて生かされていると思っています。具体的に、例えば箏に向かう精神性、自分で自分の音楽の場所をつくることの大切さを学びました。

──箏における自分の場所探しが始まるわけですね。
ええ。それは今も続いています。最初に大きなヒントを得たのは、1989年に一恵先生のバックを務めるためにニューヨークの「Bang on a Can Festival」に参加した時です。ジョン・ケージの新作が演奏されたのですが、大きなものから小さなものまでブリキ板が会場に並んでいて、マッチョな男が叩く。リズムが交錯したり、同時に鳴ったりして会場中が音のうねりに呑み込まれたようになったんです。そんな現代音楽の巨匠の新作を、音楽の専門家も、会場の近所の人も一緒に聴いている。音楽がエンターテインメントとして成立している光景に驚きました。箏を続けていくなら、こうしたジャンルに捕われない音楽を目指したい、と思うようになりました。その当時、既存の曲を練習していても、私ならこうするというアイデアも豊富にありましたし、難しいことかもしれませんが、もしかしたら自分自身の音楽をつくっていくほうが私には向いているのではないかと思い始めた頃でした。
その2年後にケージが民族音楽科を設立した米国のウェスリアン大学に客員講師として箏曲を教えに行くことになりました。これがまた、カルチャーショックで。大学には4つのホールがあって、毎週土曜、日曜に学生が自分の新作を発表していましたね。しかも、フィルムと音楽のコラボレーションであるとか、音楽の領域を超えた作品が数多くあり、それが特別な公演ではなく、日常の発表の延長上にあることを知って刺激を受けました。いかに芸術にとって創造が重要であるかを知ったのです。1年間の教授活動のうち、徐々に新作の演奏の依頼が来るようになり、クリスチャン・ウルフやジョン・ゾーンの曲を弾いたり、さまざまな音楽の情報も入ってくるようになりました。やっとこの地に慣れた証拠でもあり、毎日が楽しく、閉鎖的な日本に帰りたくない気持ちもあったのですが、一方で、箏の基本である古典をしっかり勉強しないまま米国に残り、30歳ぐらいになって帰国して果たして日本でソリストとして通用するのか……。それでともかく一度日本に戻って、一からやり直そうと思いました。

──当時の箏曲界では、「自分で自分の音楽を作る」という八木さんの考えは異色だったのではありませんか。
同じ世代で同じ様な考えを持った人は人はいなかったですし、やる人もいませんでした。クロノス・カルテットがブレークしていた頃に意気投合した女性4人で箏のカルテットをやっていましたが、それはクロノスと同様で委嘱あっての新しい音楽でした。現在はKokooのほか、4つのバンドで活動していますが、各々自分自身の音楽観を反映させられるのでバンド活動としては充実しています。ただ、それらは自作ソロで訴える力あっての活動だと思っているので、今後もソロ演奏を大切にしていきたいと思っています。
箏は、他の西洋楽器とのセッションの中で、ソロを取るにしても伴奏を取るにしても、尺八や三味線に比べて音域がとても中途半端なんですね。また同じ發弦楽器とはいえ、ギターやピアノのような演奏スタイルを模倣してしまうと、箏という楽器の欠点しか前に出て来ない。箏であるからこのようなことができる、このような良さがある、というように視点を変えて演奏しないと楽器としての不完全さだけが印象に残ってしまうのです。 そして和楽器すべてに共通するピッチの問題。
箏は通常、演奏していくうちにピッチが下がっていきます。コンサート中であれば照明の熱や湿度で絃が微妙に伸びてピッチが下がっていきます。これも西洋楽器との共演が多い私には注意すべき点で、柱を調整してピッチを上げるのか、下がったまま演奏し続けるか(実はブルースなどはミとファの間が狭いままのほうが結果として良い場合も多々あります)、または押し手でニュアンスを変えるか、瞬時に選択を迫られます。
しかし、ソロで自分の音楽を表現する場合、これらこの楽器の不完全さが何一つマイナス要因にならないのです。すべてを肯定の上で成り立つ自作曲は、今後も活動の基盤になると思います。
もう一つの魅力は、一見、一辺倒のイメージで感じてしまう箏の音色ですが、実は多種多彩だということです。ProToolsで実験したことがありますが、その日の天気、湿度や室温によって波形がかなり違います。自然現象と密接な関係をもつ面白い楽器なんです。また、それだけでなく、演奏者によって全く波形が異なるのです。爪の当て方、角度、その人の指の形、骨の質までが音に作用していると思います。そして箏はオープンチューニング。柱を動かすことにより、自分だけの調絃をつくることが可能です。基本的な日本の五音階でも自分の好きなニュアンスをつくることができるのです。つまり音の成分調絃からすでに自分の音楽を反映できる魅力的な楽器なんです。
音楽評論家の湯浅学氏が私の「Seventeen」というアルバムのプログラムノートの中で、「八木美知依の箏の中に住まう猛者たちの細胞の多種多彩さに驚く。その細胞たちは絃の響きを食って育っては夜毎悪さを練っているのだ。このアルバムの中で、大中小と青いの白いの赤いのと鬼が笑っているのはそのためである」と書いてくださいましたが、鬼が宿ってしまい、それが成せる技もこの楽器だからだと思っているのですね。
 
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