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Artist Interview
A unique world of koto music connecting points and lines   Koto Musician Michiyo Yagi
点と線をつなぐ独創的な箏の世界 箏演奏家・八木美知依
──そうは言っても、邦楽器以外の演奏家や海外の演奏家と共演する時はピッチが不安定だったり、音量が小さかったり問題があるのではありませんか。
音量はエレクトリック箏を作ってからは、どんな状況にも対応できるようになりました。
それで、今日、突然出会った人と音楽でコミュニケートする即興がとても面白いと感じています。20分ぐらいのリハーサルで、だいたいのチューニングを考えて本番に立つ。どんな環境で育ち、どんな音楽を聴き、どんな教育を受けたからこういう音楽をしているのかなど、短いサウンドチェックの中でどんな人かなあということを考え、本番の音楽をつくっていくことはとても面白いです。
特に海外の音楽家は、来日すると邦楽器との共演を希望する人が多く、私も即興でのセッションをすることがよくあります。その時、先ほど申し上げた箏としての特長、例えばピッチがどんどん下がっていくということは、良い意味での予想外の緊張感を構築することがあります。そのようなことも含め、箏という楽器の背景を全く知らない海外の音楽家とのコラボレーションは、楽器の構造を超越した上で、音楽的または演奏上のさまざまなプレッシャーをかけられるので、私にとってはそれが最大の魅力と感じています。

──最近は古典の演奏も多いようですが、自分の場所探しはどこに向かっているのでしょうか。
7年ほど前に三味線で地歌の『雪』を演奏するお仕事を頂いた折に、参考までにいろいろな演奏を聴いてみたのですが、楽譜以上のものが出てこなくて、演奏がまるでひとつの作法のようでしかない。どう弾くべきか考えが煮詰まっていた時に、人間国宝だった菊原初子さんの演奏をビデオで見たんです。同じ『雪』なのに全く違う。どうしてこんなに違う曲なんだろうと思って、演奏している姿をようく見て気付いたんです。仙骨、脊柱のいちばん下の三角形の骨ですけれど、それを倒して、むかしのおばあさんみたいにぺちゃんと座って弾いているんです。帯も胸高に締めなくて、襟もゆったりとしてリラックスして弾いているんですね。だからさまざまな曲想が出てきて、いろいろなニュアンスが生まれるのではないか。ここに古典の道があるのではないかと思いました。古典では普通に爪のノイズを出すんですが、弦の縒りを見ながら爪を立てたり寝かせたり、ノイズの量をコントロールする。それぐらいリラックスした姿勢だと、風のような音も箏で再現できることに気付きました。
古典、現代曲、即興などいろいろやってきましたが、理想を言えば、自分がジャンルという風になれたらいいなと思います。即興を聴いても、古典を聴いても、そこから私というジャンルが聴こえてくる。最低限それだけの演奏をするようになるのが理想です。今年の春、ワシントンのスミソニアン博物館でたまたま葛飾北斎展を見ました。美人画を見た時に、デザインに無駄がなくて、背景はずいぶん遠くだけれど鮮明で、1枚の絵のどの部分を見ても楽しめる。音楽でそうしたものを作れたらいいなと思いました。さらに欲を言えば、永遠のテーマは日本の合戦絵巻のような作品を作ることです。横にストーリーという時間の経過がある。しかしどの部分を切り取って聴いても音型、音質がデザインとして洗練されている。そういった音楽をソロで創造していこうと思っています。
 
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