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Artist Interview
Kim Itoh, the cross-over dancer who redefined butoh and contemporary dance in the 90s, looks to the future
舞踏とコンテンポラリーの90年代を築いた越境のダンサー 伊藤キムのこれから


『on the Map』


『劇場遊園』
撮影:小熊 栄(上のみ)



『壁の花、旅に出る。』
撮影:荒木美樹(上2点) / 斉藤巧一郎(下)
――今の話は伊藤キムの踊りのすべてだという気がします。ダンスの歴史のなかで、土方巽、大野一雄らは西洋・東洋を含め素晴らしい踊り手たちです。舞踏家は身体そのものの在り方に集中していて、それをテーマにしていて、その中に深く静かに潜行してゆきます。それが今までのダンスの歴史になかったような独自の表現スタイルを生みました。しかし、同時に舞踏といっても、身体だけがすべてなのではありません。身体が観客に供される空間というものがあります。舞台という空間で、例えば30分なりの時間の流れの中で、身体を含めた空間をどう構成してゆくのが問われます。つまり、客観的な意味での空間全体の演出を、時間の経過のなかでどのように構成してゆけるのかということです。これは舞踏家に限らず、「作品」としてダンスをするすべての舞踊家に必要とされます。でも、自分の身体だけにこだわって、客観的な構成に対して配慮が足りない舞踊家も多いです。キムさんの作品は、動きの探求以外に、空間におけるダンサーのポジショニングや、出入りのタイミングなどに対して非常に意識的であり、そのため密度の高い構成が見えます。ただし、そういうしっかりとした構成のなかで、いつも既成の枠組みを解体してゆくような方向性が見えます。
バニョレで賞を取った後の10年間の活躍ぶりは、日本のダンス界ではよく知られていますが、『on the Map』にしても『劇場遊園』や『壁の花、旅に出る。』にしても、いずれも空間の扱い方に大胆で面白い仕掛けがありました。『on the Map』は相当に意欲的な実験作品で、劇場の中に設置されたテーマ別の檻の中で行われるパフォーマンスを観客はマップを頼りに見て歩くというマルチフォーカスの舞台でした。『劇場遊園』では、ロビーや客席まで劇場全体を使っています。このように「ダンス」という以前に、空間そのものに対して人々が日常的に慣れ親しんだ意識を転覆するような、伊藤キム独特のトリッキーな感覚があるのですね。

僕は、どちらかというとイベント志向なんですよ。劇場のプロセニアムの中だけではなくて、街でイベントをやるとか、そういうことがとても好きなんです。もともと社会学専攻ですから(笑)。

ちょっと変な話になりますが、僕はいろいろな方法で人を「洗脳」したいと思っているんです。もし時代が違っていたら、どこかの国の独裁者になっていたかもしれませんね(笑)。文章を読ませるとか、映像を見せるとか、話を聞かせるとか、洗脳の方法はいろいろあると思いますが、僕の場合は、観客を「ある状況に巻き込む」ことで洗脳していきます。だから『on the Map』や『壁の花〜』などでは、観客と演者の間の境界線を曖昧にして両者を入れ替えてお客さんの場所の感覚を惑わせる──こういうやり方をトリッキーと言われれば、トリッキーなのかもしれません。

ちなみに『on the Map』については、古川あんずが1989年にベルリンで公演した『Rent a body-The last Night of Ballhaus』からかなりアイデアを得ています。実は、僕の他の作品にしても、この作品からの影響をかなり受けているといっていいと思います。『Rent A Body』は、2階分ぐらいの吹き抜けのホールで、上にホールを見渡せるギャラリー、下にバーがある大きな舞踏会場の空間全体を使った作品です。日本人メンバー数人と現地のワークショップ生を含めて計52人で踊りました。建物全体で同時多発のハプニング的な踊りをし、最後はホールにダンサーもお客さんも集まって踊って終わるという2部構成の作品です。それを自分のカンパニーで試してみたくて『on the Map』をやりました。

おそらく多くのアーティストはもともとあるフィールドからいかに逃れるか、いかに壊すかということを考えていると思うんです。特にコンテンポラリーアートの人たちにはそれ自体が目的になってしまう傾向があります。でも僕はそうではなくて、『on the Map』の時も、舞台の上で踊るだけでは飽き足らないということに加えて、遊園地のようなものをつくってみたかったんです。『劇場遊園』では、実は観客席そのものを「舞台美術」として使いたかっただけで、そうすれば見たこともないような美術になるんじゃないかと考えました。そこに客席と舞台を逆転するといった別の意味を見出そうとした人たちもいましたが、そういうただルールを壊すということだけでやると、つまらないものに陥ってしまう危険性があります。

――そういう感覚になるのは、キムさんが狭いダンスの世界だけに閉じこもって、劇場の中だけで作品をつくっていたくはないということと、自ずと繋がってくるのでしょう。ところで、白井剛黒田育世を始めにして、今のコンテンポラリーダンスのキムさんの次の世代の人たちで、大いに活躍して高い評価を得ているアーティストに「輝く未来」出身が多いというのは不思議でもあります。どういうところに理由があるのでしょうか。また、メンバーはどんな育て方をしますか。
メンバーになる時点で、この人は振付家に向いているかどうかなどはあまり考えていませんし、わかりません。彼らにもともとそういう資質があったというのが大きいと思います。ただ、カンパニー活動の中で、メンバーには常にただの雇われダンサーではなく、ものをつくるとはどういうことかの意識をもってもらい、自分を追究することを求めています。僕は先ほども言ったように独裁者なので、押さえるところは押さえますが、スキのある独裁者なので、それ以外は「自由にやっていいですよ」とみんなに丸投げしちゃう。まあ不親切かもしれませんが、僕の思いの至らない部分を結果的に彼らが埋めていて、そういうところがうまくいっているのかなと思っています。昔のメンバーが「キムさんはすごく冷たく突き放すから、いつの間にか自分がやらなくちゃいけなくなる」と言っていましたが、用意されたことをこなすのではなく、自分の問題として抱えなければならなくなることは確かです。創作だけでなく、普段の稽古場でも身体に対する考え方や自分自身の存在を自力で探していくよう意図的に仕向けています。それが後々の個々の活動に繋がっているのかなという気はします。

――キムさんにとって、身体とは何ですか。
最終的には「遊び道具」かな。それと商売道具(笑)。まあ踊りは遊びから出発するというふうにいつも思っているので。まさにそれも古川あんずの考えていたことです。だから、ダンサーには、もっと自分の身体を遊べということを言いますし、ワークショップでもやっています。自分の身体をいかにおもちゃのように遊ぶことができるか。そのためには、自分の身体を徹底的に解剖し、完全に別の物体として扱える必要があります。だから、僕にとって、ナルシスティックになっていたり、自分の身体に依存してしまっているダンサーはつまらないんです。

ワークショップでは、例えば布を使って、くちゃくちゃにしたり、伸ばしたり、いろいろな形をつくって、「その布になりましょう」というようなことをやっています。心が素直で、外的な力を素直に自然に受け入れることができる身体が理想的ですが、それはかなり難しいことです。歳をとればとるほど、経験を積めば積むほど難しくなります。
 
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