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Artist Interview
Greek tragedy that rings true with young Japanese audiences An interview with translator Harue Yamagata
日本の若い観客に響くギリシャ悲劇 翻訳家の山形治江インタビュー
オイディプス王
オイディプス王
オイディプス王
『オイディプス王』
(初演2002年6月/Bunkamuraシアターコクーン、再演2004年/東京・アテネ公演)
作:ソフォクレス
翻訳:山形治江
演出:蜷川幸雄
出演:野村萬斎、麻実れい、吉田鋼太郎ほか
撮影:谷古宇正彦
(c) Bunkamuraシアターコクーン
エレクトラ
エレクトラ
エレクトラ
『エレクトラ』
(2003年9月/Bunkamuraシアターコクーン)
作:ソフォクレス
翻訳:山形治江
演出:蜷川幸雄
出演:大竹しのぶ、岡田准一、波乃久里子ほか
撮影:細野晋司
(c) Bunkamuraシアターコクーン
――蜷川さんは、歌舞伎俳優の六代目・市川染五郎(現・九代目松本幸四郎)さん主演の『オイディプス王』や、平幹二朗さん主演の『王女メディア』(詩人の高橋陸朗修辞)などを上演し大成功してきました。山形さんが蜷川さんのギリシャ悲劇の翻訳を初めて手がけたのは2002年に上演した『オイディプス王』からですが、そもそもなぜ現代ギリシャ語から訳し下ろしをすることになったのですか。
私はギリシャ演劇の研究者で、当時まだ戯曲の翻訳をしたことはなかったのですが、蜷川さんから「翻訳された本はあるけど意味がよくわからない。上演台本ではないからこれでは舞台にできない」と言われて、翻訳を依頼されました。私が「現代語しかできませんが」と言うと「現代語台本からの訳で構わない」と言われたので引き受けました。新訳の目標はただひとつ、今のギリシャ人が楽しんでいる舞台の雰囲気を伝えることでした。

――具体的にはどのような翻訳作業が行われたのですか。
まず底本ですが、『オイディプス王』の時には、ギリシャ国立劇場が実際に使っている現代ギリシャ語台本を使うつもりだったのですが、著作権の問題があり、最終的には複数の現代ギリシャ語台本を使うことになりました。ギリシャ国立劇場の台本の他、現在もっともモダンでシンプルな現代語訳がされていると言われる台本など2点を選びました。これらの台本は基本的な解釈は同じですが、それでもずれている場合がある。どうしてもニュアンスがわからないときには古代語のテキストにあたりました。ただ、実際は多くの訳本にあたればあたるほど、原文の本質から離れていくようなところもあって、最終的には参考資料はできるだけ絞っていきました。
翻訳作業としては、まず全訳して第1稿を仕上げます。それから日本語訳だけで読み返しながら、これでは台詞にならない、と思った箇所は、もう一度訳し直し、第2稿にします。その段階で、岩波書店から出版されている古代語からの訳書を参照して、自分の訳と比較しながら、ずれているところがあれば誤訳の可能性もあるので現代語版をチェックしていきます。重要なところで明らかに双方の訳が異なるものについては、もう一度古代語に戻って確認します。その作業が終わったものが第3稿です。最後にもう一度自分で発音してみて、第4稿の完成版を仕上げます。最初の3作品までは、知り合いの役者さんに読み上げてもらって最終稿にしました。
稽古が始まると、ギリシャ語の原典を稽古場に持ち込んで、役者が同じところで間違えると、それは私の訳が悪いのか、役者がただ読み違えているだけなのか、必要に応じて確認します。役者の読み間違いの場合は、原典どおりかどうかを確認して、翻訳を生かしてもらいます。

――役者は自分の側に解釈をもっていってしまうということも多いですから、原典に合わせていくというのは重要な作業ですよね。
『オイディプス王』は、2004年に再演されましたから、実にラッキーでした。初演のときは台本翻訳という仕事がいったいどういうものかもわからず、翻訳者はどういう立場でいるべきか、演出家や俳優との距離感も計りかねていましたから。2年後の再演時には、現場のこともだいぶわかってきたし、翻訳もアテネ公演(2004年)を前提に、上演時間2時間20分だったものを2時間以内に収まるよう改訂しました。

――日本語に置き換えられない言葉などがありましたか。
人称の問題は大きいと思います。日本語の人称は、年齢、身分、対話の相手によっていろいろな言い回しがありますし、省略することもあります。例えばオイディプス王だと、公的な場では「わたし」、私的な場では「俺」にしました。また、ひと回り以上年上の王妃イオカテスの台詞ですが、夫のオイディプスに対して普段は「あなた」と呼んでいたところを、一箇所だけ「おまえ」に変えました。それだけで、妻としての立場がいっきに母親に変った感じがしたのには我ながら驚きました。これによって実際に王妃役の女優の演技も変わり、「おまえ」と呼んだ瞬間に母親になっていた。再演時に改訳したこの人称の選択は、自分でも正しかったと実感しています。
また、文末については、日本語には「男ことば」「女ことば」の問題があります。女だからと「〜よ」「〜だわ」「〜ね」という言い方にする場合がありますが、私は描かれているキャラクターを忠実に訳していけば、自ずとはっきりしてくるので特に気にしませんでした。

――韻律の問題はありませんでしたか。
古代ギリシャ語台本には韻律がありますが、現代ギリシャ語になった時点でそれはなくなっています。ただし、現代ギリシャ語の台詞を聞いていてもリズムはありますから、それを日本語にも訳出しなければならない。そこについては、とにかく私は、自分が読みたい聞きたいと思うリズムで台詞を書きました。

――コロスの部分の翻訳は非常に難しいのではないかと思いますが。
確かに、そこが最も苦労したところです。初めて翻訳した『オイディプス王』は、蜷川演出、野村萬斎主演、アテネ公演、ということが最初から決まっていた企画でしたから、どこからも文句を付けられないような完璧な訳にしようと気張って、コロスの台詞をものすごく忠実に訳したんです。でも、コロス役の男優たちは個性派ぞろいで、息継ぎの仕方がみんな違うから、一斉に台詞を発するとばらばらで合わない。それで、再演時にはコロスの訳をすべて変え、誰が読んでも同じところで息継ぎをするように計算して、強弱やイントネーションを踏まえて訳しました。日本語で言うと全部七五調で訳せれば問題ないんでしょうが、それでは定型になりすぎて却って言葉が届かない。蜷川さんも七五調は嫌いみたいで、そういうところがあると「句読点を全部詰めていいから、苦しくなるまで言え」(笑)などとおっしゃっています。

――2002年から4作品を上演されてみて、蜷川さんのギリシャ悲劇公演をどう思われますか。
若い人気俳優を起用している点がとてもいいと思います。日本人にとってギリシャ悲劇はなんとなく古めかしく、高名で老齢な役者が大仰な台詞をしゃべるようなイメージをもたれやすいからです。そういう先入観で芝居をつくられると、例えば、オイディプスと妻であり実母であるイオカステも、「こんな年寄りの男女がエッチするなんて想像できない」(笑)みたいなキャスティングになってしまう。でも蜷川さんのプロダクションでは皆、若々しく元気いっぱい。ギリシャ悲劇は暗く重い話だけど、舞台イメージは結構明るいので、それがうまく表現されていると思います。
「蜷川さんのギリシャ悲劇についてどう思うか」と言う質問は私がお客さんにしたい質問そのものです。だから、劇場で配られるアンケートにはすべて目を通しますが、例えば、『エレクトラ』に出演したジャニーズ事務所の人気グループV6の岡田准一くんや、『オレステス』の藤原竜也くんのファンたちが、「(彼らを見るために)初めて劇場に来ました」と書いている。若い女の子たちが初めて観た芝居がギリシャ悲劇なんですよ、凄いと思いませんか(笑)。だから、今は、古典であっても特にそういうことにはこだわらないで、演劇ジャンルのひとつとして、ギリシャ悲劇も現代演劇も同じように捉えていいのではないかと思っています。
 
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