The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Artist Interview
Portraying the places where people with grudges come and go. The world of Go Aoki, a playwright shining light on the creases of the soul
わだかまりを抱えた人々が通り過ぎる「場」を描き 心の襞を照らし出す青木豪の世界
旧歌
旧歌
グリング第9回公演『旧歌』
(2004年6月25日〜7月4日/下北沢「劇」小劇場)
作・演出:青木豪
撮影:福田直正
ストリップ
ストリップ
グリング第10回公演『ストリップ』(再演)
(2004年10月19日〜24日/THEATER / TOPS)
作・演出:青木豪
撮影:福田直正
──登場人物たちは、常になんらかの「わだかまり」みたいなものを抱えて舞台に出入りしているように思います。青木さんが描きたいのはどんな種類の「わだかまり」なのですか。
やっぱり、マイノリティなものを書きたいっていうのはありますね。マイノリティの側から見たら、世間の「普通」はそれほど普通じゃないぞというか。多数派じゃない人たちの世界の見え方みたいなものを書きたいと思っています。

──不思議なのは、マイノリティな人々の抱えた「わだかまり」は、決して解決しませんよね。解決していないのに、ささやかな希望じみたものが見えて幕がおります。
それは僕にとってはとても嬉しいご感想なのですが、たぶん僕が持っている世界観がそうなんだという気がします。そういう風に世の中を見てしまっている。つまり、たとえば僕自身が抱えちゃっている悩みにしても、現実にはほとんど解消されることはないですよね。ある日、完璧に解消されるなんてことはあり得ない。それを逆のほうから言うと、原風景の人がたくさん出入りする場所に座って世界を眺めながら、それでもこの人と出会ってこんな話をできたのがちょっとだけ気持ちよかったなという感慨があるわけで、それがとても大切なことだと思っているんです。悩みは果てしなく続くけれど、こんな人と今日は会えたというのが支えになっていくはずだと。

──若い劇作家の割には、「新劇風」な書き手だといわれることが多いと思うのですが、ご自分ではどう感じていらっしゃいますか。
それはたぶん、分かりやすい設定の作品ですし、役者に一人一役がちゃんと振られていて、会話劇で進んでいくからそう思われているんじゃないかと思います。でも、自分ではそういうことではなくて、小さいケレンを思いついたときに、ああこの芝居は書けるなと思うんです。今回の『虹』という作品でいうと、本水の雨を降らそうとか、ラストシーンで教会のステンドグラスに日があたって虹のように見えるとか、そうなるとうっとりするんじゃないか(笑)、と。蜷川さんみたいに大量の水とか、大量の花びらをバァーッと降らせることはできませんが。なにしろ、リアルな口語体で進んでいく芝居ですから、最後にいきなり派手なことやろうってもそうはいかない。『イノセント』っていう芝居をやったときに、最後に桜の花びらを降らそうとしたんですが、どう考えても遠くのほうにチラチラとしか降らせられない。静かな芝居なもので(笑)。

──そもそもなぜ、青木さんの芝居は静かな芝居なんですか。
なぜなんですかねえ。結婚したときに挨拶まわりにいったんですが、そうすると僕の親戚だけで四十軒ぐらいあって、どこへ行っても、みんなとにかくしゃべり続けるんです。そういう親戚が胎内記憶にあるものだから(笑)、大きな声で立派なことをいうよりは、普通に喋るというのが体に宿ってるんでしょうね。ただ最近、口語演劇が保守化していると言われることについては、僕も危機感は覚えています。つまり、今あるものを分かりやすい形で提供することで果たしていいんだろうか、と。
だけど、第3回公演で自衛隊の引っ越しの話を書いた時に、自分には今書いているみたいな芝居しか書けないと思ったのと同時に、それでいいのかもしれないと納得したことがあります。登場人物に小説を書きたいけどうまく書けないという娘が出てくるんですが、彼女は大きな物語を書きたいんだけど思いつかないんですね。そのうち身のまわりの小さなことをあれこれ見聞きしていくうちに、この程度の小さなことしか私には書けないかもしれないって気づいていく。これは露骨に僕自身の感慨なんですが、その時に思ったのは、細部をトコトン極めれば、その裏にある大きなものが見えてくるかもしれないということ。そうしたら大きな物語を届けたのと同じなんじゃないかと。

──今回第10回公演で紀伊国屋ホールに進出されました。青木さんの芝居に人気があるのはなぜだとお考えですか。
本当にそうなのか、自分では疑問をもっていますけど。メディアでもいろいろ取り上げていただいて、名前はそれなりに知られてきたのかなあという感じはしています。もし、本当に僕が受け入れられてるんだとしたら、さっき言った「細部を極める」みたいなことが、ああここは丁寧に作ってあるなと客席に伝わっているからではないかと思います。後は、弁当屋三代目ということがあるのかと、最近思うようになりましたね。しょせん京懐石が作れるわけでもないし(笑)、斬新な創作料理ができるわけでもない、でも「あそこちょっとガンモの煮方がうまいよねぇ」みたいな(笑)。血だと思います。
 
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