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Artist Interview
Hironori Naito talks about 30 years of theater projects with the mentally challenged
知的障害者との舞台づくり 30年におよぶ活動の軌跡を内藤裕敬に聞く
ロビンフッド・楽園の冒険
ロビンフッド・楽園の冒険
『ロビンフッド・楽園の冒険』
© 滋賀県社会福祉事業団
──ところで、内藤さんの通常の演劇活動(劇団南河内万歳一座や各地のワークショップ等)にとって、こうした経験はどのような影響がありますか。
 僕らにとってとにかく強烈だったのは「彼らは天才だ」ということです。それは最初の出会いの時から感じていました。無意識であのパフォーマンスができるんですから、僕らの想像力を越えています。彼らは知らん顔して企んでるんじゃないかと疑いたくなります。もはや芝居の域を越えている。そういう意味で、役者としても吸収する部分が多かったです。
 殊に20代で劇団を始めたばかりの頃には、どうやってオリジナルな立ち方で舞台上に存在できるかということを他の劇団、他の役者たちと競っていましたが、僕の場合はほとんどあざみ・もみじ寮生たちのパクリでしたね(笑)。あのアナーキーさ、わけのわからなさ。いろいろなところで使わせていただきましたよ。

──主人公を演じた寮生は、琵琶湖を一周する列車の駅を全てそらんじていました。物凄い記憶力ですね。
 彼女は天才で、計り知れない記憶力をもっています。1951年11月6日は何曜日って聞くと、即座にわかる。頭の中に特殊なカレンダーが入っているんだと思います。
 実は記憶力だけでなく、彼女なりの企みもあるんです。僕は彼女の台詞入れは彼女と40年一緒にいる先生に頼むのですが、練習ではわざと忘れたふりをする。何かにかこつけて「あんなことがあったから今日はうまくできなかった」なんて言い訳する。ところが本番になると、「天国の秋浜先生や田中先生が見ていてくださる」なんて、アドリブを言ったりするんです。あんな台詞書いてないし、練習でも一度も言ったことないのに。本番までとっておいたんでしょう。あの一言でお客さんをさらって、本人はたまらない快感ですよ。演出家泣かせでしょ(笑)。

──そういう能力を持つ人もいるのですね。
 とにかく天才が多い。彼女は自閉症ですが、自閉症の人は調子のいい時と悪い時があって、毎日こだわっていることをやらないとどうしようもなくなります。だから稽古をやればいいわけじゃない。興奮したら倒れちゃうし、ニコニコ笑って台詞を言っていたのに、自分が言えてないと思うと、叫んでテーブルを叩いて指を3本骨折したり。いつ爆発するかわからないところがある。だから職員の先生と相談して、いつも大丈夫かどうかを確かめながら練習します。本番近くなると皆な調子はあがってくるけれど、それで爆発したら終わりです。職員との密なコミュニケーションが不可欠なんです。
 寮生にしても、芝居の稽古中は知らない連中が泊りに来ていていつもより刺激が多いので毎日が新鮮でハイになりやすい。だからこそやりすぎると危ない。とはいえお芝居は楽しくやりたいし、その辺の塩梅が難しいですね。
 演劇をやる年には、先生方も寮生たちに半年かけて「お芝居にでようね、でようね」と動機付けしてくださっています。彼らも半年あれば、自分で調節できるんです。狂言回しの一人、仲居さん役で登場した女性もやはり自閉症ですが、実は本番までに一度も稽古をしていません。でも、彼女なりに芝居の準備はしているみたいで、ただし、職員にも出るための準備なのか出ないための準備なのかわからない。
 しょうがないから、もし彼女が舞台に出てくれた場合は仲居さん役の台詞をふりましょうと。相手役が「仲居さん、○○どすなぁ?」と言って、彼女が「そうですねぇ」と返す。たったこれだけのやりとりですが、でも、彼女の返事を待ってもでてこなかったら、仕方がないのでその台詞を飛ばして先にすすむ。そんな打ち合わせで臨みました。
 そしたら、リハーサルでがんばってでてきてくれたんです。ところが本番になったら、最初は出ていたのに途中から抜けてしまった。もうしんどいからそれで終わりかなと思ったら、最後にまたでてきてくれた。彼女に限りませんが、皆な一人一人ぎりぎりの自分と闘って舞台に出てきてくれる。そういう姿が嬉しかったですね。

──演劇療法とはいいませんが、こういう試みは演劇界でもっと評価されるべきだと思います。
 秋浜先生の活動はちょっと早すぎたのかなとは思います。最近は演劇を使って何かをすることが増えてきましたが、秋浜先生はその先駆的な方でした。若い頃は、先生に「お前はそんなことで子どもに何かあったらどうするんだ」と怒られて、その声にみんな震え上がりましたが、そんなことも含めて、すべて本質的には演劇的な体験だったのだと思います。
 
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