The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Artist Interview
Directing through the worlds of Brecht and Kabuki Exploring the world of director Kazuyoshi Kushida
ブレヒトと歌舞伎を股にかける 演出家、串田和美の劇場世界とは?
『東海道四谷怪談』
四世鶴屋南北作の世話物。1825年に江戸中村座で初演。「忠臣蔵」の世界を下敷きに、お岩という女の亡霊となったのちのすさまじい執念を描く。見せ場の多い怪談狂言の傑作として知られる。コクーン歌舞伎では、第1回(1994年)、第7回(2006年)で上演された。

『法界坊』
奈河七五三助作の世話物。原題は『隅田川続俤』。朝廷から預かった一軸の所在と娘の結婚をめぐる武家のお家騒動のなか、乞食の僧侶「法界坊」が各所で悪事をはたらく様子を歌舞伎には珍しい喜劇として描いた作品。ついには殺されてしまう法界坊の不運をもコミカルに描き、亡霊となった後も見事な舞踊を魅せて幕を閉じる。浅草・隅田川沿いに仮設劇場を建てた「平成中村座」は、隅田川を舞台にするこの演目で杮落としをした。2007年夏にはニューヨークで上演される。
Hokaibo
Subject: Hokaibo
Artist: Heisei Nakamura-za
Season: Festival 2007
Photo credit: Ryoji Sakuma / © Shochiku
Hokaibo
Subject: Hokaibo
Artist: Heisei Nakamura-za
Season: Festival 2007
Photo credit: Ryoji Sakuma / © Shochiku
平成中村座
平成中村座 リンカーン・センター・フェスティバル公演
『法界坊』
『連獅子』

2007年7月16〜22日
エヴェリ・フィッシャー・ホール
http://www.lincolncenter.org/
load_screen.asp?screen=Nakamura
──『三人吉三』の舞台装置は、中央に直径7メートルぐらいの水が張られた丸いプールがあり、そこに橋がかかっていて場面によって橋と一緒にプールが回転する画期的なものです。
『三人吉三』では大川端が大切な舞台設定になっていますが、江戸は水の街で水路がたくさんあったから、そういう川端がちょこちょこでてくると面白いと思ったんですね。でも場面をかえるためにいちいち時間が途切れたのではつまらない。川が丸いのはマズイかなという気もしたけど、あの装置ひとつを回していろんな場面がつくれれば、転換もスピーディーだしいいかなと。それと、水を反射した光がきれいに出ればいいかなと思いました。

──意表をつかれたのは、橋の上に立ったお嬢吉三が「月も朧に白魚の、篝もかすむ春の空」という名台詞を後ろ向きではじめたとき。台詞を言っている間にプールが回転して正面を向くのですが、役者さんはものすごくとまどったのではないですか。
今はこれがいいと自信をもって舞台に立っていますが、はじめはやけっぱちで、「もう何とでもしてくれ!」と思ったみたい(笑)。でも、歌舞伎も、客席を向いて台詞を言っているけど、「月はどっちに出ているの?」という悩みはあったらしいですね。風景が後ろにあって、月も後ろにあって、なのに客席を向いて台詞を言う。そうすると、明治時代にリアリズムを追いかけた人がいて、「月は川に映っているんだ」と下を向いて言ったらしい(笑)。そんなようなことを昔の人は昔の人なりに苦心しているのが面白いですよね。
そういう逸話は、歌舞伎の世界にはたくさんあって、例えば、僕は今回「三人吉三」で本物の犬を出したけど、五代目だか六代目だかの菊五郎さんは本物の猿を使ったことがあるみたいですね。新しい事をいろいろと考えた人だったそうで、猿遣いの話で本物を遣おうとしたんだけど、舞台稽古まではうまくいったのに、お客さんのお弁当のせいで客席に行ってしまって初日で中止になったとか。昔の人もいろいろなことをやっていたんですよね。

──大詰めのシーンは、雪野原にエレキギターの風の音が響いて、何もかも真っ白で、お嬢吉座の着物だけが真っ赤で。お尚吉三、お坊吉三、お嬢吉三の三人が刺し違え、亡骸の上に雪が降り積もり、椎名林檎さんの歌う子守唄が流れる‥‥。林檎さんのつくった音楽やエレキギターの音がすごく合っていて驚きました。
6年前に初演した時には、リアルな風の音をテープで流したんです。歌舞伎では風の音や雪の降る音を「デンデンデン、デンデンデン」という太鼓で表しますが、リアルな風の音を流すのはどうかと思って提案しました。あの時は、自分でも「こんなことをしてもいいのか」「いいじゃない」と葛藤しながらやったのに、今や、風の音どころか、エレキギターが鳴った。この6年間でこんなに変わったんだと、感慨深いものがあります。
歌舞伎では役者が「実は何年前‥‥」と独白する前に必ず三味線が「ベーン」となる合い方という効果音を入れますが、今回は、風の音だけじゃなくて、そこでもエレキギターを使いました。三味線だとどうしてもそれに合わせて言い方が決まってしまい、テンポを上げてほしくても、三味線だとこうなりますと。もっと早くしたいのなら合い方をなくしましょうと言われて、なくさなくてもこういう音楽はどう?とエレキギターの音を聞いてもらったら、勘三郎さんもいいじゃないと。それで、最後の風の音と対になる形で使いました。

──ところで、串田さんがコクーン歌舞伎の演出をはじめたのは2作目の『夏祭』からで、1作目の『東海道四谷怪談』は演出していません。それはなぜですか?
最初は、劇場の芸術監督という曖昧な立場で参加しました。僕にはとても歌舞伎の演出なんてできない、犯してはいけないものがあるのではないかと思っていましたから。でも、中途半端に関わることはありえない、やるなら本気でやらなきゃ、という気持ちもありました。
今でも、僕は自分が歌舞伎を演出することについて、何がとは言えないけど、こころの中では自分が間違っているんじゃないか、壊しちゃいけないものを壊しているんじゃないか、という不安があります。このままどんどん進んで、それこそテープでロックでも何でも流す、衣装も何でもありとなると、何が歌舞伎だかわからなくなる。常に、そうすることで失うものが何かを考えておかなければいけないと、思っています。
例えば、携帯電話とかパソコンとか、便利だからといって喜んで使っていると、ハッと気づいたら何かを失っていて、取り返しのつかない状況になっているということもあるかもしれない。でも、失うものが何だかわからないんだから、やるしかないと思ってやっています。
生意気言うと、失ってはいけないものが何かあるんじゃないかと思って、歌舞伎座にも行ってみるんだけど、僕にはわからない。だから、本来あったものが、すでになくなっているんじゃないでしょうかね。

──話は前後しますが、2000年に浅草の隅田川沿いに仮設劇場をつくり、『法界坊』で平成中村座がスタートしました。あの発想はどころから生まれたのですか。
あれは、本来の歌舞伎の姿を再現したいという勘三郎さんの思いが実現したものです。彼が執念でいろいろな人を動かした。初日に松竹の永山会長が来られて、勘三郎さんの肩を叩いて「親孝行だね、君は」と。勘三郎さん(当時は勘九郎)の先祖が江戸時代の歌舞伎小屋、中村座の座元だったとか、僕らにはわからない格別な思いがあるんだろうと思います。

──そして、2004年にニューヨークのリンカーンセンターの広場に平成中村座を建てて、『夏祭』の引っ越し公演を行いました。私は見ていませんが、非常に評判がよかったと聞いています。
ええ。素直に見る人たちは、それこそ歌舞伎はこうじゃなきゃいけないという人のいないところで見ていますから、現代劇やシェイクスピア劇なんかと同じ感覚で受け取ってくれる。劇評も普通にストーリーを追って、演出の意図を汲んで、笹野のことも歌舞伎俳優じゃないと知らないから、「名優だ」と褒めてもらった。こういう目にさらされるのはいいことだと思いましたね。

──今年は『法界坊』で7月10日からリンカーンセンター劇場での公演が予定されています。ちなみにこの作品は、2005年に串田さんの演出で歌舞伎座公演が行われました。あのときは、舞台の両脇に客席をつくって、人形のお客さんを座らせ、何人か本物の人間も混じっていて、とても面白い趣向でした。あれは、昔の芝居小屋の雰囲気を出したかったのですか。
そうですねえ。こういうアイデアは、いろんなときに思ったことの蓄積からでてくるのですが。昔、『魔笛』を見に行ったときに、客席に座っているのがお客さんだと思っていたらみんな人形だったら恐いだろうな、と思ったとか。中学生の頃、ひとりで俳優座劇場に新劇を見に行ったときに、周りはみんな知らない大人で、この人たちはみんな芝居の通で、もしかしたら登場人物かもしれないと思うと、自分ひとり対演劇の世界みたいな感じでとても恐かったとか。
みんなにも覚えのあるそういう感覚が僕の中にはずっとあって、『法界坊』で客席に人形を座らせてみました。それと、客が実はお互いに見られているんだという感じをもう1回思い出してみようというのがありましたね。また、間口の広い歌舞伎座を何とかしたいというのと、江戸時代の芝居小屋には舞台奥下手に羅漢席という最下等の席があったというのも頭の中にはありました。
『法界坊』というのは歌舞伎の中でも特殊な話で、お家騒動の脇役ででてくる乞食坊主が主役なんだけど、自分で自分のことを「あいつはねえ」と客観的に説明するようなところがある。今回のリンカーンセンターで公演では、そういう狂言回し的やいわゆる道化の台詞をすべて英語でやろうと思っています。
 
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