The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Artist Interview
Directing through the worlds of Brecht and Kabuki Exploring the world of director Kazuyoshi Kushida
ブレヒトと歌舞伎を股にかける 演出家、串田和美の劇場世界とは?
『桜姫』
四世鶴屋南北作。『桜姫東文章』として1817年に初演。下郎・権助に犯され、女の本能に翻弄される桜姫が、身分の違う権助と結婚するために高貴な暮らしを捨てて女郎へと転落していく物語。コクーン歌舞伎では、第6回(2005年)で上演。
まつもと市民芸術館
長野県松本市が運営する公立文化施設。2004年開館。館長兼芸術監督に俳優・演劇家の串田和美を迎える。馬蹄型の主ホール(1800席)、小ホール(288席)、仮設ロールバック式の実験劇場(360席)を備える。設計は日本を代表する建築家のひとり伊東豊雄。国際的なクラシック音楽フェスティバル「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」の主要会場のひとつ。
http://www.mpac.jp/index.html
The Caucasian Chalk Circle
The Caucasian Chalk Circle
『コーカサスの白墨の輪』
(2005年/まつもと市民芸術館)
撮影:阿久津知宏(上)、山田毅(下)
Grimm Grimm Grimm
『グリム・グリム・グリム』
(2006年/まつもと市民芸術館)
撮影:山田毅
──ところで、串田さんは現代劇では自分も俳優として出演されますが、歌舞伎には出たいと思わないのですか?
笹野みたいな人がいないと成立しないなあという役はいくつかあって、そういう役をやる人がいないとは思っているんだけど、まだ、僕が客観的に客席から見ている必要があるので。そうじゃなければ、舞台の上からお客さんを見ていたほうがずっといいや、という感覚はあるんですけど、それは勘三郎さんが役割としてやってくれていますから。ただ、今度のニューヨーク公演では黒子で出ようかなと思っています。どんな黒子かは楽しみにしていてください。

──串田さんがコクーン歌舞伎と平成中村座を演出するようになって、歌舞伎の世界も現代演劇の才能を迎え入れる態勢ができてきたように思います。野田秀樹さんが作・演出した『研ぎ辰の討たれ』『野田版鼠小僧』や蜷川幸雄さんが演出した『十二夜』など、いずれも串田さんの実績があったからこそやれたのだと思います。
もっともっとそういう取り組みはあったほうがいいと思います。野田さんのように本としてつくるのもいいし、蜷川さんのようにシェイクスピアを歌舞伎でやるのもいい仕事ですが、僕が演出した作品を違う演出で、違う歌舞伎俳優でやる人がでてきたらもっと面白くなると思います。

──シェイクスピアの戯曲を色々な演出家がやってみせるのと同じように。
そうです。そうするともっと緊張感が出てくるし、ほかの歌舞伎俳優の刺激にもなる。そういう時代がそのうちに必ず来ると思います。

──モリエールやブレヒトも歌舞伎でやれませんか?
できると思うんですよ、あれだけ役者が揃っているんだから。そうなるともっとレパートリーが面白くなる。この前、黒テントがブレヒトの『肝っ玉おっかあ』を日本の戦国時代の戦場の話に置き換えて時代劇としてやっていたのですが、あれなんかそのまま歌舞伎俳優がやれば面白いのにと思いましたね。オンシアター自由劇場でやった齋藤憐の『クスコ』もできます。
それと、逆に、歌舞伎俳優ではない人たちが歌舞伎の演目をやるというのも面白いと思います。今、『桜姫』を僕の演出で、歌舞伎と現代劇で月替わりでやろうと企画中で、多分、再来年には実現すると思います。

──すごく面白そうですね。現代劇バージョンでは桜姫は女優がやるんですか。
歌舞伎は女形がやって、現代劇は女優がやります。「桜姫」を歌舞伎でやるのと現代劇でやるのとでは解釈が変わってくると思うんです。それは誤読の世界に入っていくことなのかもしれませんが、そこを追究したいなと思っています。

──串田さんは、現在、「まつもと市民芸術館」の芸術監督兼館長もされています。3年かけてワークショップを重ね、既存の客席を使わず、劇場を野外の円形劇場風にしつらえて上演した話題作『コーカサスの白墨の輪』など、意欲的な創作活動をされています。最後にこちらの話もうかがいたいのですが、民間の商業劇場の芸術監督と公共劇場の芸術監督の両方を経験された方は日本では非常に少ないですが、実際に経験されていかがですか。
驚くこと、面白がれることが山のようにあります。今、なぜ引き受けたんだろうと振り返ってみると、最初に自分たちの劇団の小屋として六本木にアンダーグランドシアター自由劇場をオープンしたときは、芸術監督という言葉はありませんでしたが、「あの小屋がちゃんとしていたらいいな」という気持ちでずっとやっていたように思います。その気持ちがあったから、コクーンを引き受ける気持ちになれたし、コクーンを引き受けたから松本も引き受けられた。後になって気づいたことですが、僕の気持ちは全部繋がっていたんですよね。
それは、劇場というものが、ただ作品をつくるハコなのではなく、その劇場があるというのはその人がいるというのと同じで、そのものがあることによって何か影響を与えていくはずだというのが僕の気持ちの根底にいつもあって、だから劇場に興味をもったんじゃないかと思います。
コクーンの時には、企業の人たちが株主や会社のことをいつもいろいろ気にしていたのですが、公立劇場では、今度は市民全員に気を使っている感じがします。まつもと市民芸術館については、多額な税金を投入して建設することに対して反対運動があり、僕はそこに入っていったので、どこまで政治的なことに巻き込まれていいんだろうかとか、何が原因でもめているのかとか、1年間はそういうことにどんどん気づいていく時間でした。僕自身は、市民芸術館を守るというよりは、それは面白いから反対の意見も聞きたいし、もっともだなと思ったこともたくさんありました。それに何も聞いてないより、反対されて、議論して、最後は「そうか」とどちらかが言うことだから、それはすごく良い関係だと思います。税金をどう使うべきかについてはいろいろと課題があるので、どうすれば説得できるか、日々苦労しているところです。

──日本の地方の公共劇場の場合、ひとつには行政として市民との結びつきをつくらなければいけないという課題があり、もうひとつには水準の高い、世界に出しても恥ずかしくない作品をつくるという課題があります。それを両立させることはとても難しいことだと思いますが、串田さんはどうされていますか。
それを最初から念頭において、「こういうものなら市民が受け入れる」「これが大衆的である、前衛的である」と分けるのはすごく問題だと思います。
先日、他の公共劇場の芸術監督と議論になり、彼が「地方は前衛はダメですから」と言ったとき、頭にきて「前衛って何ですか」って。だって、舞踏の大駱駝艦は長野県大町市でも活動していて、そこにはお百姓さんたちが見に来ている。松本にも大野一雄さんのお弟子さんがいて、普段は飲み屋をやっているけど、白塗りにチョンマゲ姿で街に出て踊ると、子どもたちが笑いながら見ていて、脅かすと怖がって逃げる。「ああ、健全だな」と思いました。これは(演者と観客の関係が)きちんと成立しています。東京のように「ああ、これは○○派の舞踏ね」などと物知り顔で解説している人がいくら集まっても、本当の表現としては成立していないんじゃないかと思います。
そんなことを考えながら、もう一度、(演劇や劇場についての)価値観というものを、みんなが面白いと思うものをつくりたいと思って一生懸命やっているわけです。実は、今度、まつもと市民芸術館に附属の劇団をつくろうと思っていて、来年あたりに旗揚げできるよう準備をしています。僕が日本大学芸術学部で教えていた生徒が中心になって、松本に移住してやるという子がもう5人ほど引っ越してきています。
この前、僕とプロの俳優の平栗あつみさんも混ざって、ロシアのヴァムピーロフの試演会をやったのですが、「松本の劇団をつくりますから応援してください」というチラシをつくって自分たちで配った。そうしたらみんながすごく興味をもってくれて、「ウチの会社にもチラシを置いてあげよう」とか。入場料を1000円にしたのですが、びっくりするぐらいたくさんの人が来てくれました。
その前にも、グリム童話を題材にした作品の試演会を無料でやったんですが、親子連れも来てくれて、ああ、こういう反応っていいなと思いましたね。それは、難しいことをパッとやってもダメに決まっていて、「まだヘタだな、オマエらがんばれよ」とか、「何も食ってないだろ、おにぎりもってきたからちゃん食べて良い芝居しろよ」という人がいるところからはじめるのがすごく良い関係なんじゃないでしょうか。
だから、水準が高いからダメ、大衆はこういうもの、と決めつけないで、もう一度みんなに聞きながらつくっていく。みんなも、若い劇団を育てながら自分たちも成長するという、双方で成長しあう関係というのはすごく可能性があると思います。

──最近は公共劇場が連携して事業を行うことも多くなっていますが、その点はいかがですか。
方法としてはやっていくべきだと思いますが、便利だからとか、お金が動くからというのでやると破綻するんじゃないかという気がします。それと僕は、顔を合わせたこともないのに組織でものをつくるのが性分として苦手なんですね。気が合った人が一緒にやって、これが5人になり10人になるのならわかりますが、お互い何を目的にしてやっているのかわからないのに形(組織)から入るというのは、どうも信用できない気がします。

──松本市には小澤征爾さんを中心にしたクラシック音楽の国際的なフェスティバル「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」があります。演劇のフェスティバルについては、何か考えていらっしゃいますか。
サイトウ・キネンはオペラをやる年とやらない年が交互になっているのですが、オペラのない年の方を少し演劇的にできればという話はでています。徐々にでもそういう形になればいいなとは思っています。

──いろいろお話を伺っていると、串田さんの演劇観は自由劇場時代から変わっていない気がしますね。
自分では意識していないんだけど、何かを見るときに、歌舞伎であれブレヒトであれ、その部分が見えているのかなという気はします。僕が俳優座の養成所に行っていた頃、演出家の千田是也というすごい人がいたのですが、忘れ物をして、夜、稽古場をひょっと覗いたら、誰もいない稽古場で千田先生が大きな牛の面をひとりで塗っていた。ああ、この人すげえ、いいなあと思いました。業績とかそんなことよりも、その姿がすごいと思った。
文学座に1年ちょっと行った時には、俳優の杉村春子先生がいらして、確かに演技もすごいですが、地方公演で緞帳が降りた後、降りた緞帳に向かってもう1回お辞儀をしていた。その時もこの人すげえと。誰も見てないな、馬鹿だなあ、あれ見ないでどうするの?と思いましたね。手取り足取り何も教わっていない気がするけど、杉村春子のどんな偉業よりも、誰もいない緞帳にもう1回頭を下げる杉村さんの後ろ姿、夜中にお面を塗っている千田さんを忘れられない。そうすることが楽しくて仕方なかったんだと思います。歌舞伎もきっとそういうものなんですよ。
でも内向した楽しさではなくて、外に向かった楽しさ。「脅かすぞ」とか「喜ばせたい」とか。その中にはただニコニコしただけではないもの、怒りや悲しみももちろんある。そういうことを共有する仲間に向かうことが楽しいんだと思います。『三人吉三』で言えば、もちろん黙阿弥は大当たりしたいと思って書いたけど、でもこのチンピラたちが世間からつまみ出されちゃう思いをわかる人がいると密かに思って書いている。それは、筆の先が思っているような、そんな感じかもしれませんが。
 
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