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Performing Arts Network Japan
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Artist Interview
Exposing his own body as a platform for art -- A look at the mixed-media performance art of Takao Kawaguchi
自らの肉体をさらけ出し、ミクストメディア・アートに挑む川口隆夫の歩み
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川口隆夫『D.D.D』
撮影:小原大貴

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© Takao Kawaguchi
YCAM滞在制作新作ダンス公演『true/本当のこと』 白井 剛×川口隆夫×藤本隆行
振付・出演:白井剛(発条ト/AbsT)
振付・テクスト・出演:川口隆夫(Dumb Type)
ディレクション・照明:藤本隆行(Refined Colors/Dumb Type)
9月1日/山口情報芸術センター スタジオB
12月8日、9日/金沢21世紀美術館シアター21
12月14日〜16日/横浜赤レンガ倉庫一号館3Fホール
http://www.true.gr.jp/


指輪ホテル 新作公演『エクスチェンジ』
演出:羊屋白玉
出演:尹明希(ユン・ミョンフィ)、川口隆夫、羊屋白玉
東京公演:10月4日−7日/シアター・イワト
京都公演:10月13日、14日/京都造形大学 青窓館 Aスタジオ
札幌公演:10月19日、20日/コンカリーニョ
http://www.yubiwahotel.com/
──川口さんは、コラボレーションのためのいいパートナーを探すのがうまいと思います。コラボレーションというのはすごく難しくて、観るほうの立場からすると制作者側の意図が見えて予定調和的なパフォーマンスになる場合が多い。つまり、面白い人と面白い人が集まればプラスになるとは限らなくて、マイナスの結果になることも多い。
川口さんの場合は、『D.D.D.』にしろ、蛍光灯を使ったアーティストの伊東篤宏さんとのコラボレーション作品『ディケノヴェス』(03年)にしろ、コラボレーションのあるべき姿というか、二人でやることによって、一人では生まれないものをスパークさせていると思います。

僕が自分の作品でコラボレーションをする時、参加するクリエーターそれぞれにコンセプトがあって、互いがどう切り込んでいって、どう変換させれば違うダイナミズムで新たな作品として提示できるか、ということをすごく考えます。『ディケノヴェス』をやったときには、伊東さんが表現するビカビカの蛍光灯の照明の中で、僕の身体がどう太刀打ちできるかと考えたとき、もうぐるぐる回ってみるしかなかった。強烈に増幅された蛍光灯の放電ノイズが僕の三半規管を極限まで動かして麻痺させ、そのうち目が回って倒れるんじゃないか、そして倒れたときのインパクトがどれほどのものなのか、と。

──今後はどういう作品をつくっていきたいのですか。
もっといろんな人たちとガチンコでやっていきたいと思っています。それと、“言葉”をもっと積極的に使っていきたい。言葉も映像も身体も同じレベルでいられるようなことをどう開拓していくかですが、それはもういろんな可能性があると思います。
今、山口情報芸術センターで新作『true/本当のこと』の創作に取り組んでいます。藤本隆行がディレクターとして僕とコンテンポラリーダンサーの白井剛さんを呼んでくれたんですが、同じパフォーマーである白井さんとどういうコラボレーションができるか楽しみです。
また、『true』のデザインチームとしても一緒にやっているメディア・アーティストの真鍋大度さんとは、『テーブルマインド』という作品でコラボレーションしていますが、その作品をもう少し膨らませて再挑戦したいと思っています。
そしてその次は、指輪ホテルの新作『exchange (エクスチェンジ)』に出演します。ダンサーのユン・ミョンフィさんと、それから演出の羊屋白玉さんとの共演。これまでにやったことのないタイプのパフォーマンスで、すごく新鮮だし、挑戦でもあります。
今後の作品づくりの方向性としては、ジャンルや手法にこだわらず、いろんな手法でいろんな語り口で表現していければと思っています。もちろん最終的には手法にこだわらざるをえませんが、ダンスであったり、テキストであったり、映像であったり、音楽であったり、あらゆることを導入していきながら、それぞれの手法でしかできない表現を模索していきたいと考えています。それはコラボレーション作品であっても、ソロであっても同じです。
結局、僕がやっていることは、“パフォーマンス”という言葉でくくってしまったほうが言いやすいんだと思いますが、手法とテーマがかみ合って分離できないところで初めて何かが生まれてくるということがあるのではないでしょうか。何か新しい手法を思いついたとして、その手法によってしか、こういう舞台言語でしか表現できないもの、僕はそういう表現を模索していきたいと思っています。身体を使うことはやはり中核にあるわけですが、その上で、既成の価値観でなかったものを開拓していきたいんです。

──ある意味、ジャンル別に技術があってその枠の中だけで表現しているということのほうがおかしなことで、一度そういうものをすべて御破算にした上で、新しい表現の可能性にチャレンジしていくことが求められていると私も思います。技術と表現がリンクする地平をいつも洗いなおしてゆくという作業ですね。
はい。そこが“コンテンポラリー”の面白さだと思うんです。コンテンポラリーであるかないか、ということはあるかもしれませんが、コンテポラリー「ダンス」や「シアター」と分ける必要はない。ヴィジュアルアートももう境界がなくなっていて、建築もアートと一体化しています。コンテンポラリーというのは、ダンサーはダンスのことだけやっていればいいというのではなく、最終的にはこの世界でこの限られた時間に生きている自分すべてが関わってくることだと思います。そういった意味では、アートということ自体がひとつのジャンルになっているとすると、そのジャンルも疑ってみなければいけない時期にきているのではないでしょうか。
 
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