The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Artist Interview
The unending quest of Minoru Betsuyaku, the playwright who has laid the foundation of Japanese drama of the absurd
日本の不条理劇の礎を築く 劇作家・別役実の果てしなき冒険
『アイ・アム・アリス』
初演1970年
共和制と王政の混在する国で、ある日アリスは叛乱の名目によって、王国からと政府から二重の形で追放される。追放されたアリスは、もう一度自分をアリスとして発見することで、「アリスであるもの」となり、世界に向けて「アイ・アム・アリス」の電報を発信する。管理社会の中での(芸術家の)アイデンティティは、一度名前を捨て去り、新たに自分であることを発見しない限り確立できないことを、寓話じみたスタイルで描いた作品。

『数字で書かれた物語〜「死なう團」顛末記』
初演1974年
「餓死殉教の行」と大書された額のもとにあつまった7人の男女。死ぬことを目的として籠城したかれらは、そのための時間を7人で過ごさなければならない。小さな話はやがて大きくなり、ただの遊びは命がけになって……。「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十……」無限に数字を数え、はっきりしないまま目的へと向かう。
数字で書かれた物語
数字で書かれた物語
数字で書かれた物語
文学座アトリエの会「別役実のいる宇宙─新旧書下ろし連続上演」
『数字で書かれた物語〜「死なう團」顛末記』
(2007年6月15日〜7月5日/文学座アトリエ)
演出:高瀬久男
撮影:飯田研紀


『にしむくさむらい』
初演1977年
二組の夫婦とひとりの乞食の物語。ある日ふと会社に行かなくなった夫たちは、発明家になるなどとうそぶきながら、すべてにつけそのままズルズルと、何も決定しないまま時をやり過ごそうとしている。妻たちは、夫のはっきりした決意を聞きたいと迫るものの、うやむやになし崩しされ、他にどうしようもないからといって、夫の発明した「乞食を獲る」殺人装置を作動させる。
──「早稲田小劇場」を離れてからしばらくの間、童話の『不思議の国のアリス』などをモチーフに配した、寓意性の高い、ストーリー性の豊かな作品をお書きになっていました。
それは、ベケットの方法論を押し進めると、どんどん作業が自閉症的になっていって、演劇が演劇でなくなると感じたものだから、意識してベケットから離れようとしたからです。自分の意識とか、内部の問題とか、内へ内へと閉じこもらざるを得ない作業がまずいと思った。僕は、演劇というのは、内へ向かうのではなくて、外へ向かって華やかに展開するものだという潜在的かつ伝統的な意識をもっているんです。だから楽しくやれたし、自分を解放できた。それが演劇の魅力だった。それで、ストーリー性を取り込んで、構造的に展開していこうとしたんだと思います。
もうひとつは、それ以前の僕のセリフの成り立ちは自己表白のモノローグ文体でできていたということがある。それが嫌になったんです。セリフに自分の私的な心情みたいなものが過度に反映されて、次の日に読み返してみると震えがくるくらい嫌悪感に駆られるようになりました。それでモノローグ文体で書けなくなり、ダイアローグ文体に変えていったら自分の演劇そのものも変わった。主人公一人がどうしたかということでなく、「関係の演劇」「関係のドラマ」になっていった、つまり、「関係」が(作品の)主人公になったんです。言うまでもなく、関係性は時代とともに変わっていくので、「現代の人間」ではなく、「現代の関係」という視点を、現代性を追求するための手がかりにしようとし始めたわけです。

──電信柱のすぐ下にゴザを敷いて、家財道具一式を並べた家族が座り込むという奇妙な風景を描いた文学座のアトリエ公演『にしむくさむらい』あたりから、現在につながる別役演劇が花開いたという感じがあります。
文学座の演技陣の生活感覚あふれる演技、生活実態のある芝居が非常にマッチしました。わりと観念的な芝居だと自分でも思っていたから、さっき言った「ベケット空間」に生活感を持ち込んでも成立しないのではないかとおそれていたのですが、案に反して、生活感が濃厚になったほうが、背後にあるべき世界への予感が鋭く働くようになった。『ゴドー』にもともと予定されていた道化芝居っぽいものが、文学座の演技陣の生活実態、もっというと世話っぽい芝居みたいなものを通して、完全に日本に移し替えることができる、ということが分かりました。

──『にしむくさむらい』もそうですが、70年代始めごろから別役作品には頻繁に「裸舞台に電信柱が一本」という舞台設定が登場します。
電信柱は『ゴドー』で使われている一本の木の援用です。もともとヨーロッパの舞台は横幅よりも縦のほうが長い筒型の空間になっていて、演劇が立ち上がってくる感じがする。立ち上がることによって宇宙とか、虚空とかに対する関心を醸そうとしている。『ゴドー』のような作品はそうした空間の中でしか確かめられない気がするのですが、日本の演劇は、歌舞伎に典型的に表れているように「水平」なんです。水平的にドラマが起こり、動きももっぱら左右です。そこで、その水平軸に対する「垂直軸」がどうしても必要になり、「電信柱」を建てた。建てただけでは垂直軸への感受性の鈍い日本人には、まだ垂直感覚みたいなものが生まれない。それで、街灯が点っているとか、途中から紐が張られて万国旗がぶら下がっているとか、そういうことをして初めて垂直軸を若干意識できるようになるようです。同時に、電信柱に張られたチラシがはげ落ちているとか、電信柱にリアリティを付けると、そこにある種の「生活感」が生まれ、その生活感をよりどころにして、世界全体への気配を予感させようという計画です。
僕は、こういう空間のことを「局部空間」と呼んでいるけど、要するにリアリズム演劇が用いる何の誰それの部屋といったような「典型的な場所」でもなく、崖の上といったような「象徴的な場所」でもない、また表現主義に見る「記号化された場所」でもない、「偶発的な場所」──細密画の昆虫の一本の脚みたいな場所と僕はたとえるんだけど、これは集合させても拡大させても昆虫にはならない。にもかかわらず、その一本の脚がきわめて精密に具体的に描き込まれていけばいくほど、昆虫の全体像みたいなものを何となく予感させる。同じように、空間の向こう側に広がる世界全体、あるいは宇宙のようなものへのつながりを予感させる空間が「局部空間」で、それが演劇の場所として非常に重要だと思っているんです。ベケットのつくりだした空間もそういうふうにできていたという感じがあります。

──『にしむくさむらい』の電信柱の下で展開された家族のドラマに関して、「小市民のたたずまいを描いた」などと評されました。
当初は、「小市民を揶揄したり否定したりしている」と書かれたものですが、実際には、僕は日本の戦後の高度成長を支えたのは「小市民」だったと思っています。小市民というものが日本の実体だった。健全な精神の小市民をたとえるとすると、非常にきまじめで、愚直で、融通が利かないところもあるが勤勉であるという「下級武士の精神」です。にもかかわらず小市民という言葉が自嘲的に囁かれ始めたのは、小市民であることが崩壊しだしたから。その小市民の崩壊と家族の崩壊はほぼ期を一にしている。だから今、小市民や家族が埋めていた日本の根幹がぽっかり空いて実体がなくなり、日本は空洞だという感じがしていますね。
 
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