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亀井広忠
亀井広忠(Hirotada Kamei)
1974年生まれ。父能楽師葛野流大鼓方亀井忠雄、母歌舞伎長唄囃子方田中佐太郎の長男として生まれる。父ならびに故・観世銕之亟に師事。6歳の時『羽衣』で初舞台。82年『合甫』で初能。以降、囃子だけでなく、子方などでも数々の舞台を勤める。これまでに『石橋』『乱』『翁』『道成寺』『鷺』『卒塔婆小町』『木賊』『檜垣』などを披く。海外公演はこれまで、フランス、ドイツ、アイルランド、ノルウェー、オランダ、ベルギー、インド、アフリカ、中国、香港、韓国などに参加。新作能や復曲能を多数作調。2003年第18回ビクター伝統文化振興財団賞「奨励賞」、2007年第14回に日本伝統文化奨励賞を受賞。「三響會」「佳広会」「広忠の会」主宰。国立能楽堂および国立劇場養成研修所講師。


●三響會/邦楽コンサート
獅子虎傳阿吽堂vol.4 和のリズムを楽しもう!

[日時]3月27日(木) 昼:14時開演/夜:19時開演
[会場]世田谷パブリックシアター
[チケット]全席指定:5,000円
[内容]
◎囃子レクチャー 亀井広忠・田中傳左衛門・田中傳次郎
◎「松の翁」立方:中村梅枝(歌舞伎役者)ほか
◎「三番三」シテ:茂山逸平(狂言方)ほか
◎「天請来雨」太鼓:英哲風雲の会(上田秀一郎・はせみきた・田代誠・谷口卓也)
◎「供奴」立方:尾上青楓 日本舞踊)ほか
◎「獅子〜髪洗い〜」亀井広忠・田中傳左衛門・田中傳次郎・福原寛

公演詳細
http://setagaya-pt.jp/theater_info/
2008/03/vol4.html


三響会ホームページ
http://www.sankyokai.com
亀井広忠
撮影:吉越研
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an overview
Artist Interview
2008.2.29
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Looking to the future of Noh with Hirotada Kamei, an Otsuzumi (Okawa) artist who calls himself a Noh actor  
自らをNoh Actorと称す大鼓方・亀井広忠が見つめる未来の能楽とは?  
能は、シテ方、ワキ方と呼ばれる演者の歌舞と、「謡」「囃子」という音楽によって構成された日本独自の舞台芸術である。「囃子」は、「四拍子」と呼ばれる「鼓」「大鼓」「太鼓」「笛」のみで演奏される究極の器楽アンサンブルで、大鼓による掛け声も劇音楽の重要な要素とされている。その大鼓方として、今、最も注目されているのが、30代半ばにして年間200本を越える公演をこなし、国立能楽堂や国立劇場で後進の指導にあたるなど多忙を極めている亀井広忠だ。父は能楽師葛野流大鼓方(人間国宝)・亀井忠雄、母は歌舞伎長唄囃子方十二世田中流家元・田中佐太郎という囃子方一家の長男として生まれ、3歳から父に師事。現在では、自らの研鑽の場として「広忠の会」を主宰する他、現代の能楽のあり方を追求する狂言師の野村萬斎、囃子方笛方の一噌幸弘とともに「能楽現在形」の公演を行うなど、新たな試みに意欲的に挑戦している。また、歌舞伎囃子方として活躍する次男、三男とともに「三響會」を立ち上げるなど、その活動は留まるところを知らない。亀井広忠が見つめる能楽の彼方とは?大鼓との出会いから現代能楽界の現状まで、多岐にわたって話を聞いた。
(聞き手:奈良部和美)



──大鼓は小鼓を大きくした形で、膝にのせて打ちます。音色は小鼓と全く異なり、「カーン」という金属的な鋭い音がします。小鼓との楽器の違いを教えていただけますか。
 大鼓と小鼓は、タイプは違いますがどちらも非常に繊細な楽器です。(木や皮/革などの自然素材でつくられている)和楽器は湿度などの環境に音が大きく影響されますが、小鼓が演奏しながら唾を付けたり、息を掛けたりして少し潤わせておくことが必要なのに対し、大鼓では逆に乾燥が大事になります。焙じるといいますが、「カーン」という高音を作るために2時間ぐらい皮を炙って締め上げてから引っぱたく。大鼓の皮は馬ですが、火で炙るということは皮の細胞はどんどん壊れていく。しかも締め上げるので、皮が伸びてへたってしまう。4、5回使うと音が下がって使えなくなるので、どんどん買い換えます。その日、その日の湿度も影響しますから、つまり同じ音は二度と出ません。
 大鼓を打つときは、腰、背中、胸という身体の芯を中心にして、指先に力を入れずに振り抜きます。手首の力を利かせる、スナップを利かせる感じです。体の芯がしっかりしていれば、後は振り抜くだけ。大鼓の音は後ろに抜けます。胴という筒の部分を通って裏の皮を抜け、舞台の後ろにある松を描いた鏡板に反射する。観客のみなさまは、この反射した音を聞いているわけです。

──「四拍子」といわれる囃子は大鼓、小鼓、太鼓の3つの打楽器と笛で構成されています。能という音楽劇の中で、「四拍子」はどのような役割を果たしているのでしょうか。
 “役者の声なき声”がオペラのオーケストラ演奏だとすると、能の囃子もそういう役割に近いと思います。単なる伴奏ではなく、劇音楽として、我々の「よー」とか「ほー」といった抽象的な掛け声と、大鼓の「ちょん」、小鼓の「ぽん」、太鼓の「てん」と笛の「ひー」の4つの単純な音の組み合わせによって、役者の声なき声を埋めていく。つまり、登場人物の魂の叫びを奏でるのが、能の四拍子の役割だと考えます。
 我々は演奏することを「囃す」と言いますが、それで言うと、音楽的に囃していくという役割と、主役を務めるシテ、脇役のワキに次ぐ“第三の登場人物”として、言葉の不足部分を掛け声で囃していくという役割のふたつがあるということです。

──大鼓の掛け声は、ある時は劇中の効果音のようにも聞こえ、ある時は非常に抽象的な世界にトリップさせてくれるとても魅力的なものです。
 舞って謡うのがシテの役割ですが、シテが言葉で言い切れない部分を、まずは「地謡」というコーラスパートが語って埋めるわけです。ギリシャ悲劇のコロスみたいなものですね。地謡が十分説明しているから、囃子の楽器チームは同じように言葉を使って演奏する必要はない。ただ、地謡の謡う言葉にも限界があり、シテの謡う言葉にも限界がある。そこで我々が発する抽象的な掛け声が、言葉なり動きなりに現実味を持たせる役割を担うわけです。
 具体的な例では、雨の風景と雪の風景を掛け声の音の使い分けで表すこともあります。高音、中音、低音の声をいかに使い分けて雰囲気を出すかです。あとは、歌舞伎役者の九代目団十郎が言っているような「腹芸」じゃないですが、自分で「雨」と念じながら雨の音を声に出していくという工夫もします。

──オーケストラに例えると、能ではシテが指揮者の役割をしていると言われます。とすると、四拍子はシテの指揮に従って演奏しているということでしょうか。
 シテが主役であることは間違いありませんが、実際はシテに従って演奏するということではなくて、四拍子と地謡が、シテ、ワキ、狂言という立ち方、つまり役者を動かしていくという感じです。四拍子のコンサートマスターが大鼓で、地謡のコンサートマスターが地頭になります。舞台ではこの2人のコンマスが全体を引っ張っていきます。
 シテは演技をしているので、舞台上で囃子方や地謡に言葉で指示することは出来ません。そこで、シテが発した謡の位取りや、所作そのものを見て、我々が声と声で信号を出し合うんです。位取りというのはペース配分ですね。シテの出すその日の位取りは、体調、精神状態、積み重ねてきた稽古による「この曲をこうやってつくっていこう」という思いによって影響をうけますから、同じ曲を25日間連続でやっても、同じ時間で収まることはまずありません。

──能楽師は一度も一緒に稽古をせず、「申し合わせ」といわれるたった1回のリハーサルで本番を勤めるそうですね。わずか1回のリハーサルで完成度の高い舞台を作り上げるというのが、とても不思議です。
 それが出来るのは、六百何十年にわたって受け継がれてきた台本があるからです。能楽は完全分業制で、シテ、ワキ、狂言、囃子の4つの職業に分かれています(囃子は楽器毎に家が分かれている)。それぞれの家に六百何十年の伝承があって、楽譜、演技法などのメソッドが伝わっているわけです。それぞれに伝わってきているものを、それぞれ自分のパートだけ稽古をして、リハーサルで1回合わせる。それだけで十分本番が出来るような修業を幼い頃からしてきているわけです。逆に言えば、こういうぶっつけ本番に近い状態でできるメンバーしか残れないということでもあります。
 ちなみに、私の稽古は、大鼓を叩くのではなく、謡を謡うことです。父から教えられた方法ですね。まず謡を完全に丸暗記します。それから曲の位を掴んでいきます。過去に打った経験の積み重ねから、曲のイメージを確かめていくわけです。この他、人の舞台を見ることも稽古として大事なことだと思います。見ることで自分だったらこうやると考えますから。
 大鼓を打つためには、笛、小鼓、太鼓、謡、欲を言えばシテの動きまで、全体を把握する必要があります。笛の気持ちを知らないと舞は打てない。小鼓の気持ちを知らなければ、どうやって大鼓を受け止めてくれるんだろうと不安になる。大鼓が「旦那」で小鼓が「奥さん」と夫婦にたとえられるぐらいの関係ですから、旦那の気持ちだけの一方通行じゃダメなんですね。女心をわからなければいけない。
 大鼓を1人で打っても大した勉強にはなりませんから、本番まで打ちません。専ら、曲をどう解釈して打つか、掛け声をどう掛けるかを考える。技術的なことは手が覚えているので、手は本番までとっておきます。大鼓という楽器は、打てば打つほど手が消耗します。今の舞台数を考えると、稽古で打って手を消耗させたくない。本番で潰す、という覚悟です。

──いつ頃からそういう意識になったのですか?
 手を大事にしなければと思ったのは7歳の頃です。技術は獲得しなければなりませんから、高校ぐらいまでは猛烈に稽古しましたし、今は「指皮」というプロテクターをはめて打っていますが、10代の頃は指を鍛える意味もあって素手で打ったりしました。稽古でこんなに打っていたら手が壊れちゃう、と思ったのは16歳ですね。
 
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