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Performing Arts Network Japan
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Artist Interview
The world of director, Osamu Matsumoto − Staging Kafka with his unique style with workshops and composition cards
ワークショップとカード式演出術でカフカ劇に挑む、松本修の世界
城
『城』演出カード(構成表)の一部
審判
『審判』演出カード(構成表)の一部
──たしかにカフカは謎めいていて、首尾一貫しない会話もある。
 カフカの文章は「あたかも○○のように彼は」という表現をとらない。例えば、ある人物が驚いて一歩後ろに“飛んだ”と書く。“飛んだように”驚くんじゃなくて、実際に飛ぶんです。カリカチュアされているというか、ドタバタ劇のような突拍子のなさがあって、それが面白い。飛ばずに自然に演ずる俳優ではなく、とりあえず飛んでみる俳優が必要です。カフカに限らず、「彼はそこに置いてある椅子のように固まっていた」とあれば、本当に椅子になってみようとする俳優は面白い。

──カフカのテキストをとりあえずやってみて、何かを発見しようということですね。
 はい。そういうことをしながら、僕の頭の中で配役は大まかに決まり、ぼんやりとした構成表ができてきます。これは舞台でやれそうだなと感じたシーンをピックアップして手書きの表をつくっていく。
 それをどう組み合わせるか考えながら、3回目のワークショップあたりからは、いくつかの配役グループに分けて実際にやらせてみて、お互いに見せ合う。同じテキストなのに動かないで台詞だけを言うグループもあるし、その逆のグループもある。お互いに影響を受けながら、色々なやり方を探っていく。それを見ながら僕も場面として成立するかどうか吟味していく。
 さらに狭い空間がいいのか、あるいは広い空間がいいのかといった僕の中にあるぼんやりとした美術のイメージを試してみる。俳優にやってもらいながら、四畳半ぐらいの狭い空間に10人が集まるとどうなるか、広い空間ではどうなのかなどと探ってみる。4回の事前ワークショップは、そういう演出についてのさまざまなデッサンをする場でもあるわけです。

──カフカは戯曲ではないわけで、そのままだと芝居にするのは難しい。どうつくっていくのでしょうか。
 まず長い小説の文章をブロック分けします。それは必ずしも小説の章立てと同じではありません。1章の残り3分の1と2章をくっつけて1つのシーンにしてみるとか。また、家の中のシーンが4つ5つに分かれて描かれているところを1つにして、例えば居酒屋のシーンにまとめたりする。それを俳優たちに構成表で見せる。そうすると俳優はそのシーンの中から面白いところやできそうな場面を選んでやってみるわけです。
 小説では全くセリフがないシーンでも、会話を創作してしまう場合もあります。中年の男たちが飲み屋でする会話はこうだろう、というようなことを人生経験がある俳優は即興でつくりますが、若いとうまくいかない。そういう場合は「上司の悪口でも言ったら?」などとメモを渡してつくってもらうこともあります。

──最終的にそれらの断片が上演台本という形になるのですか?
 上演台本といっても、ブロックごとの登場人物やセットやできごと等をハガキ大のカードに書いているだけです。例えば『城』の場合は、当初50ブロックほどありました。ここは芝居になりそうもないと思ったらボツにし、ところどころ1つにして、最終的にカードを30枚ぐらいにした。『審判』では「ヨーゼフ 銀行でぐったりする」などとタイトルをつけ、原作では上司と副頭取代理だけの場面だが芝居ではそこは銀行員を交えて7人でやりたいとか、原作では室内だが群集を背景にして街の広場の設定でやってみようとかいうメモを、ワークショップをやりながら少しずつ書き留めていきます。
あと道具のことを書きます。椅子と机が何個あるかとか。それと下手な絵ですが、こういう形の家具がほしいと図示したり。そうしたカードを大きい机に順番に並べて、色々シミュレーションしていくんです。「ここでまた銀行のシーンがでてくるとクドイからこれは抜いて」といった感じで、何度もシミュレートしてみます。『アメリカ』の時はまさにそうやって構成していたんですが、『城』と『審判』のときは結局原作どおりの話の順番が一番面白いことに気づいて、あまり順番は変えませんでした。

──Aは上手からでてきて何かをするとか、動きまで書いていくのですか?
 それはあまり書き込まない。現場で僕が指示します。本稽古の時にセットプランが上がってきてから考えます。後ろからでてくるとか、両袖からでてくるとか、なんとなくイメージはしていますが。
 
──MODE時代もカード方式でしたか?
 そうです。評論家の吉本隆明が書いた『マス・イメージ論』が参考になりました。イメージを通じて社会現象を分析していた本です。演出助手などスタッフは台本の形にしたほうが良いと言いますが、僕は表や図のほうが考えやすい。カードは大きさを変えていて、たとえば、10分のシーンの大きさは小のカード、20分のシーンのカードは大のカードというふうにする。それを並べていくと、大きいカードが続くとここは重くなりすぎるから、入れ替えようとか。そうやってバランス、リズムをつくっていく。これは音楽の構成のやりかたとちょっと似ているそうです。

──確かに松本さんの舞台は音楽的に構成されていますよね。
 このあたりに動きやイメージのシーンが欲しいなと思ったら、リアルなシーンではなく井手茂太さんに振り付けてもらったダンスで表現しようとか。実際に振り付けてもらっても最終的に重すぎると思ったら「やっぱりナシにして」(笑)ということもあります。最初に読んだ時に面白いと思っていたシーンを入れるのを忘れていたなんてこともあります。俳優から、ワークショップの最初でやっていたあの面白いシーンを何でやらないのかと聞かれてはじめて思いだしたり(笑)。

──松本修のカード式演出術ですね(笑)。
 僕は構成表と呼んでいるのですが。とにかくスタッフ泣かせです。台本がなくて、きっかけのセリフだけスタッフにノートに書き込んでおいてもらって、音響や照明のキューを入れるんですから。『城』と『審判』では、演出助手が必死になってワープロで打ち込んで、上演台本らしいものは作りましたが、それが毎日変わるんです。ごめんなさい、ここはなくなりました、破いてください、とか。「この構成でいけますよね?」と聞かれ、いったんOKをだしても一晩考えてまたシーンを差し替えたりすることもある。一番スタッフを困らせたのは『審判』でした。上演時間が長すぎることに最後のゲネプロで気づいたのですが、間に合わなくて。本番に入ってからも手を加えて、交互上演していた「失踪者」を上演している間に構成を再度練って、3シーン抜いて20分短くしました。

──そうだったんですね。ある雑誌の年末回顧の座談会で「もう少し短くできますよね」と言ったのですが、見た日が悪かった(笑)。
 例えば、ヨーゼフ・Kが踊り子の恋人と酒場にいて知り合いの検事に会うシーンでは、ダンスが入っていたのですが、そこははずしました。ところが、1つ削ると場面転換や衣裳の早替えなど全部変えなくてはいけない。構成を変更し、演出助手と舞台監督と衣裳のスタッフとどこまでできるか相談したら、役者が転換もやっているので着替えられないという問題がでたりする。そうするとまた構成をつくり直さなければいけない。役者は当然5ステージ目から変わるなんて思っていないから、変更した構成表を見せたらビックリしてしまった。本当に役者とスタッフは本当に困ったと思います。僕はひとつの芝居で実際に上演するだいたい倍のシーンはつくりますからね。『審判』は最初の通し稽古の時は5時間ありましたが、最終的に2時間55分になりました。

──いらないものをどんどん捨てていくということですか?
 俳優は「どうせなくなるかもしれない」と思っていて、どのシーンが残るのか予想をしていたりする。だいたい初日の2週間前から削り始めます。『審判』が5時間あったのは1ヶ月前で、早めに手を打って削り始めたんですが、やっぱり上手く絞りきれてないのがゲネプロの段階でわかった。いらないシーンを削るだけではなく、例えば15分あるシーンを10分にするなど、凝縮して、シンプルにしていく。そのほうがよく伝わる気がするんですね。
 それなら、最初からそういう本を書いてくれと言われるのですが、これはまさに僕のワークショップ、つくり方の根幹に関わってくることで、それではダメなんですよ。

 ──普通はたとえばチェーホフの台本があって、それに基づいて演劇をつくっていきますが、松本さんの場合はまず演技をだせるだけださせておいて、削りに削って記録していけば、それが台本になるということですね。俳優が怒るわけだ(笑)。
 そうですよねえ(笑)。カフカの面白さは、余計なことやくだらないことを人が延々としゃべることにもあるから、そういうセリフは残そうとか。だけど二度言わなくてもいいセリフは削ろうとか、そういう作業を俳優と一緒にやっていく。そういう作業の中からでてきたもののほうが面白くなるんです。現代舞踊のピナ・バウシュのつくり方をワークショップに参加した人から聞くと、膨大なエチュードを踊りにしながら、結局なくしていくらしい。場面がなくなっても、それまでに身体で体験したこと、考えたことは絶対に残るという発想のようで、僕と似ていると思います。
 そういう作業に時間をかけたいのですが、日本の場合は、劇場を使ってゲネプロをやれるのはせいぜい本番の2日前からなので、見切り発車をしてしまう。僕はそこからダメだしをしたり、新しいシーンをつくりたいのに。それができるのが公共劇場なのではないかと思うのですが……。
 
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