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Artist Interview
Kanjuro Kiritake III, a leader of the rising generation of puppeteers in Japan's world renowned puppet theater, Bunraku
世界に誇る日本の人形劇「文楽」 人形遣いのホープ三世桐竹勘十郎に聞く



幼稚園での文楽教室
写真提供:NPO法人人形浄瑠璃文楽座
──人形遣いの大きな柱だった人間国宝の吉田玉男さんが亡くなって1年、その下の世代の吉田文吾さんも1月に亡くなりました。今、勘十郎さんは重要な役を次々に遣われ、人形遣いとしてばかりでなく、若手を育て、文楽全体を引っ張っていくお立場になっています。
 一気に来たんですよ、先輩がバタバタと逝かれて。予想もしてなかった。吉田和生さんと吉田玉女君と私は、世代で言えば、玉男師匠の次の次の世代になります。うちの簑助師匠、文雀師匠、玉男師匠の次の世代に、文吾さんとか吉田玉幸さん、桐竹一暢さん、桐竹紋寿さんがいらして、その次の世代が私らだったのに……。これ、どないすんの、という状態。立ち役がすごく不足してしまい、私が一気に大きな役をいただくことになったんです。何とかここを私らの世代で踏み堪えないとなりません。9月には私らの次の世代の吉田清之助が師匠の名を襲名させていただき、豊松清十郎の名前が復活します。清之助君は女方も立ち役も両方いけます。彼らの世代と一緒に頑張っていきたいなと思いますが、太夫も師匠が高齢になられているので心配ですね。

──老若男女を語り分ける太夫は60代でも「はな垂れ小僧」といわれるほど一人前になるには時間のかかる芸といわれています。芸の継承には時間がかかりますから。
 竹本住大夫師匠も心配してらっしゃいますが、一番お元気なのが84歳の住大夫師匠なんです。人形遣いでは75歳のうちの簑助師匠が一番元気。ですから、師匠方がお元気なうちにいろいろ教えていただいて、吸収できるところは全部吸収しないと。必死になって、もう吸収するところはないと思うぐらいにならないけない。でも、まだまだあるんですよ。もう40年やっていて、これで全部師匠の技は盗ったぞと思っていても、「あっ、あんなもんあったの」というものがでてくる。師匠も自分の芸に満足して止まっているわけではないので、師匠には絶対追いつけません。一生追いつかない。それはすごいですよ、師匠の芸というものは。

──ご自分の芸を磨くと同時に、学校に教えに行ったり、ワークショップや東京メトロの駅で公演のPRのために実演と解説の会を開いたり、観客の開拓も積極的になさっていますね。
 外国はもちろんですが、日本でもまだまだ文楽を見たことのない方はたくさんいますので、もうちょっときめ細かにPRをしていこうと考えています。地方公演も主要都市だけですが、昔は本当に奥の奥まで巡業して回ったもので、そうしたこともやっていきたいですね。今は小学校1校ですが、大阪市立高津小学校の6年生にも教えに行っています。太夫、三味線、人形の授業が7年続いています。後継者を発掘しようというつもりで始めたわけではなかったのですが、最初に教えた6年生の中から、太夫になりたいと豊竹咲大夫さんに入門した子がいます。人形遣いの弟子にしてくれという子もいたんです。「先生、弟子にしてください!」と言ってね。体鍛えろと言ったら、一生懸命腕立て伏せを毎日やって、中学生になって非常に精悍な顔つきになって、楽しみだったんですけど、病気で亡くなってしまいました。

──NPO法人人形浄瑠璃文楽座という組織もつくられましたね。
 5年になります。大阪府の認可法人で、太夫、三味線、人形遣い、文楽を演じる私たち全員が正会員になってつくったものです。それまで互助会はありましたが、みんなでひとつになる団体はありませんでした。幼稚園や老人ホームからの依頼公演や、先ほどお話しした高津小学校の授業などをNPO法人の事業としてやっています。NPOで私は著作権担当理事もやっています。文楽の舞台写真などの著作権を管理するところがなかったので、私が仰せつかりました。文楽の舞台写真があるでしょう。写っているのは主遣いと人形だけですが、人形が写るということは、足遣いがいて、左遣いもいる。映像だったら、鳴り物さんもいる。休憩の間にデータを点検したり、写っている人のところに行って確認をとったり、それを私がやっています。やっと慣れましたが、この点検がなかなか大変です。

──文楽の将来に向けての組織固めですね。これからの文楽にどのようなビジョンをお持ちですか。
 大それたことは言えませんが、やっぱり形を崩さずに次の世代に渡していきたいですね。お能は500年も600年も、形を崩さず続いている。なぜかと言えば、きちっと前の人の通りにやれという教えを守っているからなんだそうです。文楽も同じです。普通にやっていても、ちょっとずつどこか崩れていく。崩そうと思ったら、ものの1年、半年で崩れます。ですから、昔からあるものを、これ以上崩さないように次の世代に渡していきたい。お客さんを呼び込むためにも、これは大事なことです。東京公演は大変お客さんが多くて安心していますが、いつパタッと入らなくなるか分かりませんので、芸の質、レベルを保っておかないといけません。「誘われて行ったけれども、たいしたことなかったで」と言われるようになったらいけません。

──形を崩さずに伝えるということですが、みなさん、新作に挑戦したり、浄瑠璃以外の音楽、ゴスペルやクラシック音楽と共演したり、いろいろな試みをしています。形を崩すことと紙一重のように思いますが。
 紙一重ですけれども、古典をちゃんと守って、古典をいつでも見せられる状態であれば、他のことをやってもいいと思います。古典を守れと言っている私が一番やっています。古典に勝るものはないんです。何百年練りに練った浄瑠璃、演出、これにはもう新作は勝てません。ただ、新作を作る面白さというのはあります。有名な喜劇作家の方が文楽を書いてみたいとおっしゃっているそうです。文楽は喜劇がありませんから、面白く見られるものがあると、若い方に注目していただけるかもしれません。新作を見て、次は古典へ、という流れをつくりたい。そういう意味での新作は大いにやるべきだと思っています。
 これからの時代、いろんなことがあると思います。よく、なぜ女性は入れないのかと質問されますが、ひょっとしたら女性や外国人が人形を遣う時代が来るかもしれない。日本の国技といわれる相撲にはどんどん外国人が入ってきていますしね。文楽の場合は、何百年と人形に託して演じられてきた日本人の気持ち、情が外国人の方に表現できるかどうかでしょうが……。しかし、今の若い日本人より日本人らしい外国の方っていっぱいいらっしゃるから、どうなりますか。まあ、その前に、まずは、文楽が生まれ育った大阪で文楽を見たことのない人が大勢いる状況を何とかしたい。肝心の大阪で何とか盛り上がってほしいと思っています。
 
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