The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Contents
Artist Interview
A look into the world of performer Noriyuki Sawa With the new form of puppetry known as figure theatre
人形劇の新しいムーブメント「フィギュア・シアター」で独自の世界を切り開くパフォーマー沢則行の感性とは?
『マクベス』
Photo: Masaru Iwasaki
マクベス
マクベス
日本・チェコ 現代人形劇共同制作プロジェクト/国際交流基金+チェコ共和国劇団ドラック公演
『モル・ナ・ティ・ヴァシェ・ロディ! 災いあれ! 相争う者どもよ』〜シェイクスピア原作『ロミオとジュリエット』より

(2001年6月〜8月/フラデツ、プラハ、ワルシャワ、ペーチ、東京、飯田、札幌ほかで上演)
撮影:原田直樹
モル・ナ・ヴァシェ・ロディ
http://www.jpf.go.jp/j/culture/new/old/0107/07-02.html


直筆の人形・舞台スケッチ
スケッチ
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──沢さんの代表作のひとつである『マクベス』は、確か92年の初演だったと思いますが。沢さんが仮面をかぶってマクベスを演じる一人芝居で、人形のマクベス夫人を遣うという作品でした。
 『マクベス』はマターセクとアカデミーでの研修期間につくった作品です。お互いに知っている話にしようとマクベスを題材にしました。自分に役者の才能はないと思っていたし、一人芝居をやるのは嫌だったのですが、「売れるよ」(笑)とか言われて。無言劇で、しかもセットと人形と衣装は白、黒、銀という無彩色の作品です。

──人形も美術も沢さんがつくったのですか。
 そうです。ビショフリードが鉄屑で音のでる装置をつくろうと言ったので、真ん中に梯子を立てて、枝を出して、そこから鉄板や鉄屑でできた王冠や仮面や人形をぶら下げて、これに体当たりして音を出すような芝居にしました。日本では無彩色ではなくて、カラフルな美術に変えて上演しました。
 『マクベス』は1回やると体重が1キロぐらい落ちます。最初は呼吸法がわからなくて、舞台で「もう死ぬ、うう」と思ったら息をしてなかった(笑)。途中で止めようと思ったことが何度もあります。

──無言劇にしたのはどうしてですか。
 私は『マクベス』だけでなく、芝居の中に意味のある言葉は入れないようにしているのですが、それはどこでも上演できるように、というのが一番大きいです。『ロミオとジュリエット』のような例外はありますが、クライアントがいろいろな国にまたがっているので、どこでも上演できないと困りますから。
 でも今、言葉を使った芝居もつくりたいなと思っていて。意味のある言葉というのではなくて、「HEROES」の「ヤッター」みたいに、ヤッターの意味は知らなくても気持ちが伝わるような、そういう言葉の使い方ができないか考えているところです。難しいですが……。

──マクベス夫人を人形にしようと思ったのはなぜですか。
 「舞台に登場するものにはすべて存在理由がなければならない」というのがチェコのつくり方なので、人形遣いが舞台にいながら「俺は見えないことになっている」という黒衣の設定はありえないわけです。自分が出る以上、客のためのインフォメーションの要素になっていなければいけない。それでいろいろ試してみたのですが、この身体でマクベス夫人をやっても男にしかみえなくて(笑)、夫人を人形にしました。
 私は、旅回りの乞食芸人みたいな、黒い変な人という感じで舞台に登場し、道端に落ちている骨のような部品を拾って仮面を組み立てます。それをかぶってマクベスになり、最後には仮面をとって去って行きます。マターセクに「自分が支配しているつもりの女房に操られている男っていないか?」と言われて、なるほどと思い、操作者が逆に支配されているというのを表現しました。

──文楽で言う「出遣い」という考え方はないのですね。
 はい。でも、彼らは「出遣い」のことを知らないわけではありません。国の丸抱えで公務員として人形劇をつくっていた社会主義時代に、ありとあらゆる手法を試しています。そうして、まず隠れて見えないということになっている人形遣いの壁を壊し、人形遣いも演技ができなければならないという、今の方向に進化させていった経緯があります。

──沢さんは無言劇でもテキストのようなものはつくられるのですか。
 文章も書きますし、絵も描きます。ト書きのようなものをたくさん書いて、全部ボツにされてまた書くということをマターセクに山ほどやらされました。稽古をすると変わるので、シナリオを書いているというよりは、舞台にあるものが記号──マクベス夫人だと女性、小さい、操られるもの、実は男性を支配している──を出せているかどうか、絵コンテに描いて、バランスを見ます。
 絵コンテとは別に、実物大の人形の設計図も書きます。自分でつくる場合は判っているからいいのですが、劇場の工房に発注する場合は間違いのないように、1:1の図面を書いて出すようにしています。その場合も、仕上げは基本的に自分でやりますが……。

──工房に発注する?
 先ほども話したように、チェコには公立の人形劇場があって、例えば、オストラヴァの人形劇場「ディヴァドロ・ロウテック・オストラヴァ Divadlo Loutek Ostrava」では、役者が20人いて、人形工房のスタッフが3人、大道具工房が2〜3人、衣装部が2人〜3人いて、そこに図面を出します。劇場では毎日午前中8時半と10時半に公演があるので、工房の仕事は公演前の朝6時ぐらいからはじまります。公演が終ると、午後から夕方まで役者は稽古をして、夜はデザインや脚本の直しをするというのが日課です。
 日によっては午後にもう2ステージやることがあるので、稼働率は100パーセントというか、オストラヴァだと年間470ステージぐらい公演をしています。キャパは250人ですが、子どもたちが毎学期新しい人形劇をみるために学校からバスでやってくるので常に満席です。人形劇には、幼稚園から小学校中学年、小学校中学年〜高学年、中学・高校、大人向けとあり、毎シーズン新作をつくっていて、常に10本ぐらいの芝居を日替わりで上演しています。
 劇場にはプロデューサーとアーティスティックディレクターがいて、その他に、今なぜこの作品をやるのか、どういったテイストに持ってゆくか、マーケティング戦略は、などを考えるドラマトゥルグという人がいます。スタッフは分業化されていて、公演後に人形を整理する人、衣裳を吊るす人も担当がいます。

──それだけの体制があるのは、チェコにおける人形劇の位置付けがいまだに大きいということですよね。
 ガイドブックにも書いてありますが、ハプスブルク家に支配されていた18〜19世紀には人形劇場とドサ回りの芸人だけがチェコ語の使用を許されていて、人形劇でアイデンティティを守ってきた歴史があります。だから国立芸術大学に人形劇学部があるんです。それと、とにかく芝居好きの国民で、ヴァーツラフ・ハヴェル前大統領も喜劇作家ですし。日本で言うと、三谷幸喜が総理大臣をやっていたようなものですから(笑)。

──面白い国ですよね(笑)。
 ハヴェルは文化人や演劇人らに担ぎ上げられて大統領になりましたが、こんな胃の痛くなる仕事はもう絶対に嫌だ、「大統領をやるくらいなら女と寝ているほうがいい」って国営放送で言っちゃった(笑)。そういうお国柄なんです。

──人形劇とそれ以外の演劇との関係はどういうものですか?
 境界線があるような、ないような関係ですね。今マターセクは人形劇はやらずに、国立劇場で芝居をつくっています。オストラヴァ人形劇場でも結果として人形がでてこなかったという感じで、人形が出てこない芝居もつくっていますし、人形遣いは一人残らず演技ができますので、ボーダレスです。
 
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