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Artist Interview
Meet set creator Yuichiro Kanai, 4th-generation president of a Kabuki set production company and set designer for contemporary theater and new Kabuki
歌舞伎大道具会社四代目社長に就任 現代劇と新作歌舞伎を股にかける舞台美術家金井勇一郎
平成中村座(2002年大阪公演)
撮影:金井勇一郎 / © Shochiku
平成中村座
平成中村座
平成中村座
平成中村座(2004年ニューヨーク公演)
撮影:金井勇一郎 / © Shochiku
平成中村座
──今年もこの10月、11月の2カ月、浅草の浅草寺本堂裏広場に平成中村座を建てて公演が行われます。今回はまったく新しく建て直したと聞いていますが、以前とはどこが違いますか。
 仮設小屋を建てるのは、ニューヨーク公演を入れて今回で6回目ですが、外観的にはあまり違いはありません。ただ、今まで工期が1カ月だったのを、3週間ぐらいに縮めるために、段取りを変えたり、施工方法を工夫するなど、主に私たちの施工の効率が上がるような変更をしました。例えば、以前はボルト10本使って留めていたのを5本で強度が出るよう設計変更するといったことです。

──こういう仮設小屋だからこそ実現した美術プランなどはありますか。
 舞台美術のプランは串田和美さんが手がけていますが、『加賀見山』などでは、下が土だからじゃぶじゃぶ漏れても大丈夫だということで大きな水槽をつくったりしました。勘三郎さんは、どんな美術でも串田さんのアイデアが実現できていれば役者としては問題ないとおっしゃいます。もちろん『NINAGAWA 十二夜』の菊五郎・菊之助さんもそうでしたが、演出家がいるからにはとにかく全部演出家にお任せしますというスタンスです。

──普通、歌舞伎には演出家はいませんから、デザイナーは役者との仕事になり、役者の癖などを熟知していなければいけないなどと言われます。平成中村座や『NINAGAWA 十二夜』のような作品では、完全に演出家との仕事になるとすると、そういう意味では現代演劇とあまり変わらないですね。
 その通りです。役者さんからデザーナーに直接何か言われることはなくて、何かあれば、演出家に相談します。それもデザインで言われることはなくて、専ら演技やきっかけのことですが。こういう舞台のつくり方は歌舞伎とは違うということを、役者もスタッフもよく理解しています。私自身は役者さんと一緒にやるという意味での歌舞伎の美術はいままで一度もやったことはありません。猿之助さんや幸四郎さんとの仕事はありますが、お二人とも演出家の立場で関わっていらっしゃいますので。

──お話をうかがいながら、歌舞伎の役者さんたちは様式を重んじるというイメージがあったので、こんなに柔軟性があるのは意外でした。全体的にそういう傾向になってきているのでしょうか。
 たとえば、昔だったら花道がないんなら歌舞伎はできないといわれていたでしょうね。でも、海外公演などで劇場によってはどうしても花道をつくれない場合もあります。パリのオペラ座で団十郎さんがやった『勧進帳』も花道はありませんでした。やっているほうは違和感だらけだと思いますが、でも役者さんはまあしょうがないねと言ってくれます。

──『勧進帳』のクライマックスで重要な役割を果たす花道がないのでは「冗談じゃない」と言われそうですが。「しょうがないね」というのは、やはり役者さんの考え方が大きく変化してきたということでしょうね。歌舞伎一筋だった俊一郎さんが亡くなられたこともありますし、そろそろ古典をやらなければいけないのではないですか。そういう気持ちはありますか。
 劇場部門は父と一緒にやってきた人が後継者になっているので心配はないのですが、新作はやってみたい気持ちがあります。でも金井勇一郎に頼むと劇場をメチャクチャにされるとかいって、嫌がられそうですが(笑)。

──そもそも劇場というは「こういうふうに使わないといけない」というルールはないんだ、と僕などは教わってきました。
 私も同感です。劇場は、ある意味、消耗品だというのが私の考え方です。「スーパー歌舞伎」の時も、新橋演舞場に固定されていた大臣囲いを、照明を仕込むのに邪魔だったのでノコギリで切り取った。今は取り外しができるものに変わっていますが、あれを取るなんて発想はまず誰にもなかった。そういう劇場の使い方をすることをよく思っていない人もたくさんいますが。

──歌舞伎をずっと見ていたわけではないとは言うものの、歌舞伎が積み上げてきたものをいろいろと目の当たりにされていると思います。現代演劇の舞台美術が伝統的な歌舞伎の表現手法から学べる点があるとすると、どのようなところだとお考えですか。
 私は、現代的な演劇が、歌舞伎から特に学ぶ必要はないと思っています。デザインも独創的なものがあるから、それは真似して取り入れてもいいかもしれませんが、結局、それぞれのステージの中で必要とされるデザインが行われ、必要とされる仕掛けがつくられ、必要とされる空間がつくられればそれでいいと思います。
 もちろん、歌舞伎が良くないと言っているわけではなくて、独自の様式や素晴らしいノウハウが伝わっています。金井大道具にある道具帳に書かれているデザインなどを現代劇の中で使いたいと言われれば、私は情報として喜んで公開します。これも人によっていろいろな意見があると思いますが、こうした伝えられているデザインは私には誰のものでもないという認識があります。ディテールを1カ所真似したからといって著作権違反ではないでしょうし、拒否する意味がわからない。源泉として使ってもらって、ただし版権は会社にありますからクレジットは載せてくださいね、というぐらいのことです。

──先ほどおっしゃった、新作ならどんどんやっていきたいというのは、歌舞伎でも昔の道具帳を使うのではなく、まったく一新された美術でやれるのでは、そういうことをやりたいということですね。それは実現の可能性はあるのでしょうか。
 それをすでにやっておられるのが串田さんです。コクーン歌舞伎の『夏祭浪花鑑』や『三人吉三』は全く新しい美術で上演されました。歌舞伎も、オペラや他の戯曲と同じように、演出プランによって全く違った照明・舞台装置・衣裳でやってもいいと思います。古典歌舞伎にも良い戯曲はたくさんありますから、そういう形でもっと新作をつくれるといいなと思いますね。

──舞台美術の力によって蘇る戯曲もきっとたくさんあると……。
 歌舞伎だけでなく、新派や新国劇にも良い台本はたくさんありますので、昔のものだからといって昔の大道具だけでやる必要はないはずです。
 勘違いしている人もたくさんおられますが、伝統を守るというのは、お客さんがいなければ何の意味もない。舞台は工芸品でも文化財でもないから、いくら伝統を守るといったって、自分たちのために守っているのでは意味がないんです。
 これは会社でもよく言っていることですが、お客さんが払っているお金が大道具代になり、我々はそれで給料をもらって仕事ができる。誰のための伝統か、何のために伝統を守るのかをきちんと考えていかないと、ただただ保守化してしまうだけです。そこを誤解されると、変な伝統の守り方になる。伝統を「守ること」と「保守化すること」とは、きっと全然違うベクトルなんです。

──懐かしがられてもしょうがない。「平成中村屋」のように、新しがられてなんぼのものだと。ライブパフォーマンスなんですから、少なくとも歌舞伎も進化していることを見せるべきだということでしょう。
 役者も変わってきているし演出家も変わっていますから、劇場も大道具方も変わっていかなければならないということだと思います。
 
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