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Artist Interview
The new realm of contemporary dance pioneered by Yukio Suzuki, an inheritor of the compelling body movement of butoh
舞踏の切実な身体の継承者 鈴木ユキオが切り開く新たなコンテンポラリーダンス
『Love vibration』(2007年)
振付・出演:鈴木ユキオ
作曲・演奏:辺見康孝
©Japan Contemporary Dance Network (JCDN)
Love vibration
Love vibration
Love vibration
©Ryuichi Maruo
──『沈黙とはかりあえるほどに』は作曲家の武満徹の本(『音、沈黙と測りあえるほどに』)からタイトルを取っていますが、彼に影響されているのですか。
 武満さんの音楽自体は全く聞いてないのですが、文章にはアーティストとして必要なことがすべて書いてある。僕らが読んでもすごく共感できるようなことが書いてあるので、影響を受けていました。

──武満徹の文章は、音楽が流れるような素晴らしい文章ですよね。「沈黙と測りあえるほどに」というタイトル自体、普通の人が思い浮かばない言葉です。土方は三島由紀夫の小説『禁色』のタイトルをそのまま付けた画期的な作品をつくり、それが舞踏の嚆矢になっていますが、鈴木さんにとってこのタイトルと作品の内容はどのようにリンクしているのですか。
 作品をつくるとき、タイトルはすごく重要で、それがカツンと決まると作品がブレなくて済むんです。自分にとって、「これはイケる」というタイトルが閃くかどうかはとても大きな問題です。
 「沈黙と測りあえるほどに」という武満さんのタイトルは、一音を出すことに対してのすごい畏れというか、重さのようなことを表していますが、ダンスも同じなんじゃないかと。武満さんがピアノをポンと叩くまでの感覚、それと同じじゃないかと。単純にフワ〜と動くのではなくて、動き出すまでの感覚、そこをちょっと考えてみたかった。その結果だと思いますが、あの作品はインターバル(間)が結構多いものになっていきました。

──武満の音楽は、音が出る時と同じくらいに、音が何もない時の静寂のテンションがある。音が全くない時も、音の響きと同様に何かを語っているということです。そういう意味で、鈴木さんの作品は、武満から良い啓示を与えられたかもしれないですね。
 ちょうど室伏さんと付き合い出して、もう一度、身体って何だろうということを突き付けられた時期でした。少ない人数で、今自分のやりたいことを、まず自分が関われる範囲の人数で始めようと。強い身体で何か見せられる方法を探りたい、自分のことも探求したい、という方向に向かっていき、今のような作風になったという感じです。

──室伏さんから色々影響を受けている一方で、室伏さんとは異なる方向も探っていったということですか。
 室伏さんの世代は何かに対してのアンチという精神が非常に強い。舞踏は絶対にダンスなんかじゃないというところを、心への問い掛けにして続けていると思いますが、僕の世代になると、ダンスであってもいいのではないか? ということに取り組まないと、リアリティがない。でも逆に言えば、何をやってもよくなっちゃうというか、何をやっても「それもアリだよね?」と言われてしまう危険性もある。

──舞踏への身体的なこだわりをもちつつ、その中だけで収まっていたくない、もっと広い海原でダンスというものをとらえていきたいということですよね。『沈黙〜』は、そのひとつの表れでしょうか。
 そうですね。今後、こういう形をとっていくかはわからないけれども、ひとつの試みではありました。ただ、違う展開もしてみたいなとも思うし、スタイル自体もそんなに決めつける必要もないと思っています。

──稽古場でのお話をうかがいます。鈴木さんの作品から想像すると、他の振付家が作品を稽古してつくっていくのとはかなり違うプロセスを経ているのではないかと思えます。作品づくりのプロセスはどんなものなんですか。
 自分の頭の中で動きが繋がるまで考えて、割と全体を組み立ててから、稽古場に行って試す方法を取っています。以前は一人で山の中に散歩にでかけて動いたりもしていました。人に見られるとヤバイんですが(笑)。時間をできるだけ短縮したいというのと人数が少ないのもあって、稽古場には絵コンテのようなものをつくって持っていきます。すごく簡単なメモというか、進行表的な感じのもので、人の配置や、そのシーンでやりたいイメージを書いています。だいたいこんな感じの作品にしたいというのをみんなに伝えますが、最初の段階では、理解はされていないと思います。僕自身もまだ紙の段階でしかないし、完全に整理できているわけではないので、実際に動きながら理解していくという感じです。

──最近は頼まれて、鈴木さんが講師としてワークショップをすることも多くなりましたよね。どんなワークショップをやっていますか。
 普通の人を対象にしたワークショップでは、最初はだいたい手繋ぎ鬼ごっこから始めます。手を繋ぐと、自己紹介をするよりも一発で親近感が沸くので。そこから始まって、そのペアで、引っ張り合いのようなゲームをするのですが、ただ引っ張り合うのではなく、たとえば崖っぷちに立っているという設定にする。そうすると倒れたくないという逆の気持ちが浮かぶ。それでも引っ張られるから倒れるのですが、そういう倒れたくないという抵抗によって一瞬時間がズレるわけです。この時間をズラすことが僕のワークショップでは重要で、時間がズレると、空間もズレる。そして実際に倒れるところまでやってみる。
 生活の中では“倒れる”というのはあまりやらないことだから、倒れてみると、それまで知らなかった自分の身体がわかってくる。次に、例えば胃を引っ張られるとか、耳の奥を引っ張られるとか、そういう身体の「内」を意識する指令を出す。「肩」が引っ張られるのと、「肩の中の骨」が引っ張られるのとでは見え方は同じかもしれないけど、身体はちょっと違う感覚になる。そうやって少しずつ身体の外と内や呼吸を意識するように仕向けていく。そのように外と内という、常に逆のことを考えていると、次第に身体全体が意識されていくようになる──ということを、時間を掛けてやっています。
 後、ワークショップでは、誰を対象にしているものでもできるだけ言葉にして伝えるということに気をつけています。僕などは、見て覚え、盗んで覚えてきましたが、ワークショップは長くても1週間、という場合がほとんど。その中で、単純に僕が踊って「こんな感じ」という昔ながらのやり方だと、みんなも、そして僕も迷い続けてしまうことになる。でも、できるだけ言葉で自分がやっていることを伝えるよう意識すると、参加者はみんな、悩みが解決されて帰っていく。
 例えば、踊れる人はどんどん踊りたくなって、止まれなくなることが結構ありますが、そういう時に、もっと間をもったらいいよ、というアドバイスするダンサーは多いけど、じゃあ私はどうやって間をもっているのか? というのはあまり教えてくれない。試行錯誤するのは良いことだとは思いますが、答えが見つからない人も結構いる。そういう時には、まずはこれを試してみたら? というように、できるだけ、具体的に伝えています。
 
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