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Artist Interview
The new realm of contemporary dance pioneered by Yukio Suzuki, an inheritor of the compelling body movement of butoh
舞踏の切実な身体の継承者 鈴木ユキオが切り開く新たなコンテンポラリーダンス
『犬の静脈に嫉妬せず』(2006年)
振付・出演:鈴木ユキオ
出演:横山良平、安次嶺菜緒、虚無、寺田未来、鈴木ユキオ
──ワークショップの方法を聞いていると、鈴木ユキオの“身体と踊りの間”の状態が見えてきて興味深いですね。ところで、金魚のホームページには「ドキュメンタリー的演出・振付」と書いてありますが、これはどういう意味ですか?
 一時期、ダンスしてしまっていいのか、その手前がいいのかという“リアリティ”について考えていたことがあって。それと、グループ作品の時に人間の関係性ということについても考えることがあり、ある種のリアリティ、ドキュメンタリー性を求めたいなというのでそういう表現を使ったんだと思います。人間の関係性って、ちょっとしたことでズレて、例えば、思いが強いからこそ空回りして暴力的になったり、過激になったりする。最近はもうそこから離れて、違うことをしたいなとは思っているんですけど、グループ作品のときにはやっぱり関係性がどうなるのか?というのはテーマになりますね。

──そのズレる瞬間のイメージは、自分の身体を動かして、自分の頭の中でシミュレーションして稽古場にもっていくということですか?
 頭の中で、実際にそうなったら面白いな、という想像が最初にあります。それを実際に稽古場でやってみると、そのままやってみてもやっぱり面白くない。頭の中で想像していたのと実際の身体は違っているので、見せるためにどうするか?ということを、もう身体で徹底的に何度も試みます。そこには間合いが必要だったりする。
 よく「即興ですか?」「どこまで決めているんですか?」と聞かれるのですが、かなり決めています。決めてあるのに即興的な感じになるためにはものすごく稽古が必要だったりする。決めつつも、それをなぞらない。常に逆のことをダンサーに言い続けて、常に正解がない状態にして混乱させておく。でも、振付は守ってください、と言い続けるという、ダンサーにとっては可哀想な状態(笑)です。そうすると、そこの悩みからまたひとつの交流が生まれて、迷いもうまく見せられたりします。

──そこが鈴木さんの作品の一番の魅力でもあります。作品が始まってから終わるまで、よくある踊りっぽい作品、つまりダンシーな作品になる(身体に「ダンス」を振り付ける)ことはすべて避けています。ダンサーの身体を抱え込んだ空間全体を振り付けてるというか、常に空間に対する意識が働いている、という感じがします。それは『沈黙〜』でもそうだったし、『言葉の先』『やグカやグカ呼嗚』もそうでした。
 振りはどうでもいいから、今そこにその人が居ないと成立しない、というか、そこに居れば成立する、みたいな感覚が自分の中にあります。なので、人をモノとして扱ったり、美術みたいな感覚で扱うこともあります。絵的に絶対的な位置、というのがあるんですね。どうしてもそこに居てほしい、居させるためにこそ振りをつける、というような……。

──だから、ダンサーがそこに居ること以前に、ひとりの人間がそこに居るという印象がすごく強いんですね。それがある意味でドキュメンタリーという言葉に繋がるのかもしれないけれど、意図を見せないような形で、かなりよくつくり込んでいますよね。
 “見えない”ようにする、わざとらしくしないというのをかなり意識しています。ダンサーに、ただ僕の動きをなぞってもらうだけだと、それは僕の身体の動きでしかない。その人の身体でできるベストなところ、一番ナチュラルにできるところ、そのニュアンスを探し出す作業は、身体を使ってかなりやります。

──近作の『Love vibration』はヴァイオリン奏者と鈴木さんのソロ対ソロのコラボレーションでした。ヴァイオリン奏者が単なる伴奏者ではなくて、ダンサーと同じぐらいの存在感で舞台にいました。こういうコラボレーションをやってみようと思ったのは?
 ダンスと音楽をクリエーションの時から一緒にやろうという企画をいただいて参加しました。僕がヴァイオリンとやったことがなかったのと、男同士1対1というのも面白いかも、ということで決まり、全く初顔合わせから合宿してつくっていった作品です。違うジャンルの方とこれだけの時間を共有するのはなかなか難しいことがありますが、可能性がすごく広がることを今回実感したので、チャンスがあればいろんなことを試してみたいですね。

──最新作の『言葉の先』は、鈴木さんが今までやってきた身体性に対するこだわりを、より鮮明に前面に出そうとしているように見えます。いわば、鈴木ユキオの「直球」です。この作品についてはどうですか。
 この作品は、もっともっと身体で振り切りたいという願望が強くなってつくったのですが、ただやっぱり、身体を動かすにしても言葉はついてくる。なので、“言葉”と“身体で振り切る”ということを、いい感じで行き来して、その間にい続けたい、と思った。やっぱり頭でっかちにもなりたくないし、かといって、身体だけあればいいと言っちゃうのも簡単すぎる──まだ、やり切れていない部分もあるので、もう少し人数を増やしてもう1回トライしたいなと思っています。

──まだこれは発展途上で、より強力に、より強度をもった作品に発展できるんじゃないかという感じもしたので、再度の挑戦をぜひ観たいですね。
 鈴木さんは今、非常に充実した時期に差し掛かっていると思いますが、1年後、2年後のビジョンを教えてください。

 課題がすごく見えていたので、ここ1、2年集中して、ひたすら身体、身体、身体という方向で自分を追求してきたところがあります。それが『Love vibration』『言葉の先』をつくって、やっとひとつ底が見えたというか、自分の中の課題をひとつクリアしたように思います。次は、もう一度、もっと人を増やしてやろうかと思っています。今なら、もう少し違う見せ方ができるような気がするのと、身体という内側に対してすごく追求したことの反動かもしれませんが、その外側にある空間、時間に興味をもっています。
 
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