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Artist Interview
Cross-over Kyogen master Sennojo Shigeyama’s quest for a new form of global comedy theater
越境する狂言役者・茂山千之丞 日欧を融合したグローバル喜劇に挑戦
妖怪狂言『豆腐小僧』
作:京極夏彦
演出:茂山あきら
豆腐小僧
写真提供:茂山狂言会
──次から次へと新しいことを考えられますね。2月にはお兄様の千作さんと、最初から最後まで舞台に座ったままの「素狂言」という新しい取り組みもされました。
 かなり冒険だったんですが、割合と評判がいい。私もこの頃膝がだいぶ悪くなって立ち居が難しくなってきた。兄貴がもう90ですからね、今ほとんど立ち居に介添えがいる状態です。でも頭はしっかりしていますし、若い時分に覚えた台詞は忘れません。狂言はやりたい。ではどうするか。そうだ、動かなきゃいいんだと思ってやってみた。うまくいったので、来年2月の千作・千之丞の会で第2弾をやります。

──立ち居が難しくなると引退することを考えますが、千之丞さんは不自由を逆手に取って、次に何ができるだろうとお考えになる。
 そうそう、何ができるか探すわけです。好きなんです、そういうのが。これは性格ですね。

──新作狂言に積極的に取り組んでいらっしゃるのもお好きだからですか。
 新作狂言はずいぶんやっています。自分でも1本だけ書いたことありますが、狂言を知りすぎている人が書くとつまんない。知りすぎていると、狂言の枠にとらわれすぎるんですね。従来の狂言の枠の中に、新しいテーマとかモチーフを持ち込んでしまうので、まずダメです。何千、何万の新作が昔あって、淘汰され淘汰されて何百年の間に残ったものが今の古典狂言なわけで、枠にとらわれていたらそれを飛び越すことができない。そういうことで、新作狂言というのは、1、2度の試演に終わって再々演してない。
 例外的に成功しているのが2つありまして、1つは劇作家の飯沢匡さんが書いた『濯ぎ川』。フランスの話を基に劇団の文学座のために書かれた戯曲で、狂言のために書かれたものじゃないんです。それをお願いして、私ら役者が書き直してやった。古典狂言というのはほとんど役者がアドリブでつくっていますから、『濯ぎ川』は同じようなプロセスがあって成功したんだと思います。
 もう1つは、劇作家の木下順二さんの『彦市ばなし』。これも全く狂言を意識しないで書かれた本です。ところが、例えば川の中へ彦市が飛び込むシーンなんかは、リアリズムを追求する新劇の人が舞台でやろうとすると非常に困るけど、狂言だったら難なくできます。泳ぐ動きをすれば、舞台はたちまち川の中ですから。これは狂言の技を持ち込むことで成功した新作ですね。

──哲学者の梅原猛さんが書かれた狂言3部作は面白かったですし、話題にもなりました。実際に進行している干拓工事で海を追われる小さな生物を主人公にした第1作の『ムツゴロウ』は自然破壊という新鮮なテーマでした。
 梅原さんでないとアレは書けません。僕らの頭には出てこない。まして狂言を知っている学者先生には書けないですね。梅原さんは元々、笑いの哲学を研究していて、ベルグソンが卒論のテーマだったそうです。だから笑いについては非常に興味をもっておられたし、落語が大好きだって聞いていたので、国立能楽堂が企画した新作狂言に引っ張り出しました。ところが梅原さんの書かれた話はものすごく膨大なもので、これやったら5時間かかるなあってほど台本が厚かった。私がそれを、だいたい3分の1に削りました。

──第2作の『クローン人間ナマシマ』は野球を題材にしたものでしたが、日本人が大好きな野球選手のクローン人間が舞台にあふれました。
 面白いかったですね。『ナマシマ』の時はボールの飛ぶ音をピューと笛でやった。私が演出する時に、囃子方に「ここで効果音を出してください」とだけ言ったら、「これは大鼓でやったほうがいい」とか、「太鼓でやりましょう」とか、みんなが言い出して、のりにのって、ピューです(笑)。囃子方が法被に鉢巻きを締めて演奏したんですから、昔だったら演出した私は狂言を辞めなきゃいけないとこですよ。

──環境問題やクローン人間、戦争といった現代の難題に、笑いの衣を着せて、わかりやすく訴える。見応えのある新作を拝見すると、狂言は現代劇だという千之丞さんの主張が腑に落ちます。
 新作は面白いです。ただ、いわゆる際物が多いので再演、再々演はなかなか難しいと思います。最近、再々演をして私のレパートリーになっているのは、小説家の京極夏彦さんの「妖怪狂言」と称するものです。『豆腐小僧』と狐の騙し合いの『狐狗狸噺』。お化けの世界を狂言にしようという発想が、他の方ではちょっとできない。お化けをよく知ってらっしゃる京極さんならではの作品です。『豆腐小僧』は二十数回やっています。

──3Gプロジェクトがあり、新作狂言があり、今後も千之丞さんの活動から目が離せません。
 これからも、何でもありでやってまいります。ひとつ言いたいのは、狂言は現代劇だということです。歌舞伎も能、狂言、文楽も、昔の民俗芸能じゃあない。昔の様式、昔の方法を使ってやっている今の芝居、現代の芝居なんです。得てして、お役所もそうですし、学者先生もそうですが、狂言を説明するのに世阿弥から解きほぐし、能は世阿弥がオリジナルをつくって、その合間にやっていた芝居が狂言だと言う。狂言には大蔵流と和泉流という流派があって云々と。こんなのお客さんにとっては全然関係ないことです。昔につくられたオペラやバレエを「ヨーロッパの古典」とは紹介しないでしょ。なのに、今や能と狂言はユネスコの世界文化遺産です。そんなことにされたら能も狂言も死んじゃうぞ、棺桶に片足突っ込むようなことは止めてくれって、猛反対したんですがね。狂言は現代劇だということを、ますます見せていかなきゃならないと思っています。
 まあ、色々考えて、やっていくのは楽しいです。だから年取らないんでしょうね。仕事で若くなって、夜においしいお酒でも飲めたら、これにこしたことはないです。
 
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