The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Artist Interview
Installations of the body and light  The art of Hiroaki Umeda
身体と光のインスタレーション 梅田宏明の作法
『Haptic』
初演:2008年
Haptic
Haptic
Haptic
撮影:山方 伸
──2002年、2004年には国際交流基金の助成でヨーロッパツアーをします。それからカナダ・モントリオールの「ヌーベル・ダンス・フェスティバル」で『Finore』を、2004年にはリオデジャネイロの「パノラマ・ダンス・フェスティバル」で『Duo』を発表するなど、海外に招聘されるようになっていきます。梅田さんの作品は、梅田さん自身がつくった照明、音楽、映像のデータがすべて入っているノートブック・パソコンを1台もっていけば、海外どこでも余計な手間隙かけずに上演できちゃうわけですよね。これは素晴らしい。他のアーティストはみんな、特に海外公演の場合、幕が上がる直前まで、あちらのスタッフとうまくコミュニケーションがとれないなど、相当いろいろな苦労をしてますから。
 そうなんです。自分でもすごいシステムを考えたと思って(笑)。舞台をチェックして、後はコンピュータをクリックすればスタートできるわけですから。僕が難しい技術を使っているように見えるかもしれませんが、実は誰でも入手できる一般的な技術でやっている。2000年代に入って、表現したいものにコンピュータの性能が追いついてきて、高度なことも簡単にできるようになっています。もっと高度な技術を使うクリエイターとのコラボレーションの話もよくいただきますが、僕にとってテクノロジーはあくまで道具で、それを使った表現を追求したいわけではない。生活の中に当然のようにあるコンピュータを使っているだけ。テクノロジーのプレゼンテーションみたいなパフォーマンスをヨーロッパでよく見かけますが、そういうものをやりたいとは思っていません。

──2007年にはパリの国立シャイヨー劇場との共同制作で『Accumulated Layout』を発表します。これは国際的にも高く評価され、ヨーロッパや中東、韓国、日本の新国立劇場でも公演が行われました。
 2006年にパリの小劇場で公演をした時、今プロデューサーをやってくれているドミニク・ロラネと出会い、それが転機になりました。それまでは年に数回の公演だったのが、彼のおかげでどんどん繋がっていって。ドミニクはフィリップ・ドゥクフレのプロデューサーで、『Accumulated Layout』は、ドゥクフレのスタジオで3週間レジデンスをしてつくった作品です。

──『Accumulated Layout』は、それまでの作品より光の使い方が立体的だし、より空間全体の見え方を意識した作品になっていたと思います。以前とは違う新しい工夫をしたのですか?
 プロデューサーに「シャイヨーでやるんだから頑張れ」とプレッシャーをかけられて(笑)。ビジュアルに強い作品をつくりたくて、視覚的な奥行きについては光量をどう変化させるかなど、かなり考えました。技術的には別に新しくはありませんが、それまでそんなに頭を使ってプランしてこなかったという意識があったので、視覚的に変化を起こすことを頭で考えたという感じです。この作品で初めてちゃんと評価を受けたという手応えを感じました。この頃からパリのエージェントもつきました。

ドローイングからはじまる光と身体のインスタレーション

──2009年3月に横浜の赤レンガ倉庫で発表ソロの最新作『Haptic』は色が鮮明で、その変容と身体との関係性のつくり方が非常に美しい作品でした。これも方法論的には『while going to a condition』の延長線上にあるといえて、梅田さんの基本的な作品づくりのやり方はデビュー当時と変わっていないと思います。この作品に特徴的なのは、単に「ダンス作品」というのではなく、光も音も身体もすべてを含めて、それらのトータルが作品であるという姿勢です。もともと梅田さんにあった方向性が、より鮮明になったと言えます。その意味で、これをダンス作品と呼ばずに、美術作品というか、身体を含めた音と光のインスタレーションと呼んでもいいくらいです。
 そうですね。そういうスタイルは最初から変わっていません。ダンスを見せるために照明や音楽をプランするということはしたくなくて、身体も光も音も、全部が同じ価値のエレメントだと思っています。ちなみに『Haptic』は触覚的なという意味で、ギリシャ語のhaptesthai(触覚)が語源です。色をコンセプトにしてつくりました。

──梅田さんのダンスはだいたい即興に基づいていますが、ソロ作品の場合は、映像や音といったビジュアルイメージを先につくり、その中に身体を置いて即興で踊ってゆくというのが、作品づくりのプロセスだと思っていいのでしょうか。
 最初にビジュアルなイメージや踊りのイメージがあるわけではありません。もっと抽象的なイメージ、スペースのテンションみたいなものがイメージとしてあって、まずはそれをドローイングに起こします。ドローイングといっても絵ではなくてラインですね。僕にとってはその線がいわば楽譜みたいなもので、それに合わせて踊りや音、色を考えます。ラインなので時間軸があるから、やはり音が最初になるのですが、音をつくると同時に踊りや照明についても考えていって、全体のバランスを取りながらつくっていくという感じです。

──ラインと時間軸のこと、もう少し具体的に言うとどういうことですか。
 例えば『while going to a condition』の場合は簡単で、「さあ、テンションを上げていきますよ!」という単純なラインです。『Accumulated Layout』ではもうちょっと複雑になるんですが、とにかく最初は抽象的なイメージ。それが何かと聞かれると答えにくいんですが、僕は「情動」という言い方をしています。定義すると、「感情になる以前の感情」みたいなものです。欲求という言葉に近いかもしれない。すごくプリミティブなものです。
 踊りもこの情動にフィットする感覚を探す感じで、この動きだとフィットするとかしないとか、ということを基準に決めていく。でも手の角度とか細かいことを決めているわけではなくて、もっと抽象的なイメージです。それでだいたいのルールを決めて、8割ぐらいは即興になります。

──梅田さんは、そんなふうにソロで踊る時に、だいたいどの作品でも空間の真ん中にポジションをとって、大きく横移動したり縦移動したりということがほとんどないですよね。それはどうしてですか。
 それは全く別に理由があって、僕は動き回ることにあまり意味を感じていないんです。むしろ中心の点をつくることのほうが空間を意識することにおいては重要だと思っています。

──例えばマース・カニングハムは、自分が踊る時も、他のダンサーに振り付けるときも、踊り手を「点」のように使います。ただし、彼の場合は点として使いつつ、むしろ意図的に中心を避けているところがある。梅田さんと違い、中心をつくらないというのがカニングハムのやり方です。梅田さんはずっと一人で踊っていることもあるのかも知れませんが、中心にいることにこだわっていますよね。
 そうですね、こだわっているように見えると思います。重要なのは、舞台のサイズを見せたくないということ。動き回ることによって、ステージの制限を見せたくない。(動かない)点の意味は、そこから広がりがもてるということで、そのことが僕にとってはとても重要なんです。センターから移動しない「点」があることで、空間が広がり、観客にもっと広いスペースを意識もらえるのではないか、というのが僕の意図しているところです。
 
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