The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Artist Interview
Giving expression to dissected texts  The new possibilities of compositional theater pioneered by Motoi Miura
解体したテクストを発語する 構成劇の新たな可能性を切り拓く三浦基
地点『ある夏の一日』(ヨン・フォッセ作)
(2004年/富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ)
ある夏の一日
撮影:青木司

地点『名前』(ヨン・フォッセ作)
(2004年/富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ)
名前
撮影:青木司
──青年団の演出部では平田さんの演出助手をされたのですか。
 一般に言う演出助手という感じとは違いますね。平田さんは「演出助手はいらない。自分の演出助手はパソコンだ」というような人ですから(笑)。全部自分でやるし、お茶も入れる必要はないと。平田さんが要求したのは、とにかく「独立しろ、自立しろ」ということ。自分で演出したければ俳優を自分で説得しろ。企画書を出して、それがどれくらいおもしろいかプレゼンテーションしろ、ワークショップしろと言う。そういう環境の中で平田さんの稽古を黙って見ているわけです。そうすると、彼が次にどういう指示を出して、どう演出するのかがわかってくる。『冒険王』という、これもすごく好きな作品ですが、その稽古を見ていたときに作品づくりのメカニズムがはっきりと見えたんです。これでもう演出はできると思いました。それほど、彼は演出をシステマティックにとらえるところがあって、それからは稽古を見るのが楽しくて仕方ありませんでした。もちろん平田さんも人間ですから、台詞に託したいことがあると俳優にちょっと無理を言ったりもしますが、そのときの俳優の台詞の呟き方とかもすごく勉強になりましたね。
 今の僕の演出に平田さんの影響があるのか?と問われたら、具体的にあるとは思いません。篠崎さんの「間の話」はよく考えますが、平田さんから本当に学んだことは、どうやって自立するのか、どうやって集団を組むのか、ということだと思います。

──1999年から2年間、文化庁在外研修員でパリに行かれ、ジェラール・フィリップ国立劇場センターなどでフランスの演出家と仕事をされています。フランスへ行くことになったきっかけは。
 桐朋の1回生の時に研修旅行でロシアに行き、モスクワ芸術座の養成所やチェーホフの家に行ったりしました。翌年にはロンドンのRADA(王立アカデミー)に行ってウェストエンドや映画演技にふれ、ニューヨークのジュリアード学院も見に行きました。パリにも3日間だけ行ったのですが、その時は英語も通じないし、馴染めなかった。でもパリでなら様々な舞台芸術に出会えるのはわかっていましたから、国の留学生で行くんだったらパリしかないだろうと思っていました。
 青年団に入ってから運良く、青年団国際交流企画というのがはじまり、『東京ノート』がフランス語に翻訳されることになった。その関係で演出家のフレデリック・フィスバックが来日して青年団で小さな芝居をつくることになり、その時に演出助手で入ったんです。『われらヒーロー』というジャン=リュック・ラガルスの作品でした。こういう具体的な交流がありましたし、もうこれはパリに行くしかないと思いました。

──フランス語は?
 アテネ・フランセのスパルタコースに行って猛勉強しました。

──フランスでの2年間はどうでしたか。
 最初はフランス版『東京ノート』でフレデリックの演出助手として現場に付きました。それから、彼が紹介してくれたスタニスラス・ノルデーという新進演出家の劇場にも行きました。すごく実験的な劇場だったのですが、経営難で閉鎖されたため、残念ながらスタニスラスの現場は1回しか経験できなかった。フレデリックが常任演出家だったブルターニュのブレスト(ル・クヴァルツ劇場)ではほとんどの新作に付き合いました。稽古場だけではなく、そこでは劇場運営についても勉強しました。
 パリから帰ってきて、『地点2〜断章・鈴江俊郎〜』の公演をやりました。その時に作風がガラッと変わったとよく言われるのですが、ゆっくり歩いて、ゆっくり発語して、やりたいようにやってみたんだけどおもしろくならなかった(笑)。今思うと、クロード・レジの影響が強くてそうなったんですよね。レジはフランス語を非常に大事に発語する人で、現代劇なんですが、能のようにゆっくり動く。
 レジは当時もう70代後半でしたが、まだ現役で、ヨン・フォッセ『だれか、来る』は本当に素晴らしい舞台でした。彼の演出は、ただ台詞をゆっくり言っているだけで、台詞のカットもしないから、『だれか、来る』も上演時間が延びて3時間ぐらいになっちゃう。上手くいく時といかない時がはっきり分かれる演出なんですけど、こういうのっていいなあと思いました。
 ピーター・ブルックの『ハムレット』も観ました。僕はあまり好きじゃないと思っていたんですが、実際に観てみると「何もない空間」とはよく言ったもので、絨毯を敷いてそこに俳優が立てばそれでいいんだと。それでシェイクスピアの台詞を言うわけです。「あ、こういうことなんだ。台詞はこういう風に置いていくものなんだ、置いて語っていくものなんだ」ということがわかった。日本では、どうしてもリアリズムの演技をしてしまうのですが、やっぱり演劇は「演説」なんだと思いました。
 コメディ・フランセーズもおもしろかった。フランス人はバカにして、もう誰も観ませんが、モリエール劇などは立派なもので、上手い俳優が本当に隅々まで語り散らすんです。もちろん古風だしオーソドックスなんですが、改めて戯曲を読み直したりして、古典に対する抵抗感が一気になくなりました。

──レジのどこに興味をもっているのか、もう少し詳しく聞かせてください。
 ゆっくり台詞を言うだけで、本当に、言葉が言葉どおりに聞こえてくるんです。例えば『だれか、来る』というのはフランス語で「Quelqu'un va venir」と言いますが、レジの演出では「Quelqu〜'un va venir〜」と本当に遅いテンポになる。それじゃあ、ただ長くてダルくて眠くなるような気がするかもしれないけれど、上手くいくと、本当にその言葉の隅々まで全部、そのあり様が伝わってくる。俳優にはまるで祈っているような、存在感があるんです。
 太田省吾さんの沈黙劇『水の駅』はビデオでしか観ていませんが、それでもゆっくり動く一挙手一投足がかけがえのない時間のようにみえました。瑞々しくて、時間を忘れてしまうような感覚がある。レジの『だれか、来る』は『水の駅』の語り版を見た、という感じでした。彼の演出に対する賛否ははっきり分かれますが、こういう仕事は無視できないと思いました。

──三浦さんが「発語」を演出で重要だと思っているのは、レジの影響ですか。
 それは大きいと思いますね。でも、それだけではなくて、実はアテネ・フランセのスパルタコースでやったフランス語の習得方法が画期的に面白かったんです。手鏡を用意して「ア、ベ、セ、デ…」とやるわけですが、徹底的に発音矯正されるので、ヨダレはでるし、ハンカチで拭きながらもう必死でした。アルファベの発音から始まって、フランス語がどういう構造になっているのかあらゆる角度から言語学的にも科学的にも解剖していく。その矯正的な言語指導が本当に面白かった。このディクテーションという発想は、僕にとってすごく演劇的な体験でした。
 
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