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岡田利規
岡田利規(おかだ・としき)
1973年横浜生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。97年に、ソロ・ユニット「チェルフィッチュ」を旗揚げ。チェルフィッチュ(chelfitsch)とは、自分本位という意味の英単語セルフィッシュ(selfish)が、明晰に発語されぬまま幼児語化した造語。「より遠くに行ける可能性のある作品」を生み出すため、ある方法論を持ちつつも、その方法論をそれ以上「引き寄せないように、それをいつまでも掴んでいないように、すぐに手放すように」心がけるという、それ自体が不思議な方法論で演劇作業を実践する。2001年3月発表『彼等の希望に瞠れ』を契機に、現在の作品に見られるような超リアル日本語を使う作風に変化。だらだらとしてノイジーな身体性を持つようになる。横浜STスポットを拠点に活動。

2004年、『三月の5日間』で第49回岸田戯曲賞を受賞。選考委員からは、演劇というシステムに対する強烈な疑義と、それを逆手に取った鮮やかな構想が高く評価された。とらえどころのない日本の現在状況を、巧みにあぶり出す手腕にも注目が集まった。岡田が演出する俳優の特有な身体性はダンス的とも評価され、ダンス作品『クーラー』で「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005〜次代を担う振付家の発掘〜」のファイナリストとなる。

2007年にベルギーのクンステン・フェスティバル・デザールに『三月の5日間』が招待されたのをきっかけに海外に進出。2007年『三月の5日間』ブリュッセル・パリ公演、2008年『フリータイム』国際共同制作(クンステン・フェスティバル・デザール/ブリュッセル、Wiener Festwochen/ウィーン、Festival d’AUTOMNE/パリ)、2009年北米9都市ツアーなど、海外で活発な活動を行っている。
http://chelfitsch.net/


海外公演実績
『三月の5日間』:9カ国14都市(*2010年には4カ国4都市予定)
『フリータイム』(国際共同制作作品):3カ国3都市
『クーラー』:3カ国4都市
『ホットペッパー、クーラー、そして、お別れの挨拶』:2カ国2都市(プレビュー含む)※2010年には8カ国9都市を予定


クンステン・フェスティバル・デザール(Kunsten Festival des Arts)
ベルギー・ブリュッセルで毎年5月に開催されるパフォーミングアーツを中心とした現代アートフェスティバル。先鋭的なプログラムで知られ、世界の現代パフォーミングアーツ界のアンテナ・フェスティバルとも称されている。ヨーロッパ演劇のメインストリームをいくフランスのアヴィニョン・フェスティバルとは対称的に、より実験的な作品および世界の多様性を反映する独自のプログラミングを目指している。ベルギー国内はもとより、ヨーロッパ全域、さらには芸術支援インフラに乏しい発展途上の国々におよぶ世界の若手アーティストを独自に発掘し、多くの作品プロデュースを行なっている。また、長期的視野に立ってアーティストの育成を図るため、複数年にわたり共同制作を行なうと同時に、ベルギーやヨーロッパに拠点を置く実力派アーティストの新作を製作し、世界に先駆けて発表している。世界のパフォーミングアーツの潮流を生み出す震源地のひとつとして、確かなブランド力を持つ。プロデュース公演と共同製作公演が、プログラム全体の50パーセントを超え、世界初演が約半数を占める。2006年を最後に立ち上げから芸術監督を務めてきたフリー・レイセンが引退。それまで女史の右腕としてプログラミングを担当してきたクリストフ・スラフマイルダーが芸術監督を引き継いだ。
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Artist Interview
an overview
Artist Interview
2010.3.19
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Insights from international activities—The latest interview with Toshiki Okada  
海外進出で見えてきたもの 岡田利規の最新インタビュー  
パーソナルな場で交わされる私語のようなとりとめのない会話と、コンテンポラリーダンスとしても評価されるノイジーな身体表現によって、日本の若者のとらえどころのない現在をあぶり出すチェルフィッチュのパフォーマンス。2007年に、世界のフェスティバル・ディレクターが注目するベルギーのクンステン・フェスティバル・デザールに招待されたのをきっかけに海外に進出。代表作の『三月の5日間』をこれまでに9カ国14都市で公演したのをはじめ、海外フェスティバルとの国際共同制作によって新作をつくり、海外ツアーを行うなど、実験的な作品づくりのための新たな環境を模索している。海外進出で見えてきたものについて、岡田利規に話を聞いた。
(聞き手:相馬千秋[フェスティバル/トーキョー プログラム・ディレクター])



──岡田さんへの(同サイトでの)インタビューはこれが2度目ですが(→2005年の最初のインタビュー)、今回は主に海外進出以後の展開について、創作の環境面、制作面などを交えつつ詳しくお伺いします。まずはチェルフィッチュが海外に出て行った経緯を教えてください。
 ベルギーのクンステン・フェスティバル・デサールのディレクターのクリストフ・スラフマイルダーさんが2006年3月に行った『三月の5日間』の再演を観に来てくれて、翌年のフェスティバルに呼んでくれたのがきっかけです。それから、運の良いことに他のフェスティバルからもオファーをいただいて、いろいろな所に行くことができました。2008年には、クンステン、ウィーン芸術週間、パリの秋の芸術祭と3つのフェスティバルから共同制作の打診をいただき、彼らをパートナーにして『フリータイム』を制作しました。昨年もベルリンのHAU劇場からの依頼で『ホットペッパー、クーラー、そして、お別れの挨拶』の初演を行い、それもまあ有り体に言うと売れまして(笑)、海外での活動がかなり増えてきました。
 これは僕らにとってはものすごく重要な意味をもっています。まず、資金面でとても助かっています。海外といっても、イコール世界ではなくて、あくまでヨーロッパが主ですが。舞台芸術が盛んなヨーロッパには実験性の高いインターナショナルなフェスティバルが多く、僕らにとってはそこが主な活動場所になっています。

──『三月の5日間』は9カ国14都市、『クーラー』は3カ国4都市、『フリータイム』は3カ国3都市を回っています。多くの国で公演したことで、作品や岡田さん個人に何か変化がありましたか?
 まず自分のクリエーションに関して言えば、自分と多くの文化的前提条件を共有していない人たちに向けて作品を提示するということを、当たり前のことだと考えてクリエーションするようになったことが一番大きいですね。『三月の5日間』はそういう事態を想定せずにつくった作品ですが、何となく伝わったというか、受け入れられた感じがします。それはたまたま、テーマというかモチーフがある意味普遍的だったというか、戦争だったりセックスだったり、みんなが知っていることだからだと思いますけど。
 そこから先はいろいろな葛藤がありました。例えば、日本の極めてローカルなアイテムやモチーフを取り上げることに対してどう考えればいいのか。海外では伝わらないから使うべきではないのか。いや、そんな自主規制は本末転倒だから、やらないで、むしろ敢えて使っていくのか。そういうことを僕はうじうじ考えてしまうタイプなんですね。考えないでさらっとやれちゃう人もいるんだけど。
 今思えば、『フリータイム』は、その泥沼の中でもがいていたような作品でした。でも、昨年つくった『ホットペッパー、クーラー、そして、お別れの挨拶』と、公演中の『わたしたちは無傷な別人であるのか?』によって、それは克服できた気がして、今は晴れやな気分ですね。その前の2〜3年間は苦闘と言いますか……誰かともがいていたというのではなくて、自分で自分ともがいていただけなんですけど(笑)。

──カンパニーとしては何が変わりましたか?
 端的に言うとすごく成長していると思います。まず、1つの作品を何公演もやるようになったことで、パフォーマーの地力は間違いなくつきました。やはり同じ作品を何回もパフォーマンスすることでしか得られない蓄積というのが絶対にあって、海外に行くことで国内だけではできないぐらい回数を重ねられたのは本当に大きかった。『三月の5日間』は国内外合わせて約80回やりました。
 また、海外では会場が頻繁に変わるので、そういう意味でも作品が強くなった。例えば『三月の5日間』の再演は六本木のスーパーデラックスでやりまして、あの会場が僕はほんとに好きですが、でもスーパーデラックスがツアーについてきてくれるわけはないので、当然現地にある劇場で上演するしかない。例えば、日本ではあり得ないですが、500席くらいの所でやる場合も出てくる。そうするともっと大きな声を出さなければいけないとか、臨機応変に対応することもしなくちゃいけない。やっぱりチェルフィッチュはこの3年ほどで強くなったと思います。そして僕もつくり手として少しは強くなったと思います(笑)。

──海外との国際共同制作について伺います。共同制作というと、平田オリザさんのように海外のアーティストと共同でクリエーションをする場合もあれば、制作面での共同制作もあります。
 僕らの場合は、どちらかというと後者で、制作費を提供してもらうだけです。作品のテーマなどについて話はしますが、介入とか干渉といったことはされません。『フリータイム』は3つのフェスティバルとの共同制作で、もちろんお金を提供してもらったので現地でも上演しますが、クリエーションは日本、急な坂スタジオでやりました。
 コラボレーションについて興味はあるんですが、いまチェルフィッチュでないことをやってそれで強い作品ができるのかなと、僕の中でちょっとひるんでいるところがあります。だからそこに積極的に打ってでる気持ちがない。それより日本語もわからなくて文化も違う観客に対して、日本のローカルな問題を扱った作品を置いてみたときに観客のなかに起こることの方が面白い。コラボレーションしなくても、観客との出会いの中でそれは実現されているはずだと思います。

──カンパニーにとって、国際共同制作のメリット、デメリットとは?
 デメリットはありません。もちろんツアーは疲れるとかいろいろありますが、僕らはこれが仕事であって、パフォーマンスをたくさんの回数できることは単純に喜びだし、作品も強くなる。メリットは、それによって稽古時間が長く取れるようになったことです。つまり、国際共同制作だとリハーサル・フィーが請求できる(笑)。これは国内の助成金制度では計上できません。
 『フリータイム』はおかげで、本当に長い時間をかけてつくることができました。今回の新作はそれほど長い稽古期間ではありませんが、僕の場合はとにかく海外との共同制作のおかげで、やりたいことを実現するフレームを個々の作品単位で考える必要がなくなったというか、全体が線になって繋がった。それはひとえにユーロのおかげです(笑)。というか、舞台芸術が盛んであるヨーロッパの恩恵にあずかって、そこで活動させてもらえるようになったおかげでこういう創作環境を手に入れることができたということです。
 
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