The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Contents
Artist Interview
Playing theater like playing house  The new approach of Yukio Shiba
ままごとのように演劇を遊ぶ 柴幸男の新発想
toi presents 4th「四色の色鉛筆があれば」〜『反復かつ連続』
(2009年1月/シアタートラム)
反復かつ連続
撮影:青木 司
柴幸男の創作ノート
柴幸男の創作ノート
──『反復かつ連続』は大家族の話でありながら、録音の声も含めて、一人の女優さんでそれを全部演じわけるという作品でした。
 シチュエーション・コメディを書いていた時は、新しい物語をつくるための奇抜な設定やキャラクターをつくることに頭を捻っていましたが、『反復かつ連続』の頃は書き方のほうを新しくしてみようと思っていました。それまでは誰もが知らないようなことを判りやすく書くという書き方をしていたのを、誰でも知っていることを新しい視点で書くというふうに変えてみようとしていました。

──先ほども出た『あゆみ』では装置を全く使わず、女性が道を照らしているような照明の中でただひたすら歩くだけでドラマが展開していきました。この“歩く”というところから作品をつくるという発想はどこからきたのですか。
 『反復かつ連続』がすごく喜んでもらえたのはなぜかと考えた時に、例えば、朝起きてご飯を食べるという行為は誰もがやることなので、どこかに自分の朝食の風景を重ねて見ているのではないかということに思い至りました。じゃあ、誰でも体験しているようなことを、自分が見ていた風景とは違うふうに見せることができたら共感してもらえるのではないか、と思ってつくったのが『あゆみ』です。ほとんどの人が歩いて生活しているわけで、『あゆみ』ではその歩くということを違う視点で見せようと考えました。

──『反復かつ連続』『あゆみ』など4本を併せて、『四色の色鉛筆があれば』が出来ます。その中に入っている『ハイパーリンくん』は、コンピュータ用語が題材。今までの劇作家ですと、コンピュータの用語からドラマをつむぐことはなかったと思うのですが。
 それは、そういう用語自体がなかったからだと思いますけど(笑)。今皆さん当たり前のようにインターネットを使っていますが、その根本は「WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)」ですよね。コンピュータの中にある文章を共有することで、世界中の知識を共有しようという。つまりは人間の頭の中の知識が繋がっているという状況が実現したわけで、その発想が面白いと思ったんです。
 人類の科学的、歴史的な発展というのは、結局、誰かが勉強したことを誰かに教えるといった知識の共有があったから可能になったので、当たり前といえば当たり前のことなんですが、コンピュータが出来たことで、もう一度認識の再構築ができるようになった。インターネットによってどういう現象が起こっているのかを、舞台上で俳優で再現してみたいと試みたのが『ハイパーリンくん』です。

──『色鉛筆〜』の中のもう1編『純粋記憶再生装置』は、4人の俳優が男女の出会いと別れを演じる作品で、これも役柄が転移していきます。しかも時に男優が女性を演じるといった具合に、性をクロスする形で役が移っていく。白い紙で舞台全体を埋める、非常に美しい装置ですが、これはどんな発想から生まれたのですか。
 『あゆみ』や『反復かつ連続』の時にも、人間は見たままに何かを記憶しているわけではないと感じていました。すごく不思議なイメージの集合のような形で、物事を多面的にとらえて記憶している気がして。その頭の中にある記憶の状況をそのまま舞台上に出せないかなと考えました。と同時に、記憶が消えていくという現象も描いてみたかった。最初ははっきりしていた記憶が、言葉がどんどん曖昧になって、カラダもどんどんバラバラになって、最後は本当に真っ白になって消えていく…。それもあって白い床になりました。

──アイデアなどを書き込んだ、作品をつくるためのノートがあるという噂を聞いたことがあるのですが、どんなものですか。
 みんな創作ノートをつくっていると思いますが、僕のは落書き帳みたいなものです。文章ではなくて図を書くことが多いんですが、大体1作品1冊〜2冊くらいになります。元々僕は、ハリウッドの脚本法なんかを独学で学んで戯曲を書き始めたので、その影響があって場の説明があって葛藤とその解決があってという、ハコ割り的な書き方をしていました。で、シチュエーション・コメディに行き詰まりを感じた頃に、別の図で考えたらどうかなと、やってみたのが始まりです。
 例えば『反復かつ連続』の時には、同じ話が延々と繋がっていく様、時間軸が重なっていくようなイメージを、矢印の重なりと流れで書いてみたりしていました。役が転移するというのも、「A」を演じた後に「A'」を演じて…最後には「A'」から「A''」になるという流れが全部1本にも見えるような図を書いてから、戯曲に落としたりします。

──ままごとの場合は、演技面で平田さんの影響はありますか。
 それは大きくありますね。劇作については三谷さんやソーントン・ワイルダー、三谷さん経由で映画のビリー・ワイルダーなどを、独学で学びましたが、演出というものが何をしているのか最初はよくわからなかった。オリザさんが書いた「演技と演出」を読んで、演出が何をする仕事かが初めてわかったところがあります。今も発想の起点は明らかに平田オリザの演出法です。
 例えば“間”は何のためにあるのかと言えば、お客さんが物語を想像する余地としての間で、だから必要な間を何秒空けくださいと指示するなど、基本的にはいわゆる青年団の演出方法でやっています。

──じゃあ台詞は、柴さんが書いた通りで変えてはいけない?
 そこは少しずつ自分用に変えてカスタマイズしてもらうという感じです。変えていい台詞は、語尾や言い方をどんどん変えてもらっています。
 
BACK
| 1 | 2 | 3 | 4 |
NEXT
TOP