The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Contents
佐々木渉
佐々木渉(ささき・わたる)
クリプトン・フューチャー・メディア株式会社
札幌市に立地。効果音などサウンド素材の輸入販売事業で起業。現在は、ソフトウェア音源の開発・輸入・販売に加え、「初音ミク」をはじめとしたソフトウェアの開発・販売、その他クリエイターに向けた各種製品やサービスを展開。
http://www.crypton.co.jp/
初音ミク
ヤマハの開発した音声合成技術「ボーカロイド(VOCALOID)」を採用し、2007年にクリプトン・フューチャー・メディアが発表したソフトウェアおよびそのキャラクターの名称。音声データのベースは声優の藤田咲。声に身体を与えることによりリアリティを増すという観点からキャラクター(16歳、158cm、42kgの少女)が設定され、原型をイラストレーターのKEIが作成。著作権者であるクリプトンが「ピアプロ・キャラクター・ライセンス」を制定し、二次創作物と公開を積極的に認めたことから、新たな創作のプラットフォームとして広がり、多くのアマチュア・ミュージシャンが初音ミクで楽曲を発表。そこから多くのヒット曲が生まれるなど音楽シーンに多大な影響を与えた。また、ユーザーによる派生キャラクターの創作も活発に行われている。 初音ミク
illustration by KEI © Crypton Future Media, INC. www.piapro.net ピアプロ ロゴ
初音ミク公式ブログ
http://blog.piapro.net/
YouTube初音ミク公式チャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCJwGWV914kBlV4dKRn7AEFA
pdf
*1 ニコニコ動画
2006年12月に実験版がスタートした動画サイト。YouTubeとは異なり、動画投稿だけではなく、運営側の生中継などオリジナルコンテンツも多数提供されている。機能面での最大の特徴は、表示されている動画画面にオーバーレイしてリアルタイムで視聴者のコメントが流れていくこと(「弾丸コメント」と呼ばれる)であり、これが他の動画サイトにない特有の一体感を生み出している。
*2 2ちゃんねる
1999年5月に開設された日本最大のテキスト型電子掲示板。運営トラブル等により、2017年より「5ちゃんねる」の名称に変更された。世界的にも影響力が強く、米国に影響をうけた大型掲示板、4chanが存在する。
*3 beatmania
1997年12月に登場したプレイヤーがクラブのDJになって楽しむコナミのアーケードゲーム。大ヒットし、苑と家庭用ゲーム機器版も出た。
*4 DTMソフト
デスクトップミュージックソフト(和製英語)。英語ではComputer Music Software。
*5 クリストフ・シャルル
1964年フランス生まれ。武蔵野美術大学映像学科教授。メディアアート、ネットワークアート、サウンドアート、ビデオアートの研究者で実践者。
*6 枇杷系(BIWAKEI)
笠井叡が主宰する舞踏研究所「天使館」に参加し、即興舞踏を学んだ山田せつ子が1989年に立ち上げたダンスカンパニー。
*7 FM音源
周波数変調を応用した音色合成方式を用いた音源。アナログシンセサイザーにはない複雑な倍音成分をもつ波形を生成することが可能。
*8 初音ミクのライブ
初めてライブ会場にミクが姿を現したのは2009年8月22日・23日開催のアニメ関連のアーティストのフェスティバルである「Animilo Summer Live2009」。ただし、この時は、通常の映像だった。現在と同様の透明スクリーンに裏側からプロジェクターで映し出し、より高い臨場感を生み出すようになったのは、同月31日、発売2周年を記念して行われた「ミクフェス’09夏」から。2013年からは初音ミクの創作文化を発信するイベント「マジカルミライ」を毎年開催。
初音ミクのライブ Yahoo! JAPAN Hack Day 10th Anniv.(2017年12月)より
© Crypton Future Media, INC. www.piapro.net ピアプロ ロゴ
*9 セガと初音ミク
セガとクリプトンでは、2008年発売の「ヴァーチャ・ファイター5R」でのコラボをきっかけに、2009年7月にはリズムゲーム「初音ミク -Project DIVA-」をリリース。現在まで続く人気シリーズとなっている。2009年のミクのライブは、セガのCG技術(世界的に有名な格闘技ゲームであるヴァーチャファイターの技術)を使ったもの。
*10 佐藤允彦 meets 初音ミクと歌う仲間たち
ジャズピアニストの佐藤允彦の演奏をバックに初音ミクや重音テトなどをボーカル音源として使い、冨田勲が作曲を手掛けたアニメ音楽「リボンの騎士」「ジャングル大帝」などをカバーするもの。演奏には加藤真一(ベース)、村上寛(ドラム)、岡部洋一(パーカッション)も参加。
*11 インプロビゼーション・テクノロジーズ
ダンス史上はじめて電子媒体を用い、フォーサイスが自ら分析・体系化した彼の身体言語の語彙と文法を自らの実演で解説した教材。94年にハード・ディスク版が作成され、99年に簡略化されたCD-ROM版を発表。
*12 MikuMikuDance
樋口優が制作。2008年2月にフリーソフトとして公開された3DCGソフト。そもそも樋口がミクのCG動画を自作するために作成したツールのため、初心者でも、低スペックのPCでも、すぐに3DCGのキャラクター動画が制作でき、ミクの動画制作を一気に拡大させた。
*13 ボコーダー
ボイスとコーダーを合わせた造語。音声通信での音声圧縮技術。そのための機器。
*14 米津玄師
2008年よりハチの名義で多数の初音ミクの楽曲を多数制作し、ニコニコ動画に投稿。「マトリョシカ」「パンダヒーロー」等のミリオン再生を越えるヒット曲を多数生み出す。2013年、米津玄師名義で、メジャーデビュー。狐の嫁入りふうの動画がついた曲は、ハチ名義の「結ンデ開イテ羅刹ト骸」。
*15 千本桜 feat.初音ミク
黒うさPが作詞・作曲・編曲し、2011年にニコニコ動画に公開した曲。「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」「メルト」に次ぐ3曲目のニコニコ動画1000万再生曲。2012年度カラオケランキング3位になるなど、ネットの世界を越えた大ヒット曲。和楽器バンド、小林幸子などによるカバーも多い。
Artist Interview
2018.4.24
music
What does Hatsune Miku embody? The vision of Wataru Sasaki  
初音ミクが体現したものとは? 佐々木渉の思考  
ヴァーチャル・シンガー・ソフトウェア「初音ミク」の生みの親であるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社の佐々木渉(1979年生まれ)。2007年に製品として発売されると、多くのユーザーがインターネットで初音ミクによる楽曲や動画を発表し、ネット上の新たな創作文化として一世を風靡している。ヴァーチャル・シンガーとしてライブ・コンサートなどを行い、その創作文化を発信するイベント「マジカルミライ」を2013年から毎年開催。2017年には過去最高の3万人が来場。デジタル技術が拓く、舞台芸術の未来とは?舞踏にも通じる佐々木の思想に迫るロングインタビュー。
聞き手:山名尚志[文化科学研究所]

ヴァーチャル・シンガー・ソフト誕生の背景

──舞台芸術の関係者、特に海外の方に関しては、「初音ミク」がどういうものなのか見当がつかない方も多いと思います。まず、初音ミクを簡単にご紹介いただけますか。

 初音ミクというソフトウェア製品が初めてリリースされたのは2007年8月末です。当時は、ちょうど、ミクが活躍するインフラとなったYouTubeやニコニコ動画(*1)が出始めた頃で、そうした動画サイトにはコンテンツがそんなに揃ってなかった。その中で、視聴者が自分たちで楽しめるコンテンツをつくろうという流れが生まれました。その中心になったのが、2ちゃんねる(*2)などの掲示板に集まっていたデジタルツールなどが好きな人やプログラマー、お絵描き掲示板にいたイラストレーター、beatmania(*3)などの音楽ゲームで曲を作っていた人たちです。最初は面白動画などがアップされていましたが、初音ミクのソフトがリリースされると、彼らがこれを使ってアニメや歌謡曲のカバーソングを歌わせてアップするようになりました。そういうアマチュアを中心としたクリエイターたちが次第にニコニコ動画に結集してきました。
 それまでヴァーチャル・シンガーに歌を歌わせるソフトがなかったので、いつか歌手に歌ってもらいたいとメロディーや歌詞をつくったまま寝かせておいた人たちが、「ニコニコ動画で、初音ミクに歌を歌わせると話題になるらしい、じゃあ発表しようか」と作品をアップしてくださいました。なので、ユーザーはとても幅広かったと思います。
 ご存知ない方のために、初音ミクの動画のつくり方を簡単に説明すると、ソフトを使ってマウスで音符や歌詞を打ち込みます。それでミクのボーカルのデータができるのですが、その音源データを書き出して、音楽制作ソフト(DTMソフト)(*4)に読み込み、カラオケや自作曲と合わせます。これで楽曲ができます。そこに静止画や動画を付けてMP4やFlashといった動画フォーマットに書き出すと、ニコ動やYouTubeにアップロードできるようになります。
 初音ミクは、ヤマハが開発した「ボーカロイド(VOCALOID)」という音声合成技術を採用し、クリプトンが初音ミクのイラストや声、名前などをデザインして、ヤマハと共同制作したソフトとして販売しています。ちなみにヤマハとは、2000年代初めからボーカロイドの前身である「DAISY」というソフトのテストも一緒にやっていましたが、音声合成技術だけでは一般に普及しないという課題がありました。そこで、声に身体を与え、キャラクターをつくることで使ってもらいやすくなるのではと考えたわけです。

──ウェブアニメをつくったり、2ちゃんねるなどで遊んでいたような人と、音楽活動をしている人はあまりイメージが重なりません。
 初音ミクのユーザーになったのは楽器を演奏するミュージシャンというより、携帯の着信音などをMIDIで制作していたようなプログラミング側の人たちです。彼らと普通に音楽活動をやっているような人たちがどことなく繋がっていて、初音ミクがミュージシャンに広がっていきました。それと、ユーザーには引き籠もりの人たちも多かったです。たまたまネットを見ていてミクと出会い、ソフトで遊ぶようになったという感じです。また、アルバイトをしながらSMAPとかハロプロとかのコンペに曲を応募しているような職業ミュージシャン志望の方々や、音楽業界にはいるけど自分の名前を表に出して仕事をしていないような人たちが力試しをするケースも多かったように思います。


佐々木渉と初音ミクのキャラクター

──佐々木さんはいつクリプトンに入社されたのですか。

 初音ミクが発売される2年前の2005年です。僕はエレクトロニカとかサンプリングコラージュのようなことが好きだったので、高校生の頃には友達とクリプトンに音源を購入するために何度か行っていました。その友達がクリプトンで10年近くアルバイトをしていたので、僕も手伝いをするようになりました。
 昔からアバンギャルドなものが好きで、10代後半で、クリストフ・シャルル(*5)が音源を付けて、枇杷系(*6)のダンサーの天野由起子とアンドロイド人形がセッションするようなコンテンポラリーダンスも見ていました。いわゆるサウンドアートというか、サウンドテクノロジーみたいなものに興味がありました。ボーカロイドにはポンペウ・ファブラ大学で研究されていた音声技術が使われていますが、業界として現代音楽の電子的な手法をたくさん生み出したフランスの音響研究所のINAGRMやIRCAMなどと繋がっている。こうしたサウンドアートは、遡ればクセナキスなどの現代音楽や電子音楽の思想に連なるものです。自分としては、ミュージシャンライクな音楽の楽しみ方よりもこうした方面への興味が先にあったので、ボーカロイドや初音ミクについてもひとつの現象として捉えて、客観的に見ているところがあります。こういう分析的な態度は創業者の伊藤博之(クリプトン・フューチャー・メディア代表取締役)と僕の共通点です。

──クリプトン自体が、そもそも音源の会社だということを考えると、しっくりくるところはありますね。音自体に対しての分析欲とか、知的探究心みたいなものが非常に高い感じがあります。
 そうだったと思います。当時、同世代でシンセサイザーが好きなら小室哲哉や坂本龍一に代表されるソニーミュージックやエイベックスのポップスが好きだったと思いますが、僕は音楽というものの範囲や極端な可能性にも興味がありました。それで、平行してデヴィッド・チューダーやダムタイプに参加していた池田亮司を聴いていました。古くはAACMやフルクサス、90年代のダムタイプのようなクリエイターが集まって創作するという、今で言うところのライゾマティックスやチームラボのようなあり方を興味深く感じていました。

──ボーカロイドの仕事にはどういった経緯で携わることになったのですか。
 当初、担当部署があったわけでもなく、誰もやり手がいなかった。それならとりあえず、僕にやらせてくださいと手を上げました。なので、割と好きにつくらせてもらいました。

──それで初音ミクというキャラクターが生まれるわけですが、なぜああいったキャラクターになったのでしょうか。
 ボーカロイドをつくるためには、人間の声を録ってきて、ツギハギしてはめ込むという作業が必要です。「死んだ人間」と言ったら変ですが、元は人間であったものを剥がしてくる。インスタントのカップラーメンじゃないけど、生身とは違う、乾燥物のような、それ自体では人の声や人の感情とは捉えられないような簡素なものにして、それをもう1回お湯で戻すみたいな作業をしなければならない。そういったものをどういうイメージで打ち出していけばいいんだろう、というのが前提にありました。
 僕らが初音ミクを出す前、イギリスとか海外の英語圏のメーカーも音声合成技術を使ったキャラクターをつくっていました。しかし、彼らのモチーフはフランケンシュタインのような方向性でした。僕は人型のキャラにすべきだけど、そういうホラーなものとして捉えるのは違うと思っていました。でも、本物の人間にするのは難しい。その辺をうやむやにして、擬人化したものにできないかと考えました。
 初音ミクの甲高い声とかはFM音源(*7)のシンセサイザーをオマージュしたところがあります。肌が白くて華奢な身体のニュアンスに関しては、何といいますか、一部の舞踏家のように生気の薄い白い人間にすることで、生きているか死んでいるかわからない境界線の部分が表現できるのではないかと思いました。幽霊とかフランケンシュタインみたいな方向にはせずに、生気の少ない肌の色が薄いフワッとした女の子、死にかけている、もしくは死にたてみたいなニュアンスにしたかった。そういう感じであれば、人間って愛せるじゃないですか。それに、生死の境を彷徨っているというシチュエーションだったら、人間は執着できると思いました。ユーザーが初音ミクのソフトを買ってきて打ち込み始めた時、「人間の声の継ぎ接ぎだな」と思うか、「あ、これはこれで歌える存在なんだな」と思うかの曖昧な境目にユーザーの意識をもっていきたかった。
 他に参考にしたのは、ATLAS社のゲーム「ペルソナ3」に出てきたアイギスだとか、「ファイブスター物語(英語名:The Five Star Stories)」というマンガに出てくるみたいなアンドロイド。割と華奢な存在を参考することが多かったです。それと、胸が大きくてロリータっぽい、記号と母性的なものをごちゃ混ぜにしたような二次元のキャラクターが苦手なほうなので、そことはちょっと違う表現にしたかった。もうちょっと意識の方向が定められていなくて、呆けた女の子みたいなものをセッティングしたいと思っていました。

──佐々木さんの好きな舞踏に例えると、大駱駝艦のような祝祭的で原始的な身体に向かう暗黒舞踏ではなくて、笠井叡や枇杷系の山田せつ子のような即興舞踏の身体にしたかったということですか。
 そうです。コンテンポラリーダンスに例えるなら、ミクはラ・ラ・ラ・ヒューマンステップスのように強靭な身体でパワフルに踊ることは絶対できない。佇まいだけで、声の雰囲気だけで勝負することしかできないんです。スティーブ・ライヒで踊るような、無機的な繰り返しのシーケンスには強いのですが、人間の感情的な歌声の表現力に対しては相当弱い。だから、サブカルっぽい記号を入れているふりをして、本来的な「歌心」「感情表現」みたいな方向を意図的にはずしたみたいな感じになっています。今思うと、趣味がアンダーグラウンド過ぎて、感覚がおかしくなっていたかもと思いますけど(笑)。

──声のイメージについてはいかがですか。
 ノンビブラートで歌うような、例えば日本人アーティストで言えば、憧れと、反面教師的な両面の意味も含めて原田知世さんみたいな方向にすべきだというのはありました。特にボカロの声でビブラートをかけるのは違和感があると思っていたので、R&Bや演歌のようにビブラートがないとまとまらないような肉感的イメージと離したかった。当時、自分が好きだった音楽家の竹村延和さんの楽曲を歌っていたkikuさんや、ロバート・ワイアットに繋がるような無垢なニュアンスの、自己主張というよりもうちょっと牧歌的イメージが初音ミクに合うだろうと思っていました。


ボーカロイドのリアルを支える疾患感

──初期の代表作に『初音ミクの消失』(作:cosMo@暴走P)がありますが、端的にいえばああいう感じの表現がミクに合っているということなのでしょうか。

 あの曲は、高い声で十六分音符を連打するような、技巧的にはある意味スポーティにボカロらしい表現を追求しているものだと個人的に思います。高い声の話をし始めると長くなりますが、90年代のポップスの中で小室哲哉さんらが女性シンガーのハイトーンの魅力をどんどん引き出していったわけですが、歌手が歌うのは辛い側面もある。でもミクは高い声が得意で、低い声が苦手で、下げすぎると気持ち悪くなる。高い声だと同時に人間っぽさも抜けて、ある種楽器のようになってミクらしく個性的に聴こえる部分があると思ってます。

──その後、ヴァーチャル・シンガーとして、鏡音リン、鏡音レン、巡音ルカをリリースしています。初音ミクとはどのような棲み分けになっているのでしょうか。
 ミクとほぼ平行してリン、レンもつくっていたのですが、実感としては声質は違えど、どれも同じような方向性の歌い方になってしまうと感じていました。ですから、楽器としての違いを打ち出したというより、主にはキャラクターの違いになります。リン、レンは男女のペア、ルカはバイリンガルという属性に思いっきり振ったので、ファンの方々の印象はある程度差別化できましたが、実は危ないところでした。もし、最初からボーカロイドの特性として声の方向性がひとつだとわかっていたら、このように企画していたかどうかわかりません。
 ボカロの高すぎたり低すぎたりする声はちょっと疾患を思わせる声だなあと思っています。それは、批判ではなく、舞踏やコンテンポラリーダンスが表現している“人間が普段は隠している個人個人の異様なフェティシズムや疾患感”みたいなものと似ていて、とてもプライベートなものもさらけ出している感じ。ミクが受け入れられているのは、その己をさらけ出さざるをえない存在として魅力的だからで、その有様に共感してくれる人がファンとして一定数いるのではないかと思っています。

──その疾患感ということに関連しているのかもしれませんが、みなさん動画で歌詞をすごく大きく画面で表現しています。しかもその歌詞が、カンザキイオリの『命に嫌われている。』のように、饒舌で精神的に追い込まれているようなものが多いと思います。J-POPとは全く違います。
 表現が何に縛られているか、という問題だと思います。例えば普通の歌手であれば、活動を継続したい、自分の歌を広めたい、有名になりたいみたいな自己実現に縛られている。そうして成功した体験をしている人には共通の雰囲気、匂いがあります。しかし、現実に引き籠もっていたり、現実のどうしようもない理不尽を体感したりしていて、今の世の中みたいなものに対して異議を持っている子たちからしてみると、裏で何やってるかわからない成功者には簡単に共感しませんよ、と。そういう成功の外側にある種の声を放つ人形であるミクやボーカロイドの歌がある。人間らしい欲求に縛られているところがボーカロイドにはないので、そういったところで儚い歌を歌ったり、弱い意識の中での感情の揺らぎを表現する歌ができる。そういう人間の向こう側の歌みたいなものが若い子には響いているように見えます。それは現象として当たり前のことで、水が高い所から低い所に流れていくみたいな感じでしかないと思います。
 とにかく社会的なフレームの外側のところにボーカロイドはコミットしやすいし、望むなら商業主義とも無関係なところで自分たちの音楽を楽しめる。自分が若い頃に出会ったアンチポップスとしてのアバンギャルドやノイズミュージックみたいなものと近いような気がします。ノイズミュージックにはアウトサイダー感がありましたが、こちら側から言わせてもらうと、トレンディドラマに踊らされ、手短な恋愛しながらドリカムを聴くより、政治も恋愛ゲームも信じられないなとか愚痴りながらノイズを聴いているほうが自分にとっては理想的な現実感だったのだと思います。リアルな音楽を聴きたいという欲求を持ち、極端にそういったものに向かう現象があるからこそ、音楽自体も進化してきたわけです。僕の居場所はそちら側にありますし、そういう感覚を求めていくこと自体が好きですし、僕の理想像の本質もそこにあります。

──現代社会の生理からオルタナティブが必然として出てきていると。
 そうですね。高度経済成長時代の建物がどんどん廃墟になり、世代交代できない田舎が増え、今まで信じていたものがじわじわと崩れていっている時に、儲けましょう、盛り上がりましょう、そういうハッピーな気持ちを共有しましょう、みたいなタイプの商業作品では覆い隠せない現実が出てきているのだと思います。そういう意味で、今、日本だけじゃなく、世界がオルタナティブな方向に向かっているのではないでしょうか。既にミレニアム世代の独自の音楽は増えてきていますが、新しい意識がどんどん起こり、今まで聴いたことのない音楽が20年後には存在するようになる。ボーカロイドは、この時代の楽器としてもっと有用されるようになってほしい。。
 現にボーカロイドを好きだとコミットしてくれる海外のアーティストたちは、非常に先鋭的で、性同一性障害を音楽に昇華させている人も多いんです。そういったことも含めて、ネットありきで繋がっていく音楽はリアルだなと思います。現実の自分の写真を共有するような、今自分たちが自覚している現実に対してリアルなのではなく、音も機械的に整えられていて、声のピッチも操作されていて、シンセサイザーと生音の区別がつかなくなっていっている世界で、フルデジタルなバーチャルリアリティに近いという意味でリアルなんです。この意識においては、上の世代の人たちでは感じ取りにくかったフィールドがネットで広がっていくと思います。
 ネットには一般的なものの見方ではない切り口がさまざまにあって、子どもたちはタブレットをずっとスワイプし、そういうものと出会っていく。それが地域や日常から抜け出す機会をつくっていると思うし、ミクはそちら側にいると思います。

──そういうネット、スワイプひとつで瞬間移動できる世界でミクは生まれ育ったのに、現実世界でライブ活動を始めます。
 ミクのライブ(*8)は、初音ミクのゲームを製作したセガ(*9)をはじめとした多くの企業のからの要請もありました。ミクをわかりやすく召喚したようなライブを行ったことにより、ミクを説明しやすくなりましたし、ショービジネスの流れが見えるようになり、ボーカロイドを続けていく拠り所みたいなものができました。セガのゲーム同様、発表の場を発表する場のような側面もありましたしね。
 ミクのライブが盛り上がってきた当初は、これをちゃんとやらなくちゃいけない、自分がやらなくちゃ、というライブ関係者の思いが強くて、シリアスな感じがありました。(ミクは)ここに居ないけれども、(みんなは)ここに居る、という現象を伝えるにはこうしなければいけないとか、このネットでヒットソングをつくっている作家たちが本来主役なんだから、作家たちともっとコミュニケーションする必要があるとか。ヴァーチャルとリアルの境目を取り扱うことに当てられた人が結構いて、そういう人たちの色んな気持ちを走馬灯のように浴びせられて熱くなっていました。
 ネットの人気作家を盛り上げていくフローの中でも、ニコ動にアップしたらブワーッと人の気持ちがコメントになって流れてくるわけです。感動しました、生きる意欲が湧きましたなどなど。中には海外の人も小さな子どももいる。そういう良い意味でのプレッシャー、ネットの世界の喧噪に当てられて、新しい感覚、充実感や生きている心地をそこで得た人もいれば、誹謗中傷に晒された人もいる。5年ぐらい前はそういう様々な人の感情がクロスオーバーしていて、なかなかすごい状況でした。

──ブームという現象の功罪ということでしょうか。
 例えば曲の再生数などは作家さんにとってもファンにとっても多くの人が気にしている印象です。作品の内容やファンの感動の熱量は必ずしも再生数と結びついているわけではないのですが、ついつい再生数を指針にしてしまう。しかし、再生数という次元だけで見るとヒットを出し続けている人はなかなかいない。そういう意味では再生数が下がったのがキッカケでアップロードから遠ざかるような体験をされている方も多い。これには非常に気持ちのやり場がないところがあります。
 ある時期、すごいヒット曲、例えば『千本桜」や『カゲロウプロジェクト』のような作品が出ればミクやボーカロイドの印象はそちらに引っ張られる。でもそれが象徴になるというより、ヒット曲毎に要素が分析され、要素が細分化されることが繰り返されているように思います。
 ニコ動の勢いが失われてきた中で、ミクのブームもひと段落感があって、初音ミクは終わったとか死んだとか言われたりもしましたが、確かに前後の時間と比較するとそうだなとも思います。でも僕にとってのミクは、様々なものにランダムアクセスしてグチャグチャな時系列になっていると思うので、極端な話、新しくも古くもなっていない。より手軽で当たり前のものになっているところもある。ネットの作品は勿論、商業的なライブまで、ファンやリスナー、ユーザーからごく自然に出てきている需要に支えられて続いている印象です。先ほどの『命に嫌われている。』のように、ライブ向きではない、より内向的でそれぞれがひっそり受け止めるみたいな曲も、当たり前のように求められ許容されているのが素晴らしい。ミクは終わったわけではなく、そういう多岐にわたるものになってきているだけだと思っています。


ライブでのコラボレーション

──ミクはライブで鼓童、N響、冨田勲、渋谷慶一、超歌舞伎など色々なコラボレーションを行っています。佐々木さんがこのステージは自分でやろうと思って仕切ったものはありますか。

 今挙げられた中には僕が企画したものはありません。ある時期まで、ミクの音楽イコール、ニコニコ動画の音楽でしたし、他のカテゴリーと接点を持つことは新しい力が働かないとできない。今挙げられたもの以外でも、プランナー的な顔をもっているサエキけんぞうさんやトベタ・バジュンさんなど、戦略的にミクを使ってくださった人はいらっしゃいましたが、我々が主導するという関わり方は考えられなかった時期の出来事です。近年では、アメリカのヒップホップユニット「アウトキャスト」のビックボーイや、ローレル・ヘイローというイギリスの新世代のサウンド・アーティストが使ってくれています。そういう複雑化してきているアーティステックな需要にはもっと応えられるようになっていきたいし、そのためにはどういう機械音声だったら喜ばれるか、みたいなことは常に意識しています。ちなみに、冨田勲さんとの企画の延長線上で、冨田さんが亡くなられた後に始まったコラボ(冨田さんの楽曲をジャズピアニストの佐藤允彦さんとミクでカバー)(*10)もあります。こちらは、冨田さんとの一連の企画のひとつとしてCDをつくることになっていて、僕のほうで落とし所を調整し、ファンだった佐藤允彦さんにお力添えをいただくという珍しい流れでつくられたものです。
 初音ミクは今まで、その新規性やネットの音楽という属性が買われて、様々なアーティストからお声がけいただいていましたが、10年経ってVtuberのようなバーチャルキャラクターがどんどん増えてきました。風向きが段々と変化している中で、ミュージシャンとリアルタイムなセッションができるなど、より現実の時間とコミットメントするような展開を増やさないといけないと感じます。新しい課題ですね。


サウンド・メイキングの作業

──中には、クラシックとか、必ずしもミクが得意でない楽曲を歌わなければならないコラボもあります。

 それを合わせる作業は必要に応じて僕がやっています。民謡だったら民謡のボーカルがあって、それを時間軸方向と周波数軸方向に分析したり、声と息の成分に分析してミクに転写する。つまり、人の声をベースに、人の音の揺れみたいなものをミクの音に置き換えるような作業をします。現象として出てきている音をバラバラに分解して、人とミクの音の一部を差し替えたり、繋ぎ替えたりする。これをバランスとかいろいろ変えながら試します。今、「新幹線変形ロボ シンカリオン」というアニメとのタイアップ用の音声をつくっているのですが、ミクの音源である元の声優の声とミクの声をバラバラにして合成というか、再配置するみたいなことをしています。

──ミクの音源になった藤田咲さんの声をそのまま使えないということですか。
 厳密に言うと、人がミクの声を再現することはできません。本当にやろうとすると、息継ぎなど多くの問題が出てきてしまいます。声優である藤田さんのある表情というか、声の成分を固定化したものが初音ミクですが、ボーカロイドになるプロセスの中でいろいろな成分が抜け落ちていて、同じではないのです。今行っている作業は、改めてミクと幾つかの声優の声の成分を重ねて、部分部分で同一化したり、ミク側に振ったり、人側に振ったりしてバランスをとる。そうしてミクと人間の中間値をつくる、みたいな感じです。
 こういう合成作業は、3人分を組み合わせたり、4人分を組み合わせたり、やりたいようにできる。声をバラバラにして精査するみたいな作業です。音の要素だけでなく、言葉なのでその意味性を残すことも考えます。深い悲しみと深い怒りを合わせて歌う歌手のような作業をデジタル上でやっている感じです。作業の過程で感情成分のために演技をしてもらったり、歌を歌ってもらったしている人たちとの作業は、我ながらかなりアバンギャルドだと感じます。

──佐々木さんのやられていることは、デジタル上での創作なので、そのまま発信できますし、アーカイブできますし、再現もできます。
 YouTubeの時代になって、音楽をつくる工程そのものを丸ごとYouTubeに上げる人たちが増えています。アップされたプロセス自体を選び取って、ユーザーがAIとか半自動で機械がやってくれる作業みたいなものを組み合せ、さらに自分のイマジネーションを入れて創作する。そういったことが増えてくると思います。
 私の作業自体は、今まで「人間の感情表現」というような抽象的な言葉の中に一緒くたにされていた様々な表現要素、それを解体して、別の方向に拡張していくことだと思っています。そうすると、これまでは訓練しれなければ身に付かなかった歌唱表現を後追いしなくても、全く別の方向から歌声をインパクトのあるものにできるかもしれませんし、デジタル上の音楽制作の作業が一種のデザイン的な扱いになっていく。そこには良い面も悪い面もあるとは思いますが、自由度を広げることで、過去の人間が取り決めた表現のルールというのを飛び越えて、新しい表現が出てくるほうが風通しも良く、新しい制作者たちも気持ちが良いのではないかと思っています。
 とにかく、自分がやりたいことを、訓練に余り時間をかけずに、知ったり、つくったりできるようになりたい──そうした想いの最果てみたいなものが、そう遠くないうちにやって来るのではないか。その時には、ボーカロイドみたいなものや新しいテクノロジーを用いた楽器が先導していくことになると思います。
 そうなると、クリエイター側に人とは違うものの見方や感覚がどれだけあるか、今まで何をして何を思ってきたのかという人間的な個性や、感覚のセンシティブさが結構重要になってくる。“深み”“切実さ”みたいなものですね。20年後、ボーカロイドができる歌声の表現の幅に対して、人間が物理的にできることはむしろ狭く感じられるような時代が来たとき、人間は、深みをもって、よりエキセントリックな表現、機械との合成を含む幅広い表現をやって戦っていかなければならなくなります。

──音も声も、結局、空気の振動波です。そうした物理的な現象と人間の側の認知とがクロスする時代になっているのに、両者の関係性はまともに研究されていない気がします。
 今後、振動、それ自体を多層的な現象として分析して要素として扱えるようにするテクノロジー、ソフトウェアが必要になります。それはまだ世の中に存在しませんが、できてくるのは間違いない。そう考えると、今は音楽にとってやはり過渡的な状況であり、これからまだまだ変わっていくんだろうなと。やっとテクノロジーが一般の人にも扱えるように安価になり、いろいろな動きが出てきたわけで、真っ当な未来に向かっていると思います。

──身体性とテクノロジーについてはどう考えていますか。
 1994年にウィリアム・フォーサイスが彼の身体言語を学ぶための「インプロビゼーション・テクノロジーズ」(*11)を電子媒体でリリースしました。14年後、「MikuMikuDance(MMD)」(*12)というミクを踊らせるフリーのCGソフトが出てきた時、フォーサイスがやりたかったことが今こういう形で実現し、CGキャラクターを愛でるために使われていると思うと、狂おしかったです。当時はそういうアーティストとナードの理想みたいなものにギャップを感じていましたが、現在はそこのギャップが崩れて渾然一体となり、若い子も気にしなくなっているように思います。

──サウンドアートの狭い世界と、今やメジャーとなった初音ミクが同じ円の中にある。サウンドアートはマニアックな前衛の世界だったのが、初音ミクという大きな円の中に含まれることで、数多くの人々とクロスするようになった。これは大きな動きだと思います。加えて、創作する上で前提となっていた人間関係もデジタルによってクリアされた。
 小難しいアートと初音ミクは無関係な印象であるわけですが、内実としては無理なく近づいていると思います。音楽、ダンス、パフォーミングアーツをやろうとすると、人間関係に費やすパワーが創作に向けるパワーをスポイルすることもあったと思います。周囲との関係を切って没頭する、あるいはトレンドを意識しないで信じているものをストイックに探求するという方向に向きやすいという点では、デジタルによって生身の人間関係をクリアしたのは、ある意味アリだと思います。が、同時にナシですよね(笑)。当然、それでいいのか、みたいなことはありますから。
 僕らの世代は、実のところサウンドアートとかアバンギャルドなパフォーミングアーツの世界のような、もはや少数派のコミュニティを保持するのはかなり難しくなっています。ボーカロイドの始祖とも言えるボコーダー(*13)はベル研究所で生まれ、戦時中の暗号通信などに使われてきたわけですが、そういった特殊な需要や、それを取り巻く国立研究所や、結びつく先の現代音楽の需要もなくなってきている。でもそこから剥け落ちたアバンギャルドな表現はボーカロイドのようなデジタルネイティブなシーンに取り込まれていって、変化していくだけ。むしろアプリケーション用の多様なサウンドトラックや、広義なアンビエント音楽(環境音楽。ブライアン・イーノが提唱した音楽ジャンル)はどんどん増え、形態がどんどんデジタルになっているということだと思います。

──ちなみに佐々木さんはずっと札幌在住だったと思いますが、どういう文化的な体験をして今に至っているのですか。
 北方舞踏派という舞踏集団があり、そこのメンバーだった人たちが東京から小樽や札幌に移り、自分が若い頃は何名か活動を継続されていました。どうしてそんなところに行ったのかわからないのですが(笑)、学生時代からそうした人たちのたまり場に通っていて、舞踏と出合った感じです。自分の居場所に違和感があったから、どこか共感するものがあったのだと思います。そこから始まって、伊藤キムと輝く未来とか、Noismみたいなコンテンポラリーもみましたし、ニブロールとか発条トとか、本当に何も理解できないのが凄いって思いました。今思うと酷い興味の持ち方ですね(笑)。
 後、ストイックなテクノやヒップホップみたいなものが好きな人たちが集まるクラブのようなものも札幌には結構あって。そういうのが自分の中では非日常的なものとして入りやすかったこともあり、ジャンキーのようにミニマル・ミュージックを聴くために通っている人たちと一緒に聴いていました。こういう音楽もあるんだとか、このミニマルなものを夜通し何時間もぶっ続けで聴いてうれしそうにしている人たちがいるとか。これは一体何だろう?とか(笑)。

──普通なら舞踏のコミュニティに縛られるところだと思いますが、幅広くマニアックですね(笑)。
 基本的に所属には向いていないんだと思いますが、ただの理屈っぽい嫌な子どもだったと自覚しています(笑)。全体から見れば舞踏もほかのものも独自な表現を掲げるものは弱い立場であり、弱いものがどうするかが命題だと思ったところがあります。かといってアートスペースみたいなところに寄り添っているのもある意味すごく歪なことだと思っていました。そのときにネットによって変わる可能性のようなものも感じていた。ネットにいろいろなものが順応しようとしましたが、パフォーミングアーツとかアバンギャルドとかは、対ネットという意味においては一歩遅れている。僕は元々そちら側が好きだったので、オタクの人たちがつくったデジタルなプログラムやある種のアルゴリズムみたいなものも、最終的にアバンギャルドとかマイノリティの人たちも利用できるような形として繋がっていくのだろうなと思っています。

──初音ミクは、ニコ動という舞台があって一気にブームになったわけですが、将来像についてどう思われていますか。
 僕は今38歳ですが、誰かに引き継いでいきたいという気持ちは明確にあります。自分が今いろいろ動くことによって、その輪の中に僕よりももっと面倒臭い人たちが集まってきて、僕が理解できないような感覚的なことを言う連中に、少しずつバトンを渡していければいいのかなと。デジタルネイティブ以降の子たちは、数学的なものやテクノロジー的なものを許容する感覚が変わってきていると思うので、身体的な能力ではないですけれど、自分よりもある種の能力に優れた後発の子たちに渡して、ドラスティックに変わっていけるといいのかなと思います。
 ニコ動について言うと、もともとゲイ・コミュニティや性的マイノリティも集まる場所だったわけで、そういうマイノリティが集まるところとしてミクが寄り添っていければと思っています。そういう意味だと、昔のロフトジャズや、ハウスミュージックとも一緒です。詰まるところ、僕のマイノリティ志向とは関係なく、マイノリティよりのものを意識し続けること自体が重要だということ。そういうことのできるボカロ系のクリエイターと部分的に協業もしています。アバンギャルドなことをやりながら、ポップな表現に落とし込みたいみたいなことがありますね。

──アバンギャルドとポップがクロスしていくイメージがある、ということですよね。
 例えば日本で今一番勢いのあるアーティストの米津玄師(*14)さんも、初音ミクで作品をリリースしていた頃、『結ンデ開イテ羅刹ト骸』のような暗黒舞踏真っ青のキレたダークな曲を出しています。ミク最大のヒット曲の『千本桜』(*15)だって、皮肉が効いた、大正時代のアンダーグラウンド感みたいな匂いもあります。どちらもJ-POPではありえない領域で大ヒットしていて、ミクは特にそういうオルタナティブなタイプの楽曲も広げやすいんだと思います。

──ミクと舞台芸術がコラボする将来像については、どのように考えていますか。
 舞台系は本当にやれるようになりたいと思っていて、ミクを舞台で扱うということにどういう可能性があり得るか、今、考えている最中です。そのためにも、低価格でミクのライブができるようにしなければいけない。今だと真っ向から1回ライブをやると4桁万円はかかります。それも過去にやったライブのレパートリーなどの資産を使っての金額です。それを本当は数十万、それは無理でもせめて300万円以下にできないと需要に応じて使えない。CG、モーション、歌と動きをシンクロさせるシステム、オペレーター込みでどこまで落とせるか、取り組んでいるところです。そうすれば、舞台の人からの誘いにも対応できるようになりますから。
 実際にミクを現場で間近で見たら、見え方が変わるということもあると思いますし。人間って自分に近い存在に対して、思い込みの力でケガしちゃったりするから、ミクを至近距離で人間が受け止めると身構えたりもして面白いと思います。
 今のミクのビジネス的な根幹であるソーシャルゲームやマーチャンダイジングで生まれるお金やマンパワーを逆の方法に投資して、ミクの影の部分を広げてあげたい、濃くしてあげたいんです。そうすればネットクリエイターによるライブやインスタレーションも変わってくるのかもしれませんし。僕の一番の関心はそこにあります。

──低価格化が実現して、アンダーグラウンドなライブにミクが出演したり、街角に立っていたりするようになると、また新たなカオスが生まれ、弱者の世界が広がるような気がします。今日は大変興味深いお話をどうもありがとうございました。
 
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