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Latest Trends by Genre: HÔgaku: Traditional Japanese Music
変革期に突入した現代邦楽─奈良部和美(ジャーナリスト)
邦楽の義務教育化など激変する環境

 時代に呼応するように教育行政も変わっていった。1998年、文部省(現文部科学省)は学習指導要領を改訂し、2002年度から中学校の音楽の授業で和楽器を教えることを義務付けるとともに、小学校でも日本の音楽、和楽器を積極的に教材に使うことを指導目標に掲げたのである。音楽教師になるためには、日本の伝統的歌唱と和楽器を大学で必修科目として履修することが求められるようになった。130年ぶりといわれる音楽教育方針の大転換に、専ら西洋クラシックを学び、教えてきた教育現場は意識を改革して対応しようと必死になっているが、変化に追いつかないのが現状だ。

 変化にいち早く反応したのは楽器業界である。ヤマハなどの大手企業も参入し、新しい楽器の開発が盛んに行われた。伝統工芸ともいえる和楽器は非常に高価であり、自然素材で作られていて、補修も容易ではない。加えて、製作者は零細な企業が多く、学校の需要を満たす規模ではない。そこで、安く、手入れが楽で、大量に提供できる楽器の開発が必要となり、新和楽器とも呼べるさまざまな楽器が開発された。

 太鼓は、大木をくり抜いた胴に動物の革を張った何百万円もするものではなく、間伐材を張り合わせた胴にプラスティックを張って価格を下げ、箏は楽器の長さを3分の2に小型化して扱いやすくし、素材も高価な桐ではなく圧縮合板を用いた。邦楽は習いたいが高価な楽器に二の足を踏んでいた人々にも使ってもらい、愛好者人口を増やす狙いもあった。

 一方、より豊かな音を目指す演奏家の欲求を満たすための楽器の開発はそれ以前から行われており、1990年に開発されたエレクトリック三味線「夢絃21」はその代表といえるもの。この楽器の登場によって、三味線は大音量のドラムスやシンセサイザーとの共演が可能になり、若手演奏家の活動の場が一気に広がった。

流派の壁を越えた活動が活発化

 邦楽は長く、芸風を伝える核となる「家元」を中心に、弟子たちによる「流派」によって伝えられてきた。無形の文化を変わらぬ形で伝承する手段として有効だったが、そのために同じ楽器でも流派が違えば楽譜の記譜法も違い、他流の演奏家と演奏できない制約もある。ひとくくりに古典曲といっても、流派により演奏できない曲があるなど、こうした家元制度は、邦楽の音楽的発展を阻む要因のひとつにもなっていた。

 しかし、現在、若手演奏家の台頭とともに流派の壁を超える動きが活発になっている。象徴的な出来事が21世紀に入って尺八界で起こった。虚無僧寺で伝承されてきた琴古流の本曲(独奏曲)は琴古流が最も尊重する曲であり、他流の演奏は許されなかった。しかし、虚無僧尺八は演奏家が一度は演奏したい曲。精神性を追求する奥深い曲想に憧れて尺八を始めた人も多く、流派は違うが演奏したいとの希望が絶えず、ついに都山流が琴古流の演奏家を講師に招いて、勉強会を開いた。

 若手の活躍、邦楽専門のライブハウスの誕生、伝統楽器と伝統的発声を主体にした作品を対象にした「国立劇場作曲コンクール」の開催など、1990年代の邦楽界は「疾風怒濤の時代」といえる変化が起きたが、その変化も2005年あたりから終息した。邦楽専門ライブハウスは消え、国立劇場の作曲コンクールもなくなった。新たな若手演奏家の台頭もない。ブームが去り、邦楽と洋楽の垣根が低くなり、邦楽が洋楽と同じように聴かれる「音楽」に溶け込んだといえる側面もある。が、マスコミと大衆の興味は古典の世界にまでは届いていない。関心が高まったといっても、箏や尺八でビートルズやロックを演奏することが注目される段階であり、楽器を習う愛好家は箏も尺八も減少している。「古典こそ面白い」と尺八奏者の山本邦山は言うのだが、現代曲は巧みでも古典の弾けない演奏家も現れている。新しい動きの実体は、欧米音楽とのミックスに留まっているというのが現実であり、伝統に立脚し、現代を表現する邦楽の模索はまだまだ道半ばである。

 最後に、海外でも人気の高い和太鼓に触れよう。技術が習得しやすく、子どもから大人まで集団で楽しめる和太鼓の人気は高い。地域活性化の手段として町が率先して太鼓集団を結成するところも多く、アマチュアからプロまで、演奏グループは把握できないほど多数にのぼっている。第二次大戦後に、祭りなど地域の芸能の中から生まれたこれらの創作太鼓は“現代の民俗芸能”といえるものだが、パフォーマンスに偏った画一的なものも多く、音楽として鑑賞に堪えるプロは少ない。ソロ演奏家の領域を開いた林英哲が芸術性を追求した音楽と洗練された舞台構成で、アーティストとしてはず抜けた存在だ。グループとしては林の出身母体でもあり、多くの太鼓奏者を輩出している鼓童、林に続く世代ではヒダノ修一レナード衛藤東京打撃団の活躍が目を引く。
 
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