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Finnish Dance Today
フィンランドのダンスの現在

フィンランドのダンスの特徴

〈コラボレーション〉
フィンランドでは、さまざまな他ジャンルのアーティストとのコラボレーションが活発で、とりわけメディア・アーティストや照明家などとのコラボレーションが盛んだ。個人的な印象だが、フィンランドのダンスには照明デザイン的に美しいものが多く、繊細な表情を持つ照明美術の発展は、夏は白夜で白く輝き、冬は闇が圧倒的に支配して、極北ではオーロラも観察されるというフィンランドの風土が持つドラマティックな側面と無縁ではないような気がする。

ミキ・クント(Mikki Kunttu)
フィンランドを代表する照明デザイナー。冒頭で紹介したサーリネンの作品では、ミキ・クントの自然光を模した照明が、禁欲的な生活を通して宗教的な高みへと至ろうとする精神性をテーマとする作品の世界を抽象化するのに貢献した。

マリア・リウリア(Marita Liulia)
マルチメディア・アーティスト。ストラヴィンスキーの音楽『春の祭典』をモチーフにしたソロ『Hunt』では、無音から音楽とともに身体が弾け出し、終盤、マリア・リウリアの映像が肉体に照射され、映像と身体が溶け合い、存在の多重性を浮かび上がらせる。情報化時代の身体を視覚的に表現して秀逸だった。

キンモ・コスケラ(Kimmo Koskela)
映像作家。気鋭の振付家アリヤ・ラーティカイネン(Arja Raatikainen)の代表作『Opal-D』ではラーティカイネンのシンプルな振付にキンモ・コスケラの東京を映した美しく活気のある映像が絶妙のコントラストを生んだ。

〈舞踏の与えた影響〉
また、フィンランドのダンス界では、舞踏への関心が高く、舞踏を学んだり、その影響を受けた振付家やダンサーが多いのも特徴となっている。その背景には、自然と融和する伸びやかな自然観や、国民の大半を占めるフィン人の源流が遠く辿ればアジアともつながるという身体感があるのではないかと思われる。
たとえば、ヌードに対する感覚や姿勢は、フィンランド人の暮らしに溶け込んだサウナ文化とも関係がありそうだ。それは、ヨーロッパのほかの国、隣国スウェーデンのそれともまったく異なっている。裸は、フィンランド人にとっては、性を禁忌するタブーでも、逆にユートピア的な身体の解放でもなく、日常のなかを生きる極めて自然な存在のありようなのである。その意味で、肉体の真実や生の暗部を見つめ、病や死もダンス表現のなかに包含しようとする舞踏への関心が深いのも頷ける。
フィンランドでは、クオピオ・ダンス・フェスティバルの芸術監督を93年から98年の期間つとめたアジア芸術の研究家、ユッカ・ミエッティネン(Jukka Miettinen)がいち早く舞踏に注目し、カルロッタ池田と室伏鴻、大野一雄、山海塾、古川あんずなどを意欲的に紹介した。これを契機に、第一線で活躍するダンサーや振付家の中には、舞踏を学びに来日した人も少なくない。たとえば、フィンランド国立バレエ団のバレエ・ダンサーとして活躍後、現在は自らテロ・サーリネン&カンパニーを率いるテロ・サーリネンの場合、東京で大野一雄舞踏研究所に1年間在籍し、舞踏を学んでいるし、アリア・ラーティカイネンやアリ・テンフラも大野一雄や古川あんずに師事している。
フィンランドを訪れた舞踏家のなかには、ほかに岩名雅記などもいるが、中でも何度もワークショップなどを行って指導してきた故・古川あんずの影響が大きい。古川あんずは、大駱駝艦で活躍後、田村哲郎とともにダンス・ラヴ・マシーンを結成、その後、ドイツに移住、ヨーロッパを拠点に活躍を続け、多国籍なダンサーを擁してダンス・バターTokioを設立した。独特の諧謔性が際立つワイルドなダンス・シアター風の構成と、デフォルメされた身体の使い方などに、ドイツ表現主義舞踊と共通するものを見出したのが人気の秘密であろう。
フィンランドの大学で客員教授もつとめた古川あんずに、市立劇場では共同制作作品を委嘱し、1994年には、『春の祭典』、1995年には舞踏作品『棒(Keppi)』と『白い水(Villi Vesi)』を現地のフィンランド人ダンサーを中心に踊らせている。前者をヘルシンキで見たが、エロティックな猥雑さのなかに、日本人舞踏家とは異なるダイナミックな踊りのエネルギーが発散されていて魅力的だったのを憶えている。フィンランド有数のダンサー、アリ・テンフラは古川の『春の祭典』で重要な役を踊っているし、東京のパルコ劇場で上演された『中国の探偵』には、アリヤ・ラーティカイネン、アリ・テンフラらが出演している。
また、フィンランドのダンサーたちは、活躍年齢が非常に長いことがひとつの特徴になっている。従来、西欧の舞踊概念では、ダンサーの第一線での活躍は40代くらいまでと考えられてきた。しかし、フィンランドでは先に説明した舞踏への関心の背景にある身体のリアリティを重視する意識、あるいは舞踏の影響からか、50代を超えて活躍しているダンサーは多い。
 
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