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やってきたゴドー
やってきたゴドー
木山事務所公演『やってきたゴドー』
(2007年3月24日〜31日/俳優座劇場)
作:別役実
演出:末木利文
撮影:鶴田照夫
Data
[初演年]2007年
[上演時間]1時間40分
[幕・場面数]1幕2場
[キャスト数]10人(男6・女4)
Japanese Drama Database
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Play of the Month
2007.9.28
Yattekita Godot (Godot Has Come) by Minoru Betsuyaku 
「やってきたゴドー」別役実 
 世界的な不条理劇の古典であるベケットの『ゴドーを待ちながら』。その設定を借りて展開する別役版の「ゴドー」後日譚である。
 
 舞台やや下手に電信柱が一本。やや上手にベンチとバス停の標識。ほかにはなにもない。夕暮れ。
 相変わらずゴドーを待ち続けているウラジーミルとエストラゴンは、他愛ないやりとりを交わしつつ時をやり過ごしている。
 もちろん、首にロープを付けられたラッキーと、そのロープの先を持ったポゾーの二人組も、主従の関係を強調させる以外にはほとんど無意味な会話を、しかし原典の「ゴドー」よりははるかに喜劇的な風合いを滲ませて出没する。
 編み物をしながら登場した女1は、30年来別れたままのエストラゴンの母らしい。彼から届いた手紙を頼りに会いに来たのだ。
 次に現れた女4は、乳母車の中の子どもの父親であるウラジーミルを探しているという。
 そこにトランクとコーモリ傘を持ってゴドーがやってくる。
 ゴドーは、「ゴドーです」とみずから名乗るが、人々はそれどころではない。
 なにしろエストラゴンは自分の母かもしれない女について、ウラジーミルは自分の息子かもしれない息子に会うことに、それぞれひどく戸惑うのに忙しいからだ。
 結局女1と女4、ウラジーミルとエストラゴンは、なにやかやと舞台を出入りすることですれ違いを繰り返し、最後までお互いの関係性を確認しあうことはできない。
 またゴドーとも、ウラジーミルとエストラゴンはこの舞台の上で3度出会い、そのたびに「ゴドーです」と名乗られるのだが、やってきたことが「わかって」も、二人はその出会いをどうしても内実として「体験する」ことができない。「わかってますよ、あなたはゴドーで、しかも来たんです……」と繰り返すばかりなのだ。
 「待つ」という空虚さをその本質として照射された原典『ゴドーを待ちながら』から50年、現代の状況は「待つ」ことすら無意味に閉塞させているとでもいうように。

作者プロフィール:[生年]1937
1937年、旧満州(現、中国東北部)生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。劇作家、小説家、エッセイスト。ベケットらの不条理劇に影響を受け、鈴木忠志らと劇団早稲田小劇場を創設。戯曲『象』(1962年)で注目され、『マッチ売りの少女』(1966年)と『赤い鳥の居る風景』(1967年)で第13回<新劇>岸田国士戯曲賞を受賞。1971年、『街と飛行船』『不思議の国のアリス』で紀伊国屋演劇賞受賞。同年『そよそよ族の叛乱』で芸術選奨新人賞、1987年に戯曲集『諸国を遍歴する二人の騎士の物語』で読売文学賞、1988年、『ジョバンニの父への旅』で芸術選奨文部大臣賞を受賞。2007年、劇作130本を達成する。戯曲や童話の他に、生物学の常識を覆す奇書のふりをしたジョークエッセイ『虫づくし』をはじめ、日本古来、および現代の妖怪の生態を解説した『もののけづくし』や、『けものづくし』『鳥づくし』『魚づくし』など「〜づくし」シリーズは、ナンセンス作家としての著者を一躍有名にした。また衝撃的な事件の闇に包まれたメカニズムを鋭敏な目で分析した犯罪エッセイ、「犯罪症候群」などの独創的な論考も発表しており、その関心は森羅万象におよぶ。
 
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