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葬送の教室
葬送の教室
風琴工房『葬送の教室』
(2010年10月6日〜13日/下北沢ザ・スズナリ)
撮影:吉田欽也
Data
[初演年]2010年
[上演時間]1時間50分
[幕・場面数]1幕3場
[キャスト数]11人(男8・女3)
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Play of the Month
2010.12.25
Sousou Kyoshitsu (Funeral Classroom) by Roba Shimori 
詩森ろば『葬送の教室』 
 いまだ全容が解明されていないとされる、1985年8月12日に発生した「日航ジャンボ機墜落事故」。524名の乗員乗客を乗せて東京を飛び立った大阪行のボーイング747SR-46機が群馬県上野村の高天原山・御巣鷹の尾根に墜落し、520名の尊い命が失われた歴史に残るこの事故を題材にした人間ドラマ。空の安全の向上を求めて闘う遺族の葛藤を、遺族会主催の航空安全向上研究セミナー準備会を舞台に描き出す。異なる事情を抱えた遺族会会員、事故当時検死に当たった医師、航空会社関係者、取材に来た新聞記者らの「心の攻防」が緻密な会話で紡がれていく。


 プロローグ。2006年、日亜航空安全啓蒙センターの開設日。センターの責任者である酒見健介のもとへ、遺族会の川路孝生qが現れる。二人は事故から今日までの歳月を、言葉少なに振り返る。失われた事物、喪われてしまった人々。「足りない分は、あなたの言葉で」と、酒見を激励する川路。暗転の中、酒見の挨拶が聞こえる。

 1990年、墜落現場である神楽岳の麓・神代村、その体育館準備室。事故で妻を亡くした鉄工所経営者・岩沼信一が配布用の書類を整えている。そこへ同じく9歳の息子を亡くした飲料会社の営業・津村巧が現れる。妻・久美子の姿はまだない。今日は川路が企画した、航空安全向上研究セミナーの打合わせなのだ。資料を持った川路も登場。彼は企業の研究者だが、愛娘を喪って以来、自費で渡米し専門家に話を聞くなど、航空安全向上のため心血を注ぐ日々を送っていた。

 次々と来訪者がやって来る。セミナーの講師を依頼された事故の検死に当たった女医・宇和田芳江、昼食を差し入れる宿の息子・工藤智紀、事故以来、精神が不安定な津村の妻・久美子、客室乗務員だった姉を亡くした黒崎恵理、新聞記者・松尾繁行。少し遅れて事故現場への山道を整えるなど、遺族会を支援する日亜航空の整備係・拝島修も現れる。飛び交う挨拶の言葉。だが久美子だけは、取材者や日亜関係者の同席に嫌悪の表情を見せ退室する。

 そこに予期せぬ来訪者が訪れる。日亜航空健康管理部の酒見と部下の桑原哲治だ。川路は、かつて事故処理担当者だった酒見にも協力を要請する以来をしていたが、今日の来訪は突然のこと。酒見自身も朝まで来ることを迷っていたと告白する。

 戻ってきた津村夫妻、特に久美子は酒見らの姿を見てさらに気色ばむ。日亜側の人間の存在と、自分一人の判断で何もかも進める川路のやり方、その両方に。まだ来ていない遺族会関西支部の人々が、セミナーから撤退することを告げる久美子。事務的に過ぎて遺族の心情を思いやらぬ川路の独走を、快く思わぬ者がいると彼女はぶちまける。だが川路はセミナー開催にのみ邁進し、感情論に用はないとばかりに取りつくしまもない。

 ようやくセミナーの概要説明が始まる。この企画は航空安全の見地から神楽岳日亜機墜落事故を検証し直すことを目的に、アメリカから権威を2名招いた講演や討論会、現場への登山も行われる大規模なものだ。川路は娘の遺品のひとつ、ねじ曲がった10円玉を取り出す。下半身全てを押しつぶされた娘の遺体と10円玉を見て、公表された調査報告書に疑問を持ち再調査が必要だと思ったこと、また4人だけいた生存者の生存理由を解明することこそ、事故で亡くなった人々をただの犠牲に終わらせない行為ではないかと語りかける。そのためには遺体の状態を知ることも、そこに刻まれた生きる可能性を見出す大切な証言だと。

 応えるように宇和田が語り出した、当時の検死現場の様子は凄惨を極めた。520人のはずの遺体は事故の衝撃で数千にも分断され、原形を留めないもののほうが多かった。遺族の悲しみ、暑さで進む腐敗のため十分な検死ができなかったことを悔いる宇和田も、川路と想いを同じくすることが明らかになっていく。

 問題はどこにあったのか。安全ベルトの形状の検証、操縦士の対応の誤り、不完全だった隔壁修理の責任の所在、事故調査報告書のミス、企業倫理の矛盾。集まった人々の間でもそれぞれに怒りや哀しみ、苦悩が事故直後のように呼び覚まされていく。

 加害者と被害者、企業と遺族会という対立以外にも、久美子は川路を責め、岩沼が久美子を諌め、津村夫妻の間でも息子の死を巡るわだかまりが溢れる。諍いがピークに達したときにシャッター切った松尾にも非難は向けられ、各人の偽らざる心情が次々に吐露される。そこにいる誰もが亡き人を悼み、二度と事故が起こらねば良いと願っている。その願いの言葉が違うことに苛立ちが募るだけなのに。

 「理論」と「感情」──言葉を介して二つが存分にぶつかりあった後、人々の波立つ感情は少しだけ平静を取り戻し、事故に関わる誰もが願っていることは同じだと気づく。

 岩沼は川路から聞いたアメリカの事故報告会の環境を引きあいに出し、「そんな環境を日本で作れたなら、協調的な日本人はアメリカ以上の航空安全の向上を図れると貴方は言った」と、自分たちの活動がめざすべき理想を人々に思い出させる。

 不意に酒見がレポート用紙を一枚取り、名前と住所を書き入れ印鑑を押した。再調査を実現するためには陳情に署名を添えるべきだと日亜職員でありながら自ら署名し、「講師は引き受けられない。今は何より日亜に残ることを私は選びます」と言って席を立つ。同じように署名をした桑原も後を追う。

 虚を突かれる人々。やがて津村が「差し入れの弁当を食べよう」とみんなを誘う。折角ならば戸外で、と賑やかに支度を始める面々。
外に行きかけた久美子に、恋人にも似た娘への想いを吐露することで謝罪する川路。そんな川路に恵理は、自分が調べたという「長く無事故を続けるクルーの条件」を読み聞かせ、自身も親を説得して姉と同様に客室乗務員になるつもりだと告げる。姉への想いと将来への希望を語る恵理にカメラを向け、シャッターを切る松尾。それが、彼が今日立ち会った時間を集約する一枚だった。

 エピローグ。再び2006年の日亜航空安全啓蒙センター開設日。繰り返される冒頭の酒見と川路の会話。センターには、神楽の事故後に講じた訓練対策により、不時着に成功した事故の記録も展示されている、と話す酒見。そこに式典のはじまりを知らせる桑原がやって来る・・・。

作者プロフィール:
劇作家、演出家。岩手県出身。1993年に風琴工房を旗揚げ。主宰であると同時に劇作・演出を務める。劇団名の「風琴=オルガン」は、「ことばという美しい音楽を奏でるための楽器でありたい」という願いを込めたもの。少年犯罪、セクシャリティ、公害問題などの社会的なテーマを個人的視点で捉えなおし、緊密な対話劇として構成する手腕が高く評価されている。また、その作品は言葉の詩的なイメージが広がる抽象的な舞台空間で展開されることが多いのも特徴。近年の作品に、実在した雪の研究者・中谷宇吉郎をモデルにした『砂漠の音階』、ロシア・アヴァンギャルドの建築家たちの群像劇『機械の音楽』、水俣病の加害企業チッソの内部研究の内幕を描いた「猫の庭」と、胎児性水俣病患者の作業所を舞台にした「温もりの家」の2部で構成された『hg』などがある。2003年、児童虐待をモチーフとした『紅き深爪』で日本劇作家協会新人戯曲賞優秀賞受賞。2010年初の小説『記憶、或いは辺境』を上梓した。
http://windyharp.org/
 
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