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Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
In pursuit of Theater for the Playwright Talking with Art Director Ostermeier of the revived Schaubuehne
劇作家のための演劇を目指す 新生シャウビューネのオスターマイアーに聞く
トーマス・オスターマイアー
演出について

私は総合的な仕事をするアーティストというよりも、解釈をする、戯曲に奉仕するアーティストであると自分自身を捉えています。劇作家の仕事、作品の核をどう引き出すかというところに私は仕事の重点を置いています。どういう作家かというと、マイエンブルックだったりサラ・ケインだったりします。

近代劇については、例えばイプセンの『ノラ』ですが、私はこういう芝居を演出する際には、大きく翻案をします。この劇作家が今日生きていたらどういうメッセージを伝えたいか、そういうことを考えながら演出をしています。その作家の精神を追求するとでも言いますか。

『ノラ』に関して言うと、筋そのものをさほど変えているつもりはありません。もっともこの上演をイプセンが見たら怒るかもしれませんが、筋は尊重しています。それが示される、それに付随する状況というものがむしろ主眼にあるのです。どうしてこういう状況が起こってしまうのか、どうしてノラは家を去るのか、あるいは去らないのか、それを今日に照らして、なぜ? という問いが生きてくるように、そういうことを考えながら演出しました。

シャウビューネの観客について

観客層はさまざまです。『ノラ』については、元々『人形の家』を見ようと期待して来た人、言ってみれば高い年齢層の人です。同時代作家の作品では、作家と同じような若い年齢層です。例を挙げると、マーク・レイヴンヒルが書いた『ショッピング&ファッキング』という作品があって、もう120回も上演を重ねていますが、この観客層は18〜28歳といった年齢の若者たちです。昔シャウビューネを見に来ていた人たちというのは、80年代半ばの時点でその伝統が止まってしまった感があったのですが、彼らも少しずつ劇場に戻ってきています。私たちの活動が軌道に乗ってきたことから、そうなったのではと思います。

これはドイツの劇場文化の伝統のひとつですが、どの芝居を見るか年間で予約をしておいて、シーズンが始まる前から年に数回必ず劇場に行くということを決める観劇システムがあります。60年代までの教養文化主義というか、それが観劇文化に残っていて、劇場はリベラルな人たちにとっての教会のようなものだったわけです。しかし、今ではその教養文化主義は絶滅したと言っていい。その背景には、劇場以外のさまざま娯楽・文化が発展したということがあります。それのよい例が、映画であったり若い世代のクラブ文化であったりします。こういう人たちを劇場に連れてくるのはとても難しい状況です。

レパートリー作品について

レパートリー作品には、ブレヒトやチェーホフなどの作品もあります。私の演出ではありませんが『屠場の聖ヨハンナ』や、私の演出による『男は男だ』、それに2000年のシャウビューネのこけら落とし公演のひとつに、ブレヒトの『処置』からの翻案作品を上演しました。2004年の秋にはチェーホフの『かもめ』を、若手劇作家・演出家のファルク・リヒター演出で大幅に翻案し、上演しました。将来的には『櫻の園』や『三人姉妹』をかけることも考えています。こういう作品を上演する際にも、同時代(現代)のドイツの劇作家による新訳で挑もうと考えています。

また、英語圏の作家もシャウビューネでは数々上演してきました。エンダ・ウォルシュ、サラ・ケイン、マーティン・クリンプ、ジム・カートライトなど。マーティン・マクドナーはたまたま取り上げていませんが、彼とは個人的にも付き合いがあり、作品も大好きです。これだけ多くの英語圏の作品をかけてきたもので、ちょっと多すぎるかなと思って(笑)。

『火の顔』などに見られる暴力的なシーンについて

『火の顔』については、「暴力」が強い印象を残すと思います。しかしこうした暴力シーンは、特別に目新しいものだとは思いません。三島由紀夫の作品にも暴力はあふれているし、ギリシャ悲劇などの古典劇にも暴力描写はたくさんあると思います。シェイクスピアの『タイタス・アンドロニカス』では、ラビニアが舌を抜かれ、両手首を切られ、砂に犯人の名前を書くというシーンがありますし、こういう過激なシーンは逆に、同時代作家の作品では見たことはありません(笑)。

私が思うに、演劇というのは、その始まりから「死」というものと直面していると思います。そして、死と向き合って、一種亡霊を鎮めると言いますか、そういう役割を果たしていると思います。ほとんどのギリシャ悲劇がペルシア戦争の後に成立したということにもそうしたことがうかがえます。ペルシア戦争の後に多くの野蛮人がやって来て、亡霊を鎮めるために舞台の上で殺人を犯したり、暴力シーンを見せたり・・・。現実世界で消化しきれない非政治的な部分を舞台で吐き出してしまう、そういった役割を演劇は果たしていたのではないのでしょうか。
 
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