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Presenter Interview
This interview explores the actor education system at The Royal Academy of Dramatic Art, an institution with a 100-year history
100年の歴史をもつ王立演劇アカデミーの俳優養成システムとは?
──最近ではインターネットの影響やチケット値上がりのため、英国でも「劇場離れ」の傾向が見られます。今の時代に、演劇の社会的役割についてどうお考えですか?
RADAが行うのは、俳優として発声やシェイクスピア劇の基礎などが必要だから、仕事で求められることに対して鍛えて準備するということです。しかし、学校は技を磨く場ではありますが、自分たちの世代の観客を巻き込んで演劇を作っていくのは学生自身なのです。60年代にわれわれの世代は、新しい演劇の観客を発掘し、さまざまな人が劇場にやってくるよう情熱を持って働きかけました。若い人の求めているものを見つけ、劇場をどうやって生きたものにしていくか、外界をどう反映させ人々にとって意味のある演劇を作るかは、今の学生にかかっているのです。

──RADAと日本の関わりについて、教えてください。
RADAと日本というのは、実は私と日本との関わりなのです。1977年、私がユニコーン劇場にいた時、初めて日本の文化庁在外研修生2名を受け入れました。私がRADAに来てからすぐ、今度は劇団昴の演出家が留学してきて、日本でRADAのワークショップを企画することを思いつき、93年から3年間、昴でワークショップを行いました。北海道の富良野塾など日本の地方都市でもワークショップをしたことがあります。

──RADAで日本の現代劇を上演したと聞きましたが?
安部公房の『友達』とマキノ・ノゾミの『フユヒコ』を上演しました。どちらもRADAの学生が出演し、英国の現代戯曲を翻訳している吉岩正晴さんとRADAに留学していた村田元史さんが演出しました。2人ともRADAのやり方を良く知っているので、俳優とは非常にうまく仕事ができました。観客の受けもよかったと思います。しかし、文化的な背景が違うので、日本の現代劇を英国で上演するのは容易ではありません。
RADAの学生たちは、最初日本人の気持ちを内側から理解して役になりきるのをちょっと難しがっていました。特に日本の家族のあり方や『フユヒコ』のおとうさんのような内省的な人物を英国人の俳優が演じるのは難しいですが、最終的には大変いい勉強になりました。

──RADAにはいくつ劇場があるのですか? 運営ポリシーは?
3つです。最大200席のジャーウッド・バンボフ劇場、脚本家でRADAへ多額の寄付を行ったジョージ・バーナード・ショーの名前をつけたGBSスタジオ劇場(80席)、RADA出身のシェイクスピア俳優ジョン・ギルグッドの名前をつけたギルグッド劇場(60席)です。
これらの劇場は、学期中は俳優だけでなく技術や美術の学生の演習用として使われますが、学校が休みの間は貸し小屋になります。和泉元彌の狂言などに劇場を貸したことがあります。

──今後日本関係の劇の上演計画はありますか?
伝統的な劇は紹介されていますが、現代劇をもっと紹介したいと思うので、現代劇を近いうちに新たに上演したいと考えています。ロンドンのブッシュ劇場は、永井愛の戯曲の朗読を行いましたし……。京都を拠点にしている劇団MONOの土田英生さんの劇は下北沢で見ましたが、非常に興味をそそられる若手のライターだと思います。いろいろな現代劇を検討中で、アイディアはあるのですが、私がどの劇をやろうとしているかはまだヒミツです。
1995年から5年間ロンドンで日本人の俳優のための4週間のコースを開催しましたが、学校の建物再建の関係でこのところ休んでいました。でも、新しいビルが完成する2007年には、このコースを再開しようと考えています。
 
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