The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Contents
Presenter Interview
A look at the Singapore arts scene, invigorated in recent years by new theaters and festivals
新劇場やフェスティバルなど、活性化するシンガポールの芸術文化シーンに迫る
MOBILE
The Necessary Stageによる本年度上演作品
『モバイル(Mobile)』
Photo: Sim Chi Yin
*ネセサリー・ステージ
(The Necessary Stage)

1987年にアルビン・タン、ハーレシュ・シャルマの2人を中心に旗揚げした劇団。社会的な問題に鋭く切り込む作品で知られる。海外のアーティストとの共同制作に積極的に取り組んでいるほか、地域コミュニティへのアウトリーチ活動も活発。2005年よりシンガポール・フリンジフェスティバルを主催している。
www.necessary.org
──シンガポール・ダンスシアターとH・アール・カオスのケースでは、2つのカンパニーの関係はどのように発展していったのでしょうか。彼らと連絡を取り続けたのはアーツカウンシルだったのですか?
私たちは、シンガポールのアーティストに海外のアーティストとコラボレートするよう、常に言い続けています。その結果、多くのアーティストが独自の協力関係を築き始めています。同時に、私たちの方でも、一旦知り合った海外のアーティストとは連絡を取り続けていますので、カウンターパートとなりうるカンパニーを紹介することもあります。ですから、2つの方法が併存していると言えるでしょう。私たちがアーティストを結びつけることもあり、アーティストが自分たちで調査を行って私たちに提案するという場合もあるわけです。
シンガポール・ダンスシアターには、アジアのアーティストともっと一緒に作品を作るように言い続けてきました。H・アール・カオスのケースでは、彼らにカオスと一緒にやってみたらどうかと提案したのは私たちの側でした。カオスのエージェントや関係者とはコンタクトがありましたので。
今年のフェスティバルでは、シンガポール・ダンスシアターはシンガポール・チャイニーズオーケストラと一緒に作品を作ります。これは国際的なコラボレーションではありませんが、この2つのカンパニーを一緒にして新しい作品をつくってもらいたいと常々考えていたのです。この作品のために、日本を含むアジア大洋州地域から振付家を呼びたいとも考えましたが、残念ながら実現しませんでした。

──シンガポール・ダンスシアターとH・アール・カオスのコラボレーションについては、アーツカウンシルが主要なイニシアチブをとったわけですね。他方では、おっしゃるように、シンガポールの劇団は独自にコラボレーションを始めています。今年のフェスティバルにおける2つのコラボレーションはこのカテゴリーに分類されるのではないでしょうか。ネセサリー・ステージとシアターワークスという2つの劇団は自分たちでコラボレーションのアイデアを練り、実施しているのだと思います。アーツカウンシル主導のコラボレーションと比較した場合、アーティスト主導のコラボレーションについてはどのようにお考えですか?どちらの方がより望ましいのでしょう?
両方の場合があっていいと思います。フェスティバルの仕事をしていて一番面白く、また報われるのはこんな時です−あることについて誰かと無邪気な話をしたとします。それをみんながそれぞれにふくらませていき、最後にはそれがある形で一つにまとまるのです。こうした展開の背後にある目に見えない力を感じることがあります。結果が即座に現れるときもありますし、そうではないときもあります。こうしたことがありますので、こうした話し合いを始めたり、特定のコラボレーションを開始したりすることは大歓迎です。また、アーティストたちは我々の考え方を知るようになってきましたので、今では多くのアーティストが私のところにやってきて、「やぁ、新しいプロジェクトを考えてるんだけど。君たち、コラボレーションにはいつも興味を持ってるだろ。これはどう思う?」と尋ねるのです。ですから、先ほど申し上げたように、アーティストの側がプロジェクトをスタートさせるケースと、我々が可能性のあるコラボレーターを探す場合との両方があることは極めて自然なことだと思っています。
ネセサリー・ステージという劇団の『モバイル』という共同制作作品の場合には、全体のプロセスを背後で動かしていたのは、主に東京の世田谷パブリックシアターであったと言えるでしょう。彼らは、2003年から2005年にかけ、ネセサリー・ステージの座付作家であるハーレシュ・シャルマを含む16名ものこの地域のアーティストを招き、作品の制作を行いました。実際、私も東京に行き、このプロジェクトの最初期段階を見ています。ただ、そのときには、このプロセス全体がうまく機能するのかについて確信を持つことができませんでした。あらゆるものが荒削りの状態でしたから。しかし、ネセサリー・ステージが、この世田谷のプロジェクトから少人数を抽出した形でプロジェクトを進めていると聞いたとき、この企画に協力することを真剣に考慮すべきだと考えました。移民労働者問題というこのプロジェクトのテーマは、この地域の共通の課題となっていますので。そこで彼らに、プロジェクトの進捗状況について常に情報をくれるように声をかけたのです。

──フェスティバルがコミッションするコラボレーションに、多くの日本人アーティストが加わっています。例えば、『モバイル』には、Theガジラの鐘下辰男の他、2名の俳優が参加しています。フェスティバルの将来の計画はどのようなものなのでしょうか。さらに多くのコラボレーションが行われることになるのでしょうか。
日本とシンガポールのアーティストによるコラボレーションということに関していえば、将来は極めて明るいと言えると思います。また、インドネシアなどの国々とのコラボレーションの可能性も大いにありえます。これは双方が求めていることなのだと言えるでしょう。アジア地域での共同制作に対する要望は極めて強いと感じます。そこで最も重要なことは、アーティストがコラボレートするための適切かつ有機的な方法を見つけるということです。
もちろん、いろいろ難しい局面もあり得るでしょう。全てのアーティストが異なる出身国、異なるバックグラウンドを持っていますので、コラボレーションの方法が多様になるのは自然なことです。一つの方法としては、ある特定の人物に力を与え、この人が作品全体を導いていくというやり方がありえます。別の方法としては、全ての参加者を同一の状態に置き、民主的な方法で作品をつくっていくということもあり得るでしょう。しかしながら、前者については演出家一人の作品となってしまうというリスクがあります。一方、後者の場合には、理解しやすく、親しみやすい作品ではなくなってしまうことが少なくないように思います。たとえ意図としては気高いものであったとしてもです。おそらく、完全に民主的なプロセスを採用するというのは難しいのでしょう。何らかの形で参加アーティストを監督していくことが必要になるのだと思います。

──現在、多くのシンガポールのカンパニーが海外のカンパニーとの独自の関係を築いており、シンガポールはこの地域のコラボレーションの中心地になっているように感じます。
私たちはとても勇敢なのだろうと思うのです。ナショナル・アーツカウンシルの中心的な価値観とは、勇敢であろうということにあります。フェスティバルにおいても、私たちは勇敢で、かつ進歩的であろうと努めています。我々はリスクを冒すことをおそれないのです。実際、この種のプロジェクトは非常にリスキーな性格を持っています。自分たちが支援し、資金をつぎ込もうとしているプロジェクトの結果は最後になるまではっきりとは分からないわけですから。それが可能な理由の一つは、私たちが過去からの文化的な重荷を負っていないという点にあるのではないかと思います。私たちは多様な相手ととても自由に協力することができますし、異なる影響力をともに抽出するということもできるからです。
ナショナル・アーツカウンシルの資金を使うことで、シンガポールのアーティストが外国へ出かけていき、国際的なプロジェクトに参加できるようにしたいと考えています。同時に、私たちの側でも積極的に機会を探しているのです。シンガポールのアーティストには、外国のフェスティバルや芸術見本市に積極的に参加するよう勧めています。国際コラボレーション助成というスキームがありますので、外国のカウンターパートと共同制作を行いたいというアーティストを支援できるようになりました。この助成においては、その成果はシンガポールでだけではなく、共同制作の相手国においても上演されるべきだと考えています。
現在、いくつかのカンパニーが独自にコラボレーションを行っています。以前は、学習するのだという一般的なムードがあり、シンガポールのカンパニーが外国の演出家を呼ぶ場合でも、単にその人に自分たちを演出してもらうというだけにとどまる傾向がありました。しかしながら、現在ではコラボレーションはより対等な関係を意味するようになってきています。これは重要な変化であり、この変化をもたらすために、フェスティバルが一定の役割を果たしてきたと考えています。例えば、シンガポール・ダンスシアターは、H・アール・カオスを再度招待して自分たちでコラボレーションを行なおうとしていますし、シンガポール・チャイニーズオーケストラも多くの異分野間の共同制作プロジェクトを計画しています。このように、いくつかの劇団は定期的にコラボレーションを行うようになってきています。こうしたコラボレーションが、極めて有機的な形で進められているというのが重要な点です。

──つまり、あなたは人々を繋げる中心的な人物というわけですね。
ええ、私たちはある意味で繋ぎ役であると言えるでしょう。人と人とを繋ぎ、そして将来のフェスティバルでその成果が見られるように祈るわけです(笑)。日本のアーティストとの関係でいえば、私たちは極めて活発に招待してきたと思います。言葉の壁がありますので、ダンスとマルティメディア・パフォーマンスの分野が主でしたが。日本のカンパニーについてはずっとリサーチを続けてきており、現在も2、3のカンパニーと話をしています。実際のところ、字幕をつけることもできますので、言葉は致命的な問題ではないのだろうと思います。結局は作品の内容とコストが問題ということです。他の国際演劇祭と協力し、日本のアーティストの作品をコミッションすることも計画しています。
やるべきことはたくさんあります。昨年、ロンドンで「シンガポール・シーズン」というイベントを実施し、非常な成功を収めました。実のところ、これはかなり偶然の産物だったのですが。シンガポールのアーティストが海外で活動する機会をつくろうとする努力をしていた結果、いくつかのプロジェクトがたまたまほぼ同時に実施されることになったのです。そこで、私たちはさらに多くの人たちを巻き込んで、イベント全体を一つのシーズンとして実施することにしたわけです。最終的には、政府や商業セクターも巻き込んで極めて大きなものになりました。これが成功したので、同様のイベントを2年に一度実施することが決まりました。次回、2007年は北京と上海で、2009年はニューヨークで開催することが既に決まっています。

──東京で実施する計画はないのですか?
ええ、やりたいと思っています。実は、今年は日本とシンガポールの外交樹立40周年でしたので、今年やれればと思っていたのですが・・・残念ながら実現しませんでした。いつか実現できればと思っています。
 
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