The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
Taiwan's new cultural policy -- The Taiwan National Theater now semi-NPO
台湾の新文化行政〜半NPO化した台北国立劇場
──国立舞台芸術センターのプロデュース企画にはどのようなものがありますか?
例えば、昨年3月にある人形劇団とNSOの共演というプロダクションをプロデュースしました。題材は『火の鳥』です。こういうコラボレーションを実現させることは、我々の援助なくしては人形劇団には絶対に不可能ですし、同時にNSOにとっても希有な経験となりました。彼らのコンサートはとても人気があっていつもチケットは完売ですが、彼らが舞台ものの伴奏を務める機会などほぼありませんから。国立劇場でやったこのプログラムは、5公演すべて完売でした。
来年は、国立北京歌劇団がやはりNSOと共演をします。つまり北京オペラが西洋楽器を取り込んだプロダクションをやるということです。果たしてどんなものが出来上がるかはまだ未知数ですが、こういったコラボレーションはアーティストにとって新しい経験ですから、その刺激によって何か新しい方向性に目覚めてくれればと思っています。

──フェスティバルなどのプログラムはありますか?
かつては年間の公演を単純に決めてゆくというやり方でしたが、私が着任してからは、シーズンごとにテーマを設けたり、一定の切り口で選んだプログラムを集中して上演したりという方法をとり始めました。例えば昨年始めた「ダンス・イン・スプリング」というのは、いわばフェスティバル的にダンスの公演を一期間に集中させて打つというやり方です。また、新しい現代もののプロダクションは春に、伝統ものやクラシックなものは秋にまとめています。
また、私の着任前から続いている「ワールド・シリーズ」という国別特集もあります。2003年は英国、2004年はフランス、昨年はロシア、そして今年はドイツがテーマです。来年は20周年事業に集中するのでこのシリーズは休みますが、翌年はフィンランドかスウェーデンあたりがテーマになるのではないでしょうか。

──日本の団体が国立舞台芸術センターに招聘される可能性についてはいかがですか?
ここに就任する前のことですが、私は「リトル・アジア」というプロジェクトを手がけていました。1997年にスタートさせたもので、東京・香港・中国、そして台湾の実験劇場が共同で始めた演劇の交換プロジェクトです。その後1999年にこのプロジェクトは東京・台北・香港・メルボルン(またはシドーニ)、そして後にソウルが加わったダンスのネットワークに発展しました。毎年、各都市にいるキュレーター各自がソロ作品を踊る地元のアーティストを推薦し、毎年持ち回りでキュレーターのうちの一人が「世話役」となって5人のアーティストのためのショウケースのプロダクションを仕立て、5都市をツアーさせる、そういうプロジェクトです。
2004年にこのプロジェクトに参加したアーティストたちは、台北に3週間滞在して共同でひとつの新作を作ったのですが、この5人はレジデンシーの終了後もコミュニケーションを絶やさなかった。そのうちにメルボルンのアーティストが助成金を得たことで、5人はまた来年の春にオーストラリアで一緒にレジデンシーができることになり、その時に作られる予定の作品が、メルボルンと香港で公演された後、この実験劇場で上演することになっています。今のところその程度ですね。

──フェスティバルで日本は特集しないのですか?
そういえばどうして今まで日本を特集していないのでしょう。台北のノーベル・ホールという930席の劇場は、クラウド・ゲートの創設者で振付家のリン・ウェイミン氏が芸術監督をつとめる「ノーヴェル・ダンス」というコンテンポラリー・ダンスのシリーズをやっていますが、この中で日本をテーマにしたものを近年やっていたはずです。確かレニ・バッソやダムタイプなどが参加していたと思います。日本テーマはとても面白いと思いますが、ただどれも高額ではありませんか?

──近頃は「海外ツアーも可能な作品づくりを」という意識を持ったカンパニーも増えているので、かつてほど大きな負担を強いられることはありませんよ。
経費的にクリアーされるなら、日本特集を検討してみるべきですね。
 
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