The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
Working to build an infrastructure for contemporary dance in Germany. Speaking with the founder of Tanzplattform Deutschland
ドイツのコンテンポラリーダンスのインフラ整備に尽力 タンツプラットフォームの創設者に聞く
ヴァルター・ホイン
──今、ホインさんが関心をもっているプロジェクトは他にありますか?
「ダンス・プラン・ドイツ」という連邦政府プロジェクトをご存知でしょうか。連邦政府の文化財団(Kulturstiftung des Bundes)が、コンテンポラリーダンスを活性化するために2006年〜2010年の5年間にわたって1,250万ユーロ(約19億円)を投入しているプロジェクトです。彼らのそもそもの発想は、ダンスプラットフォームを国のダンスフェスティバルにしようというもので、私たちは反対し代案を出しましたが、結局彼らは2006年のシュトゥットガルトのダンスプラットフォームで、芸術監督を公募し、独自で開催しました。さらに、このプランでは、ダンス活性化のために組織を立ち上げた8都市に対し、その活動費等について予算が割り当てられています。私は文化財団の委員を務めていましたので、ドイツには連邦主義の概念があるのだから、国が支援して16の連邦州が競いながら活性化できるシステムづくりをしてはどうかと提案しましたが、彼らの方針はそれとは若干ずれている気がします。NPNに対しては共同制作とインターネット構築などに関する予算が割り当てられています。

──ダンスに関して元気のいい地域(州)はどこですか。
もちろん最も元気がいいのはベルリンです。ここしばらくは、ベルリンから発信された2つの流れがドイツのダンス界をリードしていました。1つは「コンセプチュアルダンス」と呼ばれるもので、Xavier Le Roy、Thomas Lehmen、Alice Chauchat、Jochen Roller、Martin Nachbarらがその流れに属します。もうひとつは、コンスタンツァ・マクラスやTwo Fishのような「ニュージャーマン・ダンスコメディ」と呼ばれる流れです。そもそもはサシャ・ヴァルツが発端となったもので、彼女と仕事をしていた何人かも同様の展開をみせています。ダンスコメディなんて変な呼び方ですが(笑)、私が思うに、彼らはどこか子どもじみたスタイルを持つ、モダンダンス以降の現代の新しいドイツ人像を表現しているのでしょう。ベルリンにはこの他により美術の方向に向いた創作に取り組むアーティストたちもたくさんいます。Lynda Gaudreauや、写真家とコラボレーションをしているChristina Ciupkeなどがそうです。また、Jonathan BurrowsやRosemary Butcherのように独自の切り口から振付というアートに再挑戦しているアーティストもいます。
ベルリンに次いで大きなダンス・コミュニティがあるのがミュンヘンです。また、ハンブルクやデュッセルドルフにもコミュニティがあります。劇場や有名なアーティストの存在で言えば、フランクフルトでもさまざまな国際的プログラムが実施されています。それとエッセン州には振付家センターがありますし、また、ドレスデンとフランクフルトはウィリアム・フォーサイスが拠点にしています。

──ドイツでは外国人アーティストも平等に助成金を受けて活動しています。こうした国策としての多文化主義についてはいかがですか?
ドイツのほとんどの公的資金、助成システムにおいて、アーティストの出身地がどこであるかというのは一切関係ありません。彼らがドイツに住んでいて、そこで活動していることが重要なのです。ですからほとんどの助成要綱には、アーティストの生活および創作にかかわる拠点がその都市にあることという規定があります。その振付家が成功していて1年のうち3分の2を海外で過ごしているなら区別しづらいかもしれませんが、外国人アーティストが助成申請することについては、決して難しいことではありません。私はこういった現状を非常に嬉しく思っています。
ミュンヘン市の場合、基本的にアーティストが自己資金でプロデュースしたプロダクションに対して後で助成されることになっています、しかし、実際はかなり柔軟で、振付家のためのレジデンス制度もあります。
例えば、イギリス人のRosemary Butcherは新作のための助成を受けました。また、レジデンシーでは海外からのアーティストを受け入れていて、ミュンヘン在住のアーティストと平等に創作を行うことができます。Butcherの場合、ミュンヘン出身の2人のダンサーとイタリアのダンサーとともに「White」という作品をつくりました。その後ヨーロッパツアーを行い、海外の共同プロデューサーとも仕事をしましたが、主な資金はミュンヘンから助成されたものです。
ちなみに私の制作会社のジョイント・アドベンチャーズはこうした海外のアーティストのミュンヘンでの仕事の立ち上げを助けるなど、コラボレーションしています。例えば、Butcherについては、今は私たちがプロデューしていますし、ダンスワークショップ・ミュンヘンに参加したMia Lawrenceにもフェスティバルで作品制作してもらいました。ただし、彼らをずっと追いかけたりはしません。それぞれが自分なりの仕組みを確立して活動すべきだと思っているからです。

──やはりドイツは外国人アーティストにとって魅力的な国ですね。
市立劇場で仕事をすることもできます。付属カンパニーには年間45万〜500万ユーロの間で助成金が支給されていますし、州立バレエ団には60人のダンサーがフルタイムで雇用されていて、デュッセルドルフのオペラハウスには、80人のダンサーを抱える付属カンパニーがあります。そうしたところで外国人アーティストが働くこともできますので、特筆すべき状況だと言えます。

──ホインさんはたくさんのフェスティバルに関わってこられましたが、将来的なフェスティバルの役割について、どういう見解をお持ちですか。
フェスティバルは祝祭的な意味で存在すべきではないと考えています。ただし、観客が受け入れないものをプログラムできませんから、観客を喜ばせるために祝祭的な側面も必要になってくることはありますが。結局、どこで、何をして、どこに向うのか、そのためのシナリオをつくっていくのがフェスティバルですし、その方法はいろいろあっていいのだと思います。
私はこれまでいろいろな劇場で仕事をしてきましたが、例えばルサーンのオペラハウスで仕事をしていた時には、バレエ鑑賞中心だったプログラムにコンテンポラリーダンスを加えました。Merce Cunninghamから、Trisha Brown、Wim Vandekeybus、大音量の音楽で踊るBoris Charmatzまで、観客のニーズを少しずつ把握しながらいろいろな作品を紹介しました。もちろんクレームもありましたが、観客の手を引いてあげて、その方向へ連れて行くことができる作品であればなんでも実現できると考えました。目の前にあるものは何かを説明するよりも、終演後に質問を受けたりして、むしろ彼らが何を見出すべきかといういくつかのヒントを与えてあげる。そうするうちに半年後には実に活気がある議論となっていくのです。フェスティバルが向うべき方向もこれと同じだと思います。
私は今、「access to dance」という新しいプロジェクトを企画しています。これはどこかのあるダンス・コミュニティに焦点を当ててミュンヘンで紹介するもので、4月には、バイエルン地方の他の都市と協力してスイスダンス特集をやる予定です。近い将来にはオランダダンス特集もやりたいと思っています。もちろん共通の基盤を見つけて日本のダンス特集をする可能性もありますね。
 
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