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Presenter Interview
As the Institute of Contemporary Arts (ICA) celebrates its 60th anniversary, what is the vision of its new artistic director?
インスティテュート・オブ・コンテンポラリー・アーツ(ICA)が60周年 新芸術監督のヴィジョンとは?
エコウ・エシュン
──エシュンさんはジャーナリストとしても活躍されていますが、その視点から、アートは今、イギリスの社会や人々の考え方にどのような影響を与えていると思いますか?
 昨日の「ジャパンタイムズ」紙に、なぜロンドンがニューヨークを凌ぐほどの刺激的な都市になったか、という記事がありました。経済的には株価が上昇し、市場が過熱している、という要因もありますが、文化の果たしている役割も大きい、ということで、私もその通りだと思います。
 ロンドンは今、アートが非常に盛り上がっていて、世界の中で最も活気ある中心地なのではないでしょうか。特に、2000年にテイト・モダンが開場し、多くの来場者を得て、その傾向が加速したと思います。でもそれだけでなく、今、ロンドンでは、すべての芸術団体が、より多くの観客を集め、よりよい作品を提供しようと必死に努力していて、競争が激しくなっています。美術、演劇、映画に至るまで、試合の規模が大きくなり、超えるべき壁が高くなったのです。アートに関わる側は大変ですが、同時に、人々も、文化に飢え、アートを渇望していると思います。これはとても刺激があり、健全な状況ではないでしょうか。ですから、今、世界のこの地域にいられるということを、私も幸運だと思っています。
 ジャーナリストとしては、これまで、アートはもちろん、政治、ファッション、文化、アイデンティティの問題などについて書いてきましたが、自分の中でこれらを区別していた意識はありません。どれもが、我々がどう生きているかを反映し、それぞれが関わりあう、分別して考えられないことだからです。いつも関心をもっているのは、人々を突き動かすのは何なのか、ということ。文化というのは、個々の出来事、個人の声の集合体です。ですから、私はそれに耳をすまし、ひいてはそこから、イギリスが今、世界の中ではどのような状態にあるのかを考えるようにしています。
 今回のように日本に来られるのも素晴らしいことですね。私は常に、次の波はどこにあり、それは世界のどこから来るのかに興味を持っています。個人的なレベルでもトレンドには注視しています。私は、最初の頃、『アリーナ』という男性向けのライフ・スタイル、ファッション雑誌の編集をしていたことがあります。ファッションというのは洋服がすべてではないんですよ。なぜ人々がそういう格好をするのかにはそれぞれ理由があり、世界のトレンドをいち早く映しているのですから。

──しかしアートが、人々の意識を変えたり、刺激的な都市を作るのに貢献する反面、世界的には、人は将来に対して悲観的になっている印象がありますね。
 アート自体が何かの問題の解答を示すことはできません。しかし、アートは物事に対して疑問を投げかけ、願わくは、人々に違う視点や意識を持たせることができます。
 今、国際問題に関連し、世の中では、宗教が話題の大半を占めています。私自身の信仰は、アートにおきたい。なぜなら、芸術的な活動は、美術であれ、映画であれ、世界の矛盾点にこだわっているからです。アートを世界の諸問題、矛盾への解答としたい。宗教が単一の答えを出そうとするのに対して、アートは世界の複雑性を示すものだからです。それは心地よくない現実ですし、悲観的になるかもしれません。しかし不可欠なのは、それを受け入れ、自分をとりまく物事の意味について考え、話し合うことではないでしょうか。願わくは、その中から新しい波、よりよい未来へのトレンドが生まれるかもしれません。
 アートの本質は、ジャンルが何であれすばらしい作品に接した際に、人はこれまで意識しなかったこと、違う視点に気づくということです。ときにそれは不快な感覚かもしれません。ICAでも、私は必ずしも人が喜びそうなものは選びません。しかし、重みを持ち、後で振り返ってまた考えたくなるような作品を重視しています。

──60周年を迎える今年は何か大きな事業がありますか。
 60周年を記念する本格的な事業は、大体が今年の後半から始まります。まだ計画中で、資金的にも確約されていないので残念ながら公表はできませんが・・・実現すれば、音楽を交えた、ICAのメインスペースでのかなり大きなイベントになると思います。今後は、もちろんこれまでの革新性や実験精神を保ちながらも、工夫して、それをいかに多くの人たちに見てもらうようにするかが課題ですが、それについてのはっきりした提案はすでに考えています。

──特に今後、力をいれたい分野はありますか。
 そうですね、美術、映画、パフォーミングアーツ、音楽、どれについてもよく検討し、今何に注視するべきか見極めるようにしていますが、美術は、今のイギリスの状況から考えて重要だと思います。また、ライブ・ミュージックも同様です。今、イギリスでは、音楽的には、近来にない盛り上がりを見せていますので、新しい音楽もどんどん紹介しなくては、と思っています。
 これはまたICAの特徴でもありますが、私たちは収蔵品や常設展を持つ美術館ではありません。つまりすべてのスペースは、企画によって仕様を変更できるのです。それが長所であって、いろいろな分野を扱う中で、今はこれが大事だから力を入れ、これはその次、というバランスをとることが可能で、状況に柔軟に対応できます。ICA自体が「ライブ」で、有機的に機能しているのです。ですから、スタッフには、熱意があってこの仕事をしているということ、自分が大事だと考えることをやっているのだ、という意識を忘れないようにといつも言っています。

──エシュンさんは、作家として、『Black Gold of the Sun』という興味深い本を出されています。これまでの個人的な体験が、今の仕事にどう役立っていますか。
 私の書いたこの本は、結果として、「属していない、ということは、いったいどんな感覚なのか」、裏を返せば、複数の故郷を持つということ・・・私の場合は、イギリスとアフリカでしたが、これがどういうことか、について考察する本になったと思います。こういう境遇に置かれると、自分はよそ者、部外者だという視点で物事を考えるようになります。それはなかなか辛いことで、特に子供時代はこたえます。しかし大人になってその経験もよかったと感じ、かつ重要と考えられるようになったのは、何事についてもこれは当たり前のことと捉えなくなったことです。文化について新鮮な見方ができるようになったと思います。
 例えば私は、イギリス生まれですが、いわゆる「イングリッシュ」でもなく、イギリス人でありながら白人でないということから、イギリス社会にいろいろな形で現存する不平等や差別について常に意識していきました。しかし、それと同時に、人は発言とは違う行動をとることもある、ということや、社会や文化はいろいろな「含み」に満ちているものだ、という現実に慣れてきました。私はそれを生かし、こういう問題を文化的、芸術的にどう掘り下げられるのか、考えるようになりました。
 ですから、私にとって、「心地悪い」状況は、悪いことではないのです。社会が不公平で差別的なのは事実です。後はそれに対して人がどう反応するか、でしょう。いろいろな人の声を聞き、誰も差別されるべきでなく、自分が大事だと考えることを正確に発言できるように、私もなるべく気をつけています。私自身、子供時代楽しいことばかりではありませんでしたが、今、逆にその体験を活用し、強みにしています。何に関しても、既成事実と捉えずに、物事は常に違う視点、新たな見方で向かうようにしていると思います。

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『The Black Gold of the Sun - Searching for Home in England and Africa』(Penguin Books, 2006)
イギリスに生まれ、幼少の一時期をガーナで過ごしたエシュン氏が、成人後、再びガーナを訪ねた経験をもとに綴った、半自叙伝的な比較文化論。現代における「帰属意識」について考察している。


──現代アートは、社会や若者が抱えている問題にビジョンを与え、そういう問題がある、というメッセージを発信する場になっています。特にエシュンさんは、イギリスの若者の間では何が問題となり、それに対してICAではどう応えたいと考えていますか。
 若者に限らず、イギリスは今、「不安の時代」を迎えています。多くの人が、特に一昨年7月のロンドンでの爆発事件からですが、多民族主義への不信や、若者を含めた社会の秩序の崩壊、社会構造が脆弱になっていると感じるなどさまざまな不安感を抱いています。ICAにできることは、このような動揺や不安感について公に表現する場を、時に応じて提供することです。
 2つの例を挙げましょう。若者に関していえば、先ほどICAではクラブ・ミュージックを月に何度か開催しているといいましたが、最近、「ダーティ・キャンバス」という、黒人の若い子たちがつくるグライム・ミュージックばかりをかける夜を始めました。「ワル」のイメージのある音楽なので、これをやると来場する若者が暴力的になる恐れがあるということで、他のクラブではやっていませんし、やろうとすると、当局から、本当にいいのか? と聞かれるほどです。でもICAで始めてみて、これまで何の暴動も起きていませんし、毎回売り切れで、黒人だけでなく白人の若い子たちがたくさん集まります。小さい企画ではありますが、世の中の不安感を相殺する意味でも、その不安の対象とされることや人に、公の場を与えるのは大事だと思います。グライム・ミュージックについては、やっても大丈夫だと証明できましたし、そうすることによって、危ないといわれる音楽も、今のイギリスの文化の一部なのだと認めさせられるのですから。
 もう一つの例は、イラク戦争のドキュメンタリー映画の上映について述べましたが、公的な機関であるという中立的な利点を活用して、人々に討論の場を設定することです。巷では今、頻繁に「文明の衝突」などといっていますが、結局人は人でしょう? もちろん、実際、討論して怒ってしまう人もいますよ。でもそれでいいのです。私たちとしては、困難な問題を話し合う機会が重要なのです。
 でも、ICAは何よりも芸術機関ですから、今、若者や、ある少数派が社会問題になっているからこのイベントを提供しなきゃ、というふうには動きません。実際、ICAの入場者は、イギリスの他の機関に比べると、小数派に属する人たちの占める割合が多いといわれていますが、私たちは特にその層を狙って企画しているわけでもありません。あくまで、それは斬新で、面白い、質の高い作品を提示した結果なのです。
 
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