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Presenter Interview
As it prepares to reopen with a newly renovated building, Berlin's House of World Cultures is broadening its vision and role
全面改修リニューアルと20周年を目前に控えたベルリン・世界文化の家の新基軸
──2007年8月のリニューアルオープンを祝して大きな企画があるということですが。
 8月23日にリニューアルオープンします。改修後の記念プログラムとして「ニューヨーク」に関する展覧会を、アメリカのクイーンズミュージアムと共同でプロデュースします。今なぜニューヨークなのか? これ関しては、いくつかの理由があります。
 そのひとつが、先ほどから言っている「グローバル化」というコンテクストからのポイントが非常に重要になってくるわけですが、私はそのためには「ローカル」という発想が重要な役割を果たすと考えているので、今回はHKWの歴史、特に建物の歴史に着目しました。
 HKWの建物は、実は50年前にアメリカ人によって建設されたものです。1957年に国際建築博覧会がベルリンで開催され、その時にアメリカが会議場として建設した建物がベルリン市に寄贈されました。つまり、この建物は西側諸国の近代化のシンボルだったわけです。1957年当時のベルリンは占領下で、この建物の周辺もほとんど何もなかった。そうやって建物を眺めると、まるでUFOが“惑星ベルリン”に着陸したかのように見えるでしょ(笑)。

──確かに(笑)。
 50年代初頭は、スターリン通り(stalinallee、現在のfrankfurter allee)が東側のシンボルとされたのに対し、この建物はアメリカもしくは西側諸国の民主主義と自由のシンボルでした。ここでは東/西ドイツをめぐる大規模な政治討論などが頻繁に開催されていました。ただし、東側に対する西側のプロパガンダだと、冷戦時代のシンボルとして批判の的にもなりました。
 1980年に屋根部分が落下する事故があり、それを機に改修が行なわれ、現在のHKWとなりました。つまり、ここはベルリンという視点から見た過去50年間の世界史を反映した建造物なのです。この50年をグローバル化の進展という視点からではなく、自分たちの住む都市からの視点で眺めるということ──つまり「ベルリン」と西側の価値を代表する都市「ニューヨーク」を大西洋を越えて影響しあった「トランスアトランティックな近代都市」として位置づけ、今やベルリンにおけるトランスアトランティックのシンボルからグローバル化された世界のシンボルとなった「ニューヨーク」という実際的なテーマを通じて、グローバル化した世界のさまざまな問題を提起できればと考えました。
 経済と文化、移民、そして「9.11」というここ数年の世界の変化の中心に位置する出来事と、まさにニューヨークは現代のシンボルです。
 また、今回共同制作をするクイーンズ美術館Queens Museum of Artは、マンハッタンと、それ以外の地区(美術館のあるQueens地区は移民が多く、民族・宗教のメルティングポットと言われている)という観点でみるとニューヨークという都市の中心と周縁の関係であり、建物や景観が刻む歴史(美術館周辺は戦前・戦後に2度「ワールド・フェア」が行われた歴史的なエリアとなっている)を見ても、まさに“transmuseum(トランスミュージアム)“といえる施設で、彼らもわれわれと同じような立場にあると言えます。
 具体的なプログラム内容は5月に発表しますが、展覧会やパフォーマンス、音楽プログラム、そして会議の開催などからなる大規模な複合プログラムにする予定です。ベルリンで開催した後、クイーンズ美術館に巡回し、カーネギーホールとの共同プログラムも考えています。

──その他にどのようなプログラムを計画されていますか。
 「ニューヨーク」のプロジェクトの後には、中東情勢に対してアーティストがどの行動するかといった大規模なプロジェクトも考えています。つまり、今回の企画は私たちがこうした一連の変化のプロセスにどう取り組むかを考えるスタートになるのです。
 また、リニューアル中からあるプロジェクトを実施しているのですが、それが「Meine baustelle(My Construction Site:私の工事現場)」というプログラムです。2006年秋から2007年の夏まで丸1年閉館しなければならなかったため、閉館中の建物を上手く利用しながら、私たち自身が新しい役割を熟考すると同時に、その思考プロセスを外に向けて発信していきたいと考えました。実は、ベルリンでは、壁崩壊後の90年代から工事現場を利用したプロジェクトがよく行われるようになりました。最近で言うと、共和国宮殿(Palast der Republik)で数多くのプロジェクトが行なわれたので、ご存じの方も多いと思います。
 私たちの場合は、6週間にわたって週末ごとに改修現場でプロジェクトを行うことにしました。“Baustelle(工事現場)“とは、建物の構造が露わになる「工事中の現場」という意味であるのと同時に、人々の「思考プロセス」という意味にもとれます。さらに、「Mein(私の)」ということで、「私」という個人のパースペクティブが必要だということを示しています。
 こうしたコンセプトで「私の外交(術)(Meine Diplomatie)」「私の家(Mein Haus)」「私の市場(Mein Markt)という関連プロジェクトを「私の工事現場」期間中に実施しています。「私の外交」は、個人という立場から文化と政治の問題に対するテーマを問いかけるというもの。「私の家」は建物そのものを指し、個の視点からグローバル化した世界における都市空間の在り方を問うものです。「私の市場」ではリアルなマーケットをHKWに出現させるつもりです。市場とは本来、物の価値が貨幣に交換される場、つまり交換のプロセスの場です。それで、ミュージアムショップだけでなく、例えば、スウェーデンからのデザイングループやプラダやグッチのような店、ミッテ地区にある若者によるクリエイティブな店舗や移動屋台などに出店してもらい、商品の値段は設定せず、交渉して決めます。このアイデアは、館を市場に変えることで、ベルリンにおける「店の風景(Shops-Landscape in Berlin)」の地図を作成しようというもので、5月に実施する予定です。
 もし、人々が個人的な視点から世界に参画することに自覚的になれば、この建物には多くのパースペクティブが集まり、人々が恊働して何かを生み出すことのできる「出会いの場」として機能させることができる──ここで私たちが実現させたいのはそういうことなのです。

──文化の社会的な役割もこの20年で大きく変わってきました。ドイツでは現在、失業率や若年層の問題などさまざまな課題に直面していると思います。文化に期待されていることがあればご紹介ください。
 当然これらの諸問題に対して取り組むべきだと思いますし、現在、政治が文化のなかでより重要な意味を占めてきていると感じています。しかし、アーティストは明日、明後日に社会で起こりえることに対して敏感に感じ取る力を持ち合わせています。テーマや問いかけは、政治的文脈から安易に借用するのではなく、アーティストが関与することで発展されるべきだと思っています。
 この点から言うと、文化施設の課題は、政治的文脈から課題を借りてくるのではなく、どうすれば文化的/芸術的コンテクストに発展していくか、という問いかけをベースに、“政治や社会と共に”対話を模索していくことに尽きるのではないでしょうか。政治との共同作業は、文化的/芸術的なパースペクティブを抜きにはあり得ないというのが私の信念です。
 これまで20年にわたってHKWはさまざまなプログラムを実施してきましたが、こうした取り組みの社会的な成否を判断するのはとても難しいことです。数字で判断できる事だけでなく、人の頭の中や心を刺激したことが何だったのかが明らかになるには長い年月がかかると思います。
 
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