The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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JPネイザン
Profile
JPネイザン(JP Nathan)
エスプラネード   プログラム編成部長


エスプラネード ─ シアターズ・オン・ザ・ベイ
エスプラネード
http://www.esplanade.com/

施設概要
オペラハウス(2,000席)、ラッセル・ジョンソンのデザインによるコンサートホール(1,600席)、ブラックボックス型のシアター・スタジオ(可動220席)、室内楽に適したリサイタル・スタジオ(可動245席)の他、ウォーターフロントに面した屋外劇場とステージ@エスプラネードと名付けられた屋外ステージがあり、主に無料公演に利用されている。また、コンコース・エリアも無料公演やビジュアルアーツの展示などに開放されている。建物の1〜3階部分には9,800平方メートルに及ぶショッピングモール「エスプラネード・モール」が併設され、シンガポール発の舞台芸術専門図書館、ライブラリー@エスプラネードが入居している。

運営予算
エスプラネードの運営予算は政府からの補助基金が相当程度を占めるが、その使途には厳しい制限が設けられており、自助努力による収入拡大が常に要求されている。このため、エスプラネードでは2005年度にはマーケティング部門の再編を行ない、企業等からのスポンサー獲得能力を強化している。2007年現在、エスプラネードのパートナー企業はフォルクスワーゲン、VISAカードの2社で、スポンサーには大小の企業が名を連ねている。

【収入内訳(2005年度)】
[単位:千シンガポールドル]
施設(劇場、ショッピングモール)賃貸料11,327
チケット収入3,404
スポンサー料、寄付2,351
その他収入2,586
政府補助金(借地料補助金を含む)38,136
(出展:エスプラネード2005年度年次報告書)


大劇場
大劇場 コンサートホール
コンサートホール
Presenter Interview
2007.7.30
Speaking with the Director of Programming for the grand-scale arts and culture centre Esplanade, the symbol of Singapore's  
創造都市を標榜するシンガポールの巨大文化拠点「エスプラネード」のプログラム編成部長に聞く 
国家としてのブランドを確立し、経済的競争力を高めるとして、国を挙げて文化・芸術を振興する「ルネッサンス・シティー」プロジェクトに取り組むシンガポール。1987年に政府に提出された「文化と芸術に関する諮問委員会報告書」をきっかけにナショナル・アーツカウンシルが設立されるなど、芸術振興制度の本格的な整備が始まり、2002年10月には東南アジア地域最大規模を誇る劇場コンプレックス、「エスプラネード──シアターズ・オン・ザ・ベイ」(以下、エスプラネード)が建設される。市内中心部、マリーナ・ベイ地区の6ヘクタールに及ぶ広大な敷地に建設されたエスプラネードは、その形が似ていることから通称「ドリアン」と呼ばれ、2005年度の公演数は1,915公演(有料公演637、無料公演1,278)、総入場者数は約14万5千人という、シンガポールの舞台芸術マーケットシェアの30%を占めるまでに成長した。東南アジアにおける文化ハブとして名乗りを上げたシンガポールを象徴するエスプラネードのプログラム編成部長を務めるJPネイザン氏に、その運営戦略について聞いた。
(聞き手:滝口健)


──まずは、ネイザンさんご自身の経歴、エスプラネードに関わられるようになった経緯などからお話いただけますか。
私は、1970年代の後半ぐらいからアートの業界に関心をもっていましたが、当時のシンガポールでは、アート、特に演劇については職業として確立されていませんでした。当時私は英文学の教師としてキャリアをスタートしました。
90年代になって英文学の修士号を取得したころ、ちょうどエスプラネードの設立プロジェクトがスタートしました。シンガポールを文化的に活気あふれる都市とすることを目的に、87年に「文化と芸術に関する諮問委員会報告書」が政府に提出されましたが、その報告書でナショナル・アーツカウンシルの設立とともに、新しいアーツセンターの建設が答申されたのです。当時は「シンガポール・アーツセンター」と呼ばれていましたが、それが現在のエスプラネードで、運営は民間の活力を導入するために、いわゆる「国立劇場」とするのではなく、民間会社を設立し、そこが運営するという形態になりました。これは、公的性格の機関の民営化という世界的な流れを先取りしたものといえます。運営会社は92年に設置され、1997年には「エスプラネード株式会社」と改称されました。
アートへの関わりを続けたいと考えた私は、1997年にこの会社に入りました。ですから、もう10年近くここで働いていることになりますね。つまり、私はエスプラネードの創立メンバーの一人ということになります。

──プロジェクト開始前には、エスプラネードのビジョンに関して、シンガポールのアーティストたちと議論を行う場が設けられたと聞いています。彼らからのインプットで重要だったのはどのような点だったのでしょうか。それからどのような意見が実際に反映されたのでしょうか。
国内のシアター・コミュニティからのインプットは、2つの点で重要であったと思います。まず第1がアジア的な要素の導入という点です。これは建物の設計においてだけではなく、プログラム編成の考え方についても反映されています。
もう1つは地元のアーティストが使うことのできる施設の必要性が強調されたという点です。エスプラネードには、大劇場、コンサートホール、シアター・スタジオ、リサイタル・スタジオの4つの施設がありますが、仮に大劇場とコンサートホールしかなかったとしたら、エスプラネードを使うことができる国内のアーティストは非常に限られた人たちになってしまったと思います。小劇場やスタジオがつくられたのはこうしたアーツ・コミュニティからの意見によるものです。

──エスプラネードは単なる劇場ではなく、劇場、ショッピングモール、そして図書館などのパブリックスペースが巧妙に組み合わされた複合施設としてデザインされ、多くの人々が集まる賑わいのある場所になっています。これは当初から意図されたコンセプトだったのでしょうか。
ええ、計画当初、私がエスプラネードに加わった10年前からそのように考えられていました。単なる劇場にはしたくなかったのです。公演の前後にも人々が集まる場所をつくりたいと考えました。

──現在はプログラム編成の責任者として活躍しておられるわけですが、エスプラネードのプログラム編成はどのように行われているのでしょう。
エスプラネードでは非常に幅広いプログラムを提供していますが、これは「エスプラネードは全ての人々のためのアーツセンターである」という、我々の設立理念の反映であるといえます。エスプラネードのプログラムには、我々自身が企画・制作する「主催公演」と、我々以外の団体が制作する公演がありますが、主催公演として行っているのは、(1)様々な形態・対象で実施される「フェスティバル」、(2)継続的に実施することによって観客・アーティスト双方の発掘および能力拡大を目指す「シリーズ」、そして(3)無料、あるいは低料金で実施し、観客層を拡大することを目的とした「フリー/アクセス・プログラム」の3つです。
シンガポールにおけるアーツセンターというものを構想していたときには、当然のことながら皆が理想を抱いていました。ニューヨーク、ロンドン、あるいは日本などの状況を見てみますと、非常に多くの劇場やアーツセンターとスペースが存在します。例えば、ロンドンである種の演劇を見たいと思えばサウス・バンクのナショナル・シアターやバービカンへ出かけるでしょうし、より商業的な演劇が見たいと思えばウエスト・エンドへ行くことになるわけです。しかし、シンガポールではそうした環境は整っていませんでした。
ですから、私たちは、公的な資金を使ってすべての人々のために建設されたエスプラネードは全ての人々のものとならなければならないと考え、様々な人々のための多彩なプログラムを提供することにしました。
もう一つ重要なのは、シンガポールが多民族社会であるということです。これはシンガポールが他の多くの国と比べて異なっている点です。「エスプラネードは全ての人々のものなのだ」というのであれば、それがある特定の民族に属するようなことにならないように十分配慮しなければなりません。ですから、「全ての人々のためのアーツセンター」という私たちの哲学は、決して表面的なものではなく、インド、マレー、中華といった、シンガポールの主要な民族の伝統を祝うフェスティバルを数多く実施しています。我々はシンガポールで暮らす全ての民族、そしてコミュニティのためにプログラム編成を行う必要があるのです。

──エスプラネードのプロジェクトが始まった頃には、シンガポールにはそれほど劇場がなかったというお話でしたが、2007年の現在ではかなり多くの劇場が存在するようになりました。エスプラネードがオープンした02年以降だけでも、大小の劇場がいくつかオープンしています。シンガポールの芸術産業全体を俯瞰して、エスプラネードをどのように位置づけておられますか。
この質問にお答えするには、若干異なる視点から見てみる必要があるでしょう。ドラマセンターやヴィクトリア劇場といったシンガポールの劇場施設は、そのほとんどが貸館のためのものであり、プログラム編成のための部門を持っていません。エスプラネードを計画していた時に最初に決めたことは、この劇場を貸し小屋にはするまい、ということでした。プログラム編成を自分たちでコントロールすることができなくなるのを恐れたのです。
ひとつには、プログラム編成の能力がなければ、「全ての人々のためのアーツセンター」という我々のビジョンを達成することが不可能になるからです。例えば、中華系の劇団からの申し込みしかなかった場合にはどうしたらいいのでしょうか? 他の民族に対する配慮も欠かせませんので、プログラム編成をコントロールできなければ、その場合はどうすることもできないでしょう。
第2に、プログラム編成によってアイデンティティ、あるいはキャラクターを確立するということがあります。確固たるアイデンティティなくしては、新しい建物を「アーツセンター」にすることはできません。アーツセンターは、そこで芸術・文化を創造することによって社会に対する責務を果たし、その責務を果たすことでシンガポールにとって重要な、必要なものとなるのです。受け身でいることは許されません。我々はシンガポールの文化を創造し、発展させていかなければならないのですから。

──具体的には、エスプラネードのプログラム編成はどのようにマネージメントされているのですか?
我々のプログラムは多岐にわたりますので、1人のスタッフがこれら全てのジャンルに精通することは不可能です。ですから、ある者は実験的な演劇、ある者は50年代、60年代のポピュラーミュージックといった高齢者向けのプログラム、というふうに専門分野に分かれて対処しています。こうした専門性には中華系の文化に詳しい者、マレー系の芸術を専門とする者といった民族性に関わるものももちろんあります。我々のスタッフはそれぞれこうした専門分野をもっており、プログラムに応じてチームを組んで仕事をしています。
チームの大きさは、プログラムの性質に応じて異なります。大きなチームの中にさらに小規模なチームを置くこともあります。チームの編成は非常にフレキシブルに行われます。
現在、約20名のプログラム編成担当のスタッフがいますが、必ずしもアーツマネージメントの教育を受けてきているわけではありません。時には専門教育よりも情熱のほうが重要であるということもありますからね。エスプラネードは、シンガポール人のプログラムオフィサー、プロデューサーの育成という役割も果たしたいと考えています。プロデューサーに必要とされる能力は専門分野に関する知識だけではなく、ある種のマーケティング・センスも必要となります。現在、私たちは若いプログラムオフィサーを訓練している段階ですが、最終的には彼らがプロデューサーとして独り立ちしてくれることを願っています。
 
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