The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
Speaking with the Director of Programming for the grand-scale arts and culture centre Esplanade, the symbol of Singapore's
創造都市を標榜するシンガポールの巨大文化拠点「エスプラネード」のプログラム編成部長に聞く
イ・ラ・ギャリゴ
『イ・ラ・ギャリゴ』
I La Galigo
月の回想
月の回想
『月の回想』
Reminiscing the Moon
──海外との関係についてうかがいたいのですが、現時点では、シンガポールは東南アジアにおいて唯一、海外からの公演を大規模に受け入れることができる国といえます。しかし、近年は近隣諸国でもいくつかの進展が見られます。将来において、東南アジアの関係団体・機関と協力することは可能だと思いますか?
もちろんです。実際、既に「リトルアジア・ダンス交流ネットワーク」というプロジェクトに参加した経験もあるのです。これは、香港アーツセンター、シドニーオペラハウスの小劇場、韓国のSIダンス、台北ダンスフォーラムなど、アジア地域の小劇場による共同制作でした。このプロジェクトでは、小規模なスタジオ公演作品を制作し、ツアーを行いました。
大規模なコラボレーションの例もあります。2004年に初演した、ロバート・ウィルソン演出による『イ・ラ・ギャリゴ』は、ミラノのチェンジ・パフォーミングアーツやインドネシアのバリ・プリナティ・アーツセンターなどの協力を得て制作された国際共同制作プロジェクトです。スラウェシ島南部のブギス人たちの叙事詩をベースにしたこの作品は、50名を超える出演者による約4時間の大作であり、シンガポール公演の後、アメリカ、オランダ、スペイン、フランス、イタリアへツアーしました。我々は小さな規模でも大きな規模でもコラボレーションを行っており、常にパートナーを探しています。もちろん、時期や予算などの問題は常に存在するわけですが。また、観客の要望に応えうるものであるかというのも大事な点です。

──国際的な共同制作は、エスプラネードにとって重要な意味があるように思われます。2002年10月に劇場がオープンした際の記念公演、『月の回想』がシンガポール・ダンスシアターとインドネシアの振付家、ボイ・サクティとのコラボレーションであったのは象徴的だったと思います。
そうですね。あれは、エスプラネードのアイデンティティに関する、ある種の「公式声明」となったこともあり、象徴的な作品となりました。東南アジアにおける新しいアーツセンターとして、このような作品で劇場をスタートさせるということは、とても重要なことでした。これにより、きわめて効果的に、我々が何者であり、どこに生きているのかということを知らせることができたと思います。
シンガポール・ダンスシアターはコンテンポラリーダンスのカンパニーであり、一方、ボイ・サクティは伝統的な要素を強調する振付家です。その意味でも、この公演はあらゆる要素を含んでいたといえます。地域性、過去と遺産、そして現在の状況といったもの全てを、です。
2002年に実施した「オープニング・フェスティバル」では、他にもいくつかのコラボレーションがありました。シンガポール・レパートリーシアターの大成功したミュージカル『紫禁城』は英国との共同制作でしたし、音楽の分野では、シンガポール・チャイニーズオーケストラが中国のソプラノと共演しました。我々は、現在も国際共同制作に強い関心を持っています。

──「オープニング・セレモニー」では、日本のアーティストのプレゼンスも目立ちました。劇団解体社はシアター・スタジオで公演を行った最初のグループとなりましたし、「オルターゾーン:ステート・オブ・マインド」と題されたコンサート・シリーズでは全6公演のうち、3公演で日本のアーティストがフィーチャーされていました。日本のアーツシーンをどのようにご覧になっていますか。情報はどのように入手されているのでしょうか。
アジアにおいて、日本の演劇は、他のほとんどの国よりも長い歴史を持っています。日本のパフォーミングアーツは、演劇、音楽、ダンスなど、あらゆる分野において非常に発展していますし、そこからもっといろいろなことを得ることができると思っていますので、今後もよい作品を探していきたいと考えています。
情報の収集については、この世界は人間関係が非常に重要なので、プログラム編成に携わる職員が積極的に国外にでかけて国際的なネットワークをつくるところから始めています。

──エスプラネードは今年、第4回「アジア・アーツマート」をホストしました(6月1日〜3日)。これもネットワーキング形成への取り組みということですね。
その通りです。実は、今年のアーツマートは、前回までとは違います。アーティストのためのイベントという性格が強くなり、アーティストたちが互いに知り合う場であることを強調しています。芸術見本市では、プレセンターのみが実質的な参加者と見なされ、アーティストはショウケースのためだけに参加しているという形が通常ですが、私たちはアーティストも参加者としてとらえたいと考えているのです。
アジアではほとんどのアーティストは若く、発展途上にあるため、意見を交換することで相互に得るものがあるので、アーティスト同士にできるだけ活発に対話してほしいと思っています。これは、芸術見本市という分野においては先駆的な発想であるといえるでしょう。もちろん、プレセンターにもアーティストと、彼らの作品を知ってほしいとも思っていますが。
将来の計画を練るにもいい機会になると思います。もしかすると、このアーティストとあのアーティストを組み合わせて新しい作品を作ってもらったらどうだろうというように、新しいコラボレーションのアイデアを得ることもできるかもしれません。

──アジア・アーツマートは今年の「シンガポール・アーツフェスティバル」の期間中(2007年5月25日〜6月24日)に開催されました。アーツフェスティバルの参加作品のうちいくつかはエスプラネードで上演されますが、同時にエスプラネードも「シンガポール・アーツフェスティバル協賛公演」として、独自のプログラムを組んでいますね。日本の明和電気の『メカトロニカ』もその中に含まれています。フェスティバルとの関係はどのようになっているのですか。
我々は民間企業ですので、シンガポール・アーツフェスティバルを運営するナショナル・アーツカウンシルと直接関係があるわけではありません。アーツカウンシルは政府機関として、情報通信芸術省の直接管轄下にありますが、我々はそうではないのです。ですから、アーツフェスティバルが彼らのプログラムのためにエスプラネードの施設を使用する場合には、単なる貸館になります。しかしながら、私たちは「シンガポールを文化的に活気あふれる都市にする」という目的を共有していますので、実際には密接に連携しています。祝祭的な雰囲気を盛り上げるため、エスプラネード独自で「協賛公演」を行うのもこうした連携の一環です。そういう場合のプログラムは、ちょっと風変わりで肩の凝らないようなもの、つまりフェスティバルの作品とは異なる種類の作品で、ほとんどはコンコースや前庭などのオープンスペースで実施されます。明和電気のように、いくつかは大劇場やコンサートホール、スタジオで行われます。こうした公演を目にすることで、エスプラネードに来る人々は、「ああ、今月はアーツフェスティバルの月だな」と感じてくれるはずです。

──エスプラネードがオープンしてからほぼ5年が経過しました。最も大きな成果はなんだと思われますか?また、今後については、どのような展望を持っておられますか。
最も大きな成果の一つは、シンガポールにおける「アーツ・カレンダー」とも呼べるものを作り上げたことではないかと思います。1年のうちのこの時期にはこのイベント、という関係ができたのです。毎年開催の国際ダンスフェスティバルである「Da:nsフェスティバル」が06年10月にスタートし、1年を通したアーツ・カレンダーが完成しました。
これらの努力により、以前は舞台芸術公演になど足を向けたことがなかった層の非常に多くの人々に舞台芸術を紹介し、エスプラネードに来ていただけたと思っています。地元のアーティストやコミュニティとの間にも強い関係を築くことができたと感じています。
将来については、やりたいことはたくさんあります。我々はこれまでも懸命に努力をしてはきましたが、アーティストの能力と、我々のプログラム編成の洗練度の両方をさらに磨いていきたいと考えています。特に、児童を対象にした教育プログラムをさらに発展させたい。学校単位の施設見学は常時受け入れていますが、さらに充実させる余地があると思います。例えば、児童のみに対象を絞った公演の数をもっと増やすなど、将来舞台芸術を支えてくれるかもしれない子どもたちが年少のうちから演劇に親しむ機会を増やしていければと思っています。
 
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