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Presenter Interview
Looking at French policy in culture and the arts through the activities of the front-line administrator, Jean Digne
実務家として常に第一線をリード ジャン・ディーニュ氏の歩みで辿るフランスの文化政策






















*7 AFAAの場合は、Fのイニシャルが控え目にフランスを表すだけであったことを指している。
──オール・レ・ミュールは、サーカスと大道芸のプロモーションを目的とした、世界的にもユニークな組織ですよね。
私が2003年から会長を務めているオール・レ・ミュールは、文化省の助成金と自己収入で運営されている組織で、サーカスと大道芸の国内外での普及を目的とした組織です。サーカスや大道芸には昔から深く関わってきたので、この仕事に就けたことは個人的にとてもうれしいですね。

──いつも行政組織の中で、あるいは行政組織と仕事をなさってきたわけですが、フランスも官僚組織が強大な国です。かなりの窮屈さがあると思うのですが、そこでどうやってこれほどのアイデアとプロジェクトを、次から次へと生み出すことができるのですか?
結局は好奇心が問題になるでしょう。新しいものを発見したいという気持ち、そして新しいものが見えてくれば、次々にアイデアが湧いてくるでしょう。それに行政組織の中で、行政ゆえの制約が多いほど、私の想像力はかき立てられるんですよ。私の場合、選択の余地もありませんでしたしね。

──AFAAは昨2006年、組織改革がおこなわれて、キュルチュール・フランスと名称も変わりました。けれど、外部から見ると、名称変更以上にどれほどの変化があったのか、あまり分かりません。
確かに、根本的なミッションの変化があったわけではありません。ただ、フランスには、ブリティッシュ・カウンシルのようにせねば/ならねば、というコンプレックスがあるのですよ。ただ、AFAAは1920年代につくられた組織で、国の監督下におかれた機関でありながら、制度的には1901年法に則った非営利協会であるという、古臭さゆえの魅力があったと思います。政府からも一定の距離を保ち、必ずしも時の政府の外交方針を全面的に代弁するわけではないという自由度を持っていました。ただ、政策の一貫性のなさ(私に言わせれば、変化と運動を重んじる芸術においては必要悪でもあると思うのですが)や組織の連携の不充分さが、フランスのブランド・イメージを対外的に売り込むには、問題だとされたのでしょう。
キュルチュール・フランスという名称には、フランスという名が強く出すぎている気がします(*7)。キュルチュール(文化)が複数形になっているのも、どうなんでしょう。文化はどこにでもある、みんなに関わりのあることなんだ、という意識は強調できるかもしれませんが、あれもこれも文化だ、といってみんなが発言をはじめたら、収拾がつかなくなる気もします。AFAAが、外交官、知識人、芸術家、実業家が雑多に混じり合いながらつくってきた伝統が失われて、中央集権化された一枚岩の組織になってしまう危険もあるでしょう。私自身は、フランスの国益を考えることももちろんですが、芸術家こそが生み出すことができる感動がある、芸術家に外交官を務めてもらうのではなく、芸術家には芸術家でいてもらうことが肝要だ、と考えて仕事をしていました。かつて私が責任者を務めていた組織ですから、これ以上のコメントは控えようと思いますが。

──フランスでは5月に新しい大統領にニコラ・サルコジが選出され、新しく首相をはじめ各大臣が指名されましたが、その動きをどう見ていますか。文化予算の大幅削減や、文化省と国民教育省の合併もささやかれていましたが、結局は、これまで通り、文化政策とメディア政策の二本柱からなる文化コミュニケーション省体制が維持されましたね。新しい文化大臣クリスティーヌ・アルバネルの下で、文化政策はどう変わっていくのでしょうか?
まだ新政府の成立以来、時間もわずかしか経っていませんし、判断を下すには早すぎるでしょう。ただし、新しい文化大臣が就任すれば新しい文化政策が生まれるかというと、必ずしもそうではありません。フランスの文化政策について一般的にいえることですが、ポンピドゥー・センター、オルセー美術館、オペラ・バスチーユ、ケ・ブランリー美術館など、大規模な国立文化施設の創設は歴代大統領のイニシアティヴによるもので、大統領が芸術文化についてもかなりの決定権を持っています。私をAFAAのディレクターに任命したのも文化大臣でなく大統領でした。おまけにサルコジ大統領は、これまでの大統領とちがって、およそあらゆる内政に口出しする人物ですしね。地方自治体の文化政策の充実、マス・メディアの影響力の増大などもあって、文化省と文化大臣の影響力は相対的になってきていると見るのが適当でしょう。
また、文化と教育の統合の話ですが、たとえばジャック・ラングは文化大臣の後に国民教育大臣も務めたように、文化と教育のいずれにも通じた政治家がいないわけではないし、政治的影響力の強い政治家がその大臣になったとすれば、決して悪いことばかりではなかったと思いますよ。ただし、官僚組織の垣根はやはり極めて高いので、急に文化官僚と教育官僚が一緒になって何かやろうといっても大変だったでしょうけれどね。
それよりも、外国人に対するヴィザの発給の制限などに表れているように、フランスが今日、治安や社会安定を気にするあまり、閉じた社会になりつつあることを憂慮しています。フランスはつねに、他者から豊かさを吸収してきました。フランスの芸術の発展にとって、フランスの外からやってきた芸術家の存在は欠かせないものでした。私が館長を務めるモンパルナス美術館は、20世紀前半のエコール・ドゥ・パリの絵画のコレクションで知られていますが、エコール・ドゥ・パリの画家はモディリアニ、シャガール、フジタなど9割方外国人ですよ。
外国のイメージはしばしば、単純化と戯画化を伴います。その意味でも、私自身のステレオタイプを破ってくれたモロッコ滞在の経験は大きかったですね。国際文化交流に関わる人間は、分かりやすく、受け入れられやすい紋切り型に陥ることを注意深く避けなければいけないと思います。文化と文化のぶつかり合い、衝突こそ、ひじょうに豊かな果実をもたらすものなんですから。
 
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