The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
Stimulating the Korean performing arts scene The role of Seoul Performing Arts Festival
韓国舞台芸術シーンを刺激するソウル・パフォーミングアーツ・フェスティバル(SPAF)
ソウルパフォーミングアーツ・フェスティバル
──最近、韓国にも様々なフェスティバルができてきましたが、SPAFの位置づけをどう考えていますか。
果川(カチョン)ハンマダン祝祭や議政府国際音楽劇祭、野外劇中心の水原華城国際演劇祭、春川マイム祝祭といったカラーをはっきりと示したフェスティバル、居昌(コチャン)国際演劇祭、釜山(プサン)国際演劇祭といった地方のフェスティバル、そして各種ダンスフェスティバルと、舞台芸術関連のフェスティバルがずいぶん増えました。2004年に情報交換と協力を主目的とした「韓国公演芸術祝祭協議会」という民間組織を設立し、現在12団体が加盟しています。もちろん、加盟していない団体もありますが、この12団体が韓国の主な公演芸術関連フェスティバルと思っていいでしょう。しかし、地方で開催されるフェスティバルは様々な条件のために内容を特化せざるをえません。それがフェスティバルを矮小化する原因にもなっています。それに対して、常に舞台芸術で溢れているソウルで開催されるSPAFは、内容を特化するよりもっと大きな括りの中で、「国際都市ソウル」の文化的な顔として、しっかりとしたクオリティーの高い作品を提供していくことが重要だと思っています。

──直接作品を見て招聘するそうですが、作品の選択基準についてどのように考えていますか。
この4年あまりで、アヴィニヨン演劇祭とエディンバラ国際フェスティバル以外の30ほどの世界のフェスティバルをまわりました。アヴィニヨンやエディンバラのフェスティバルには歴史があるので、ソウルのモデルにはならないし、多くの人たちが行っていますからね。作品はどれも実際に見て決めますが、演劇の場合、その選択基準はいたってシンプルで、「いい作品」ということです。では、何がいい作品なのかというと、抽象的な言い方ですが、「人間の生にきちんと根ざしているもの」ということです。いい作品で韓国の舞台芸術界に刺激を与えられるものだったら、最先端である必要はないし、表現やスタイルにもまったくこだわっていません。ダンスの場合は、Modafe(国際現代舞踊祭)やSIDance(ソウル国際舞踊祝祭)など、世界的なダンスフェスティバルがすでに韓国にありますので、それらのフェスティバルのプログラムとは違うカラーとスタイルを持っている作品を選んでいます。

──国内作品に関しては?
国内作品は公募制です。企画書、戯曲や振付の意図、映像資料を提出してもらい、それを検討して決めています。国内の場合、業界を知っている分、逆に若手発掘が難しい面があります。公募なら、私たちが知らない若い人材をすくい上げる可能性が広がります。経験に関係なく、可能性と完成度を選定基準にしています。

──フェスティバルの観客層はどういった人たちですか。
主な観客は舞台芸術関係者、学生、愛好家です。一般の観客はそれほど多くなくて、「SPAFは芸術志向なのか」と嫌みを言われたこともあります(笑)。舞台芸術から何かを得た観客は、間接的に多くの人々に影響や変化を与えるものなので一般の観客の関心の有無や集客数の問題ではないとは思っていますが、一般のお客さんをどうすれば増やしていけるかはこれからの課題ですね。ちなみに、今年は観客数も増えて、手ごたえがありました。終わったばかりなのでまだ具体的な数字は出ていませんが、海外招聘作品は約1万3千人、国内作品を合わせると計3万人ぐらい集客して、招待客等も含めほぼ満席でした。それと、公演が終わって暗転になったとたん、観客が拍手とスタンディングで応じ、まるでミュージカルのカーテンコールみたいな作品が何本もあったようで、新聞記者や若いスタッフが驚いていました。こういう、見ることを学び、感じることを学ぶ観客がいるわけで、今すぐとはいかなくとも、舞台芸術に一般観客が戻ってくる可能性があると感じました。そうだ、観客数だけじゃなくて、拍手数みたいなものが合計できればいいと思いませんか?

──今年の公演芸術祭は「Base of Arts―Challenge! Dare to dream Provocation!(日本語直訳「挑発、不穏を夢見る」)」がテーマになっていました。
テーマというのは好きじゃなくて、実際は、テーマより先に作品が決まっている場合がほとんどです。でも、日ごろ考えていることが作品の選定にも影響しているので、振り返ってみるとあるひとつのテーマに沿っていたという感じです。今年のテーマは「Challenge」でしたが、ラトビアの『ロング・ライフ』、ドイツの『セールスマンの死』、ルーマニアの『ゴドーを待ちながら』は間違いなくchallenge(
挑発)してくれましたね。『ロング・ライフ』は台詞なしのリアリズム演劇でしたが、台詞が多くて日常的なのがリアリズム演劇という韓国の人たちがもつ通念を壊してくれました。それと、韓国は強烈なスタイルをもつ作品が最高とされてきましたが、スタイルにきちんと内容を込めていかなければならないと痛感させられました。『セールスマンの死』は韓国に紹介されてからすでに40年以上は経っていますし、何人もの演出家が手がけてきました。しかし、戯曲の解釈と演出はアメリカの初演と何ら変わらないまま上演され続けています。『ゴドーを待ちながら』も劇団サヌリムの林英雄(イム・ヨンウン)氏が再演を重ねながら作品を完成させてきていますが、これ以外の演出はまだ出てきていません。こういう状況に対して、少しでも挑発できればと思い、意図的にこの3作品を招聘しました。

──『ソウルの雨』(日韓共同制作 作/演出:長谷川孝治)と『演じる女たち』(ウズベキスタン・イラン・インド・日本共同制作 企画制作:国際交流基金)という共同制作作品もありました。
フェスティバルの方針として意図的に共同制作作品をプログラムしているわけではありません。将来は、SPAF発の共同制作作品として音楽劇をつくってみたいとは思っていますが、経費も時間もかかりますし、どうすれば実現できるか方法を模索しているところです。
『ソウルの雨』は、劇団路地(コルモッキル)の朴根亨(パク・グニョン)代表からの提案によるものです。長谷川さんの作品は日韓の歴史を扱ったものでしたが、どちらかというと男女関係や人間関係の美しい話になってしまったように思います。それと、言語も文化背景も違い、表現方法も異なる俳優たちが共同制作するには時間が足りなかった。私は「韓日演劇交流協議会」の運営委員もやっていますが、これまでは日韓合作という名のもとでアイディアがあればやれていたところがありました。しかし、両国のコラボレーションに関しては、もう一度考え直してみる時期にきているのではないでしょうか。個人的には日本と韓国以外の戯曲を使ってのコラボレーションを模索してみたいと思っています。『演じる女たち』は、参加国以外の戯曲を使ったコラボレーションの例として招聘したものです
 
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