The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Contents
Presenter Interview
The Rolex Mentor and Protege Arts Initiative, fostering encounters between artists across generations
巨匠との出会いをコーディネートするロレックス社「メントー&プロトジェ・アーツ・イニシアティブ」
──なぜ音楽分野だけが演奏家という「解釈系」のアーティストなのでしょう? 他の分野はいずれも美術作家・演出家・振付家、映画監督、文筆家というようにすべて「創造系」のアーティストなのに。一貫性ということを考えるなら、音楽分野は西洋クラシック音楽の演奏家や指揮者ではなく作曲家を扱うべきではないのでしょうか?
次の第4サイクルでの音楽の《メントー》はセネガル出身のユッスー・ンドゥールで、彼は創造と解釈の両方を手掛けているアーティストです。自身のための作曲を多くしていますから、《プロトジェ》の要件としても「作曲もするし演奏家でもある若手が欲しい」と示唆しています。音楽分野について言えば、我々は徐々に西洋クラシックのジャンルから、もっとワールド・ミュージック系のいわゆる「創造的」ジャンルの方にシフトしています。
この話をもう少し続けると、ダンス分野の《メントー》たちは、《プロトジェ》に「若手の“ダンサー”で“振付”にも興味があり、将来的には“振付家”になってゆく人材」を求めています。彼ら曰く、振り付けは、踊ってゆくうちに学ぶものだから教授しようとして教授できるものではない、と。ですから「創造系か・解釈系か」という二者択一的に考えるのはあまり適当ではないと思います。

──穿った見方をする人の中には、「音楽分野に作曲家が含まれないのは、どんなに有名な作曲家でも一般人は作曲家の名前など知らないからだ」という意見もあるようです。例えばアンヌ=テレサ・ドゥ・ケースマイケルやウィリアム・フォーサイスといった振付家の大御所の知名度は、同じレベルの大御所の作曲家より一般人の覚えがめでたい。『メントー&プロトジェ』の事業は純粋に芸術と芸術家を支援するものではありながら、その実、ロレックスという企業の名前を冠したからには一般に対する効果的な訴求をしないとならない、そのためにはビッグネームを利用して企業イメージに一層の箔をつけるのだ、と。
つまり、我々が取り込んでいるアーティストの知名度や“セレブリティーとしての地位”についての見解ですね。「混在」、なんですよ。例えば、次の第4サイクルの演劇分野の《メントー》になったケイト・ヴァルクを例にとりましょう。彼女はニューヨークにあるダウンタウンの演劇集団、『ウースター・グループ』のリーダーたる演者です。ウースター・グループはつとに知られた団体ですが、いったいどれほどの人がケイト・ヴァルクの名前まで認知しているでしょう? 彼女は“業界通”の目になる選択です。彼女は“セレブ”的なキャリアには目もくれず、映画にも商業舞台にも出ません。ひたすらウースター・グループでの活動に集中しているだけですが、顧問委員の方々いわく、彼女は今日の全米で最も優れた女優であり、演劇業界や舞台芸術業界からものすごく尊敬をされている、と。明らかに、同じ第4サイクルの映画の《メントー》となったマーティン・スコセッシとは、違う種類の知名度です。
初回のサイクルを見てみても、《メントー》のアルヴァロ・シザ・ヴィエイラは、建築家でもない限り「それって誰?」というたぐいの名前でしょう。同じサイクルの時に文学の《メントー》となったトニ・モリソンは、もう誰でもが知っている名前です。つまり、我々がビッグネームのセレブばかりを追いかけているというのは正確ではありません。常に“業界通”の選択と一般的著名人の混在を心がけています。

──この事業の活動結果を測る評価基準といったものを設定していらっしゃいますか?
最初に結論を言えばノーです。顧問委員は《メントー》を推薦しその参加を促す手伝いをするというのがおもな役割ですが、我々は、この事業についてのさまざまな局面について常時彼らにコンサルティングを求めています。例えば、「総合芸術というカテゴリ−を作るべきか?」とか、「《メントー》は現役活動をバリバリしている人物に限るべきか?」といった質問を投げかけるわけです。この前の顧問委員会の席で質問したのは、まさにその評価に関わることで、私も最も気にしていた問題です。
「ロレックスは、この事業の“成果”というものにもっとどん欲であるべきじゃなかろうか? 例えば、《プロトジェ》には同事業参加期間中に何らかのプロジェクトを完成しろと要求するのはどうか?」とか、あるいは「何らかの活動の“ベンチ・マーク”(一定基準)を設けるべきじゃないか?」といった疑問です。でもこの間のミーティングでの顧問委員たちの反応は、「そんな必要は無い。今のままでとても良い。どのようなインパクトをもたらしているかなんて10年後になってみなけりゃわからないことなんだから」というものでした。というわけで、「評価」ということはしていないのです。最初の第1サイクルからいま5年経っていますが、その第1サイクルの成果を測定しようとすることすら、まだ性急すぎます。

──この事業をスタートさせた時に、ロレックス社としてこの事業の継続時間の枠を設けたりしましたか? 例えば「何にせよ最低○○年は続けてみよう」とか、「5サイクル目の終了したところで見直しをはかって、必要な改訂や調節を行うことにしよう」──みたいなことですが。
いえ、今までのところそんなものは無いです。何か大きな改良を加えるなんてことはまだまだ時期尚早だと思いますから、最初の年に作り上げた方法のまま今後も続けて行きます。いいですか、例えば『ロレックス賞』は始まってから約30年経っていますが、今ようやく、「このまま続行するか、変革を加えるか」という論議が始められているところです。2008年末にほんの少しの改訂することになった程度です。
ロレックスは100年を越える歴史を持つ、卓越したブランドです。現在のCEOのパトリック・ハイニガーにしても、創立から数えてやっと3人目のCEOです。つまりロレックスという会社のおもしろいところは、何を為すにも時間の単位がとても鷹揚だということです。5年なんていうのはとるに足らない時間です。20年あるいは30年経ってようやく、「さて、どうするか? うまくいっているか? このまま続けるか?」なんてことに目を向けるのかもしれません。
株の売買のような企業で働くのでなければ、中期・長期単位でものごとを進めることができるはずです。長期の積み上げによって、力は培養されるのです。まぁどこかの時点で──10年後くらいでしょうか──『メントー&プロトジェ・プロジェクト』についても、我々の為していることと進む方向、そして評価ということが話し合われるでしょう。
ただし、「変化」ということは常に起きています。例えば、先日のガラの一週間前の週末に、ニューヨークで『ロレックス・アーツ・ウィークエンド』というイベントを催しています。6つのイベントがマンハッタン各地の劇場や文化施設で開催され、過去の3サイクルに参加した《プロトジェ》たちの作品が一般に向けて上演・上映・展覧されました。さらにシンポジウムもひとつ主催しました。こういった一連のさまざまのイベント公共に向けて行うのは、今回が初めての試みでした。前回、第2サイクルが終了した2年前の時には、今回の一連イベントのミニ・バージョン的な催しをコロンビア大学で行いましたが、内部関係者を招待しただけの内輪のものでしたから。
というわけで、アウトリーチとか一般に向けての普及活動という関連事業の面で、本事業は多いに変化発展しているわけです。何にせよ、大局的に見て、いま現在、CEOのパトリック・ハイニガンはこの事業に満足していると思います。なぜなら、我々は多くの興味深い人々と巡り会い、支援をし、豊かなつながりを創出しているのですから。
 
BACK
| 1 | 2 | 3 | 4 |
NEXT
TOP