The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
Training arts managers to support the activities of the multi-cultural, multi-ethnic artists of Indonesia   Jakarta's art NPO Kelola
アート・マネージャー育成で、多文化・多民族アーティストを支えるジャカルタのクローラ財団
佐東 日本のアーティストや芸術団体といろいろと仕事をされてきたと思います。特にサルドノさんは日本人アーティストとのコラボレーションも多いですが、こうしたコラボレーションの可能性についてはどのようにお考えですか。

クスモ サルドノは日本に何度も行っていて、Yas-Kaz、高橋悠治、勅使河原宏などとコラボレーションしていますし、これまでの日本のアーティストとの関係は非常にいいものでした。勅使河原宏の演出で高橋悠治が音楽を担当し、バリ島の舞踊団にサルドノが振り付けをして熊野で公演を行ったこともあります。また、私たちは白虎社、山海塾、JCDNなどのインドネシア公演のオーガナイズもしてきました。しかし、私は、もっとたくさんの日本のアーティストにインドネシアで公演をしてもらいたいと思っています。というのも、世界は大きく変化しています。もしも、さらに成長しようと思ったら自分のいる場所の外で一体何が起っているのかをみなければなりません。アーティストにとって他の作品をみることは重要な学習プロセスです。インドネシアでは西洋の舞台公演は時折みることができますが、日本やアジアのものはとても充分とは言えません。
 コラボレーションについては、アーティストが成長するために重要なことだと思います。しかし、まずは、そこに行って人々と会って話すということが大事だと考えます。コラボレーションが結果として生まれるか否かは別として、お互いに会って話すのです。アジア諸国における諸問題の多くは、お互いをほとんど知らないということからきています。なぜなら他に情報がないからで、まずは会って話しをしてお互いを理解することがとても大事なのです。そのプロセスが大事ですし、それには時間がかかると思います。

佐東 2年前に僕がクローラ財団のアート・マネージメントのワークショップに招かれてインドネシアに行った時、貨幣価値の違いや貧しさのためにパソコンを購入することができず情報化が遅れていることなど、インドネシアの舞台芸術界が直面している問題がたくさんあることを知りました。

クスモ 特に、舞台芸術のアーティストは情報収集が得意でないようで、人々はどうやって情報にアクセスすればいいのか知りません。ですから、私たちは情報提供に力を入れていて、入手した情報はみんなに伝えるように努めています。ほとんどの人がパソコンをもっていませんし、ジャカルタですら、まだインターネットが遅い状況なので、コミュニケーションにも問題があります。ただ、最近では携帯電話が普及したおかげでかなり改善されていて、今は携帯のテキスト・メッセージ(SMS)が一番有効な連絡方法になっています。公演の告知でもテキスト・メッセージを活用しています。

佐東 インドネシアは多言語、多民族という多様な文化の集まりです。舞台芸術のアート・マネージメントを行う際にこうしたインドネシアの多様性による難しさや苦労はどのようなものですか。

クスモ インドネシアというのは極めて政治的な概念をもつ国です。オランダが支配していた地域がインドネシアになったわけですが、文化的にインドネシアについて語るのはとても難しいと言えます。なぜなら中部ジャワと西ジャワとは文化が異なりますし、バリ島も違う、南スラウェシも違う、北スラウェシも違います。もしも「インドネシア芸術とは何か?」と問われたら、答えるのが非常に難しいでしょうね。私は、そうした多様なルーツがあることが私たち独自の文化資源だと考えます。だからこそ美しく豊かでいられるのです。

佐東 そのような多様性を活かしてマネージメントするためにどのような工夫をされていますか。

クスモ 私の経験上、インドネシアでアート・マネージメントを行うときに最も重要なのは、こうしたそれぞれの芸術様式を尊重し、そのおかれている文脈を知ることだと思います。そしてそこにある構造とつきあっていくのです、それを変えようとしてはいけません。たとえば、ある地域のアーティストと一緒に仕事をする場合、彼らはそのコミュニティと密接な関係にありますから、そこにある暗黙のルールを理解し、尊重しなければなりません。例えばバリのアーティストと仕事をするなら、郷に入れば郷に従えで、彼らのやり方に添って、支えることがアート・マネージャーの仕事です。

佐東 最近では、芸術界の中で「アジア」という言葉がクローズアップされています。アムナさんは、アジアの芸術コミュニティの一員としてどのようにこの現在の動きを捉えていますか。

クスモ 私はアジアの芸術コミュニティの一員としての強い希望を持っています。長い間私たちはアジアよりも西洋をみてきました。ヨーロッパやアメリカから招聘され、多くの日本や中国のアーティストが海外に行っていますが、インドネシアや他のアジア地域に来るアジアのアーティストは非常に少ないのです。どうしてでしょう? その大きな理由は資金調達と関わっていて、構造的にそうなっているのです。アジアのアーティストはヨーロッパや北米だけを訪れるのではなく、自分達の地域をもっとよく知るためにアジアに行くべきです。今はベトナムに行くより、アメリカに行くほうが簡単ですが、アジアにいる私たちがこのことについて話し始めることで、こうしたことができるような方法を見つけ出せたらという強い希望をもっています。
 まずここから始まります。ベトナムではどんなことが起こっているのか、カンボジアではどんな人が働いているのか、まずは知らなければなりません。知らなければ、コラボレーションも何もできないからです。将来クローラ財団ではそのための取り組みができればと思っています。現在、私はインドネシアのアートに触れる1週間ぐらいの滞在企画を催したいと考えています。アジア各地から私たちの仲間やアーティストを集めて、インドネシア国内の展覧会や公演をみて、アーティストに会いに彼らの稽古場を訪れるのです。インドネシアのアーティストがどのような考えを持ち、どのように仕事をしているのかを実際に触れることによって、彼らのことをより理解してもらえると思います。彼らが直面している問題や状況を目の当たりにして、お互いの知恵をさらに発展させることができると信じています。

佐東 私も新しいことを始めるには十分に機は熟していると感じています。これからアジア諸国の間でもっと盛んに交流ができるように一緒に形を作っていけたらと思います。

クスモ 今はいい時期だと思います。私はクローラ財団で仕事を始めてからスタッフ交流のような人材交流に興味をもつようになりました。それでACCから助成をうけてマレーシア、ベトナム、インド、カンボジアなど数カ国をまわりました。私が他のアジア諸国をまわるために助成をしてくれたのは、ニューヨークに拠点を持つ団体だったのです。ある意味、これは悲しいことだと思いませんか。アジアにおいて最も強力な経済力を持っているのですから、日本にはアジアの文化交流にもっと大きな役割を担ってほしいと期待しています。
 
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