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Presenter Interview
Oh Tae-sok, a genius of Korean theater and Artistic Director of S. Korea's National Theater and National Drama Company
韓国演劇界の鬼才、オ・テソク(呉泰錫)韓国国立中央劇場・国立劇団芸術監督に聞く
劇団木花
1984年、『アフリカ』(作・演出/呉泰錫)で旗揚げ。
以来、韓国現代演劇をリードする劇団として、『父子有親』『春風の妻』『自転車』『ビニールハウス』『沈清はなぜ二度インダンスに身を投げたか』『白馬河の月夜に』『千年の囚人』『狐と愛を』『コソボ、そして流浪』『忘れられた河』『I LOVE DMZ』『ロミオとジュリエット』など、数々の代表作を残すとともに海外でも高い評価を受けている。
http://www.mokwha.com/
劇団木花『ロミオとジュリエット』
脚本・演出:オ・テソク
初演:1995年
シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を韓国版に脚色。若い恋人たちのはかない死にかかわらず、モンタギュー家とキャピュレット家の争いはむしろ深くなり殺戮の渦へと向かう。原作とは異なるラストシーンが、今も南北に分断されている朝鮮半島を想起させ衝撃的だった。1995年から韓国内はもちろん、日本(富士見・東京・北九州)をはじめドイツ(ライプニッツ広場劇場)、インド(ニューデリーカマニ劇場)、イギリス(バービカン劇場)、中国(南京・北京・張家港)などでも公演されている。
ロミオとジュリエット
劇団木花『I LOVE DMZ』
脚本・演出:オ・テソク
朝鮮半島を南と北に分断する38度線DMZ(非武装地帯)。そこは、自然の宝庫、動物たちの天国だ。ある日、ここで暮らす動物たちに南北を結ぶ列車が開通するとの知らせが届く。動物たちは自らの棲みかを死守るために、朝鮮戦争で死んだ国軍・人民軍・UN軍の兵士たちの霊を呼び出し、愚かな人間たちに戦いを挑む。子供たちに朝鮮半島の現実を伝え、未来を切り開いてほしいとの願いが込め、2002年に初めて劇団木花が挑戦した大人も子どもも楽しめる家族劇。現在も再演が重ねられている。
I LOVE DMZ
──任期終了後の劇団の活動は?
 在任中も、劇団はバービカン劇場など海外でも公演し、劇団は劇団として以前と変わらず活動していました。今月は中国の北京、南京、張家港の3都市で『ロミオとジュリエット』を公演します。中国公演が決まった時は、感慨深かったですね。劇団木花が『胎』で初めて日本公演をしたのが1988年、その20年後にやっと中国公演ですから。韓国と日本、韓国と中国、この20年の時差はいったい何だろうと。
 最近、中国に行く機会が多く、改めて韓国、日本、中国、東アジア3カ国の漢字文化について考えています。以前から漢字という文字文化を持つ3カ国で何かできないだろうかとは思っていましたが、やっとその時期が来たような気がします。日本とは歴史的な問題で、中国とはイデオロギーの問題で、なかなかオープンにはなれない関係でしたが、そんな時代ではないことを中国に通いながら実感しました。
 面白いと思いませんか? 例えば、「天地」という漢字は3カ国共通です。発音はそれぞれ違うけれど、漢字で違う国の人たちが同じものを想像し、同じ意味を共有するんですから。漢字文化演劇をつくりたいですね。漢字文化を共有する3カ国が、共に何ができるのかを提示し実践できるのは、韓国だと思います。どうしてだと思いますか? 韓国は混ぜる食文化と発酵させる食文化があるので、混ぜること、発酵させることが得意です。文化も同じ。日本、中国という異質な文化を、韓国文化というどんぶりの中で混ぜて発酵させる。面白いでしょう(笑)。これは、これからの私と劇団木花での仕事になっていくでしょう。

──呉泰錫先生と日本の演劇人たちとの交流についてお聞かせください。
 初めて日本を訪ねたのは1980年でした。『草墳』という作品を日本で公演したいと連絡を受けたのですが、あまりにも韓国的な作品なので日本の演出家で演出できるのかと尋ねたところ、なら演出もしてくれと。今はなくなったと聞きましたが池袋の文芸坐ル・ピリエという劇場で公演しました。この公演は在日韓国演劇公演会と国際青年演劇センターとの共同作業でしたが、この時に発見の会の瓜生良介さんらと出会いました。
 1982年には、地人会が企画した「母たち」という6人の劇作家と6人の女優による一人芝居シリーズがあり、李礼仙さんの主演で『オミ』という作品を発表しました。この時、唐十郎さんと知り合いになり、ずいぶん酒を飲みました(笑)。
 1988年、劇団木花が『胎』で三井フェスティバルに参加してからは、タイニイアリスで『春風の妻』『鴎よ!』『朝、時々雪か雨』をはじめ、『父子有親』『胎』『I LOVE DMZ』『ロミオとジュリエット』と数知れず日本で公演させてもらっています。実は、私の父は早稲田大学に通っていたし、日本とは縁があるのでしょう。

──最近の韓国演劇界は、プロデュース公演やミュージカル公演も増加し、大学路には100以上もの劇場が立ち並び、多様性と華やかさを増していますが、このような状況をどうご覧になっていますか。
 一見、華やかで活気があるように見えますが、伝統がなくなり、演劇を続けていく条件は悪化しているなと思います。一番大きな問題は基礎を学ぶ時間がないということです。映画やテレビは瞬間的な演技ですし、機械が俳優をカムフラージュしてくれるので、一夜にしてスターやシンデレラがどんどん現れます。演技を志す若者たちは、それを夢見ていますしね。
 ひとりの俳優が生まれるまで、どれくらいの時間がかかると思いますか? 大学の演劇関連学科に入学するのが19歳くらい、韓国は徴兵制があるので男子学生なら卒業するのは26、7歳、それからオーディションなどを受けてデビューするまで、すでに10年ほどの歳月が必要なわけです。だから、誰もが一刻も早くスターになりたい。しかし、演劇はそうはいきません。なのに、演技も、演劇も、同じく一夜にしてできるものと思っているようです。すべてが、“早く、早く”です。稽古もしかりです。生産性をあげ、経費を切り詰めるために、稽古時間はどんどん短くなっています。1作品の稽古時間は、1カ月から2カ月でしょうね。このような状況では作品の完成度が低くなり、軽くなるしかありません。
 実は、劇団木花の公演は学芸会だと言われることがあるのですが、でも、学芸会であろうと、何であろうと、そんな言葉は全く気になりません。なぜなら、俳優たちは劇団木花で基礎を学ぶ時間を過ごしていると思っているからです。人間ひとりが育つには、本当に膨大な時間が必要です。劇団は1年中、稽古と公演の繰り返しです。この繰り返しが蓄積されて俳優は育っていきます。先ほどもお話しましたが、30代中盤になると多くの劇団員たちは劇団を離れざるをえない選択を迎えます。しかし、劇団に留まらなくとも韓国演劇界に輩出されていくなら、劇団木花はある役割を果たしているのではないでしょうか。

──今日はどうもありがとうございました。韓国、中国、日本の「漢字文化演劇」でどのような作品が生まれるのかとても楽しみです。
 和食は食べられるけれど、中華料理が苦手でね。どれもこれも油っぽいし、香辛料がきつくて(笑)。また、日本で皆さんとお会いしたいと思います。
 
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