The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
The Minneapolis-based Walker Art Center, an international hub for cutting-edge performing arts
国際的な前衛舞台芸術の拠点のひとつ 米ミネアポリスのウォーカー・アート・センター
ウォーカー・アート・センター
ミネアポリス彫刻庭園にあるマーク・ディ・スヴェロの彫刻『分子』(1998年)
Photo: Glenn Halvorson
ウォーカー・アート・センター
ミネアポリス彫刻庭園にあるクレス・オルデンバーグ&コーシャ・ヴァン・ブリュッゲンの彫刻『Spoonbridge and Cherry』
Photo: Dan Dennehy
ウォーカー・アート・センター
Haegue Yangの『Blind Room』は「Brave New Worlds exhibition」(2007年)のために設置された
Photo: Gene Pittman
ウォーカー・アート・センター
ギャラリーでの展覧会、Kara Walker『私の補足、私の敵、私の抑圧者、私の愛』(2007年)
Photo: Gene Pittman


*13 NPN
→「今月の支援団体」
──現在、ウォーカーはどのような組織構成で、何人のスタッフが働いていますか?
 全館のフルタイムスタッフは120から125人くらいで、この数にはマーケティングや経理関係、広報関係、プログラム関係のほか、受付や美術品を管理する人々も含まれています。
 プログラム関係は、3部門あります。ビジュアルアーツ部門が一番大きく歴史があり、アソシエイトやアシスタントキュレーターも入れると常時、5、6人のキュレーターいます。映像(フィルムとビデオ)部門には4人のスタッフ、そして舞台芸術部門には5人のスタッフがいます。

──予算はどれくらいですか?
 全館予算は2200万ドル(約22億円)で、舞台芸術部門は100万ドル(約1億円)です。但しこの100万ドルの予算はいわゆるプログラム予算で、アーティスト・フィー、アーティストの宿泊や旅費、技術関係費、マーケティングなどで、同部門の運営費、人件費等は全館予算の方に含まれています。

──プログラム関係の3部門は、コーディネイトして同じテーマやフォーカスの下に芸術作品を上演、展示することがありますか?
 できるだけそうなるよう、努力しているところです。ウォーカーの現総合ディレクターも、将来に向けての新しい方向性として、さまざまな芸術表現のジャンルを超えて統合して企画することに強い興味を示しています。しかし、ジャンルが違うと、通常、企画のタイムラインも全く違うことが難問です。具体的には、ビジュアルアーツの展示の企画は、今、4年先の計画を立てていますが、舞台芸術部門は、来年度、つまり今から1年から1年半先のプログラムを私が最終決定しているところです。そして、映像部門は3カ月から6カ月先のプログラムの準備をしているといった具合です。ですから足並みを揃えるのが難しいのですが、共同で企画をしたり、既存の企画から共通テーマを打ち出す可能性がないか、3部門で話し合えるシステムをつくっているところです。
 3つのプログラム部門が一緒に仕事をすることはこれまでにもありました。例えば、ヨーコ・オノのショーの時は、私は関連音楽プログラムを上演し、他にスライド・レクチャーもあり、ヨーコのパフォーマンスもあり、映像部門は彼女の映像作品を上映しました。

──ヨーコ・オノの例もそうですが、ウォーカーではこのインタビューを行っている現在も大島渚監督の映画上映をしていますし、過去にも日本関係の大掛かりな展示や日本の現代舞台芸術作品を何度も上演してきています。ウォーカーの企画の方向性と日本の芸術表現には、“美意識の一致”のようなものがあるのでしょうか?
 理路整然とは説明できませんが、確かにウォーカーのプログラム部門は全てのジャンルで、日本という国が現代アートの表現において革新的な考え方と形式を生み出す中心的存在の一つであるという見方をしてきたと思います。例えば、ウォーカー史上、最も人気のあった展示の一つは、フリードマンの指揮下に1980年代半ばに行われた「Tokyo: Form & Spirit」で、本当に多くの人々を惹き付けました。日本のデザイン、建築、ファッション、美術、メディアなど広範囲にわたる素晴らしい展示でした。
 日本のアーティストはテクノロジーを上手く使い、現代社会に生きる問題点について先見的な見方、考え方をしているという印象があります。それに応えるべく、ウォーカーは彼らの北米での活躍の大きな窓口の一つとなってきたのです。ギャラリーでの展示作品はもちろん、舞台芸術でも、特にコンテンポラリーダンスは、大野一雄、山海塾、大駱駝鑑ダム・タイプ伊藤キム、田中泯、笠井叡、エイコ&コマ、彫刻庭園でのケイ・タケイなど、本当に数多くのアーティストを紹介してきました。
 映画部門も、非常に国際色が強く、日本映画に関してはその新しいトレンドと並行して巨匠たちのレトロスペクティブを長年にわたって上映してきました。

──近い将来、また日本からのパフォーミング・アーティストの上演を検討する場合、どのようなアーティストに興味がありますか?
 それは欧米のアーティストと同様、これまで見たことのない表現か、その形式において、また内容において新しい視点をもっているかどうかということです。ここ数年は、例えば演劇を例にとってもそうですが、テクノロジーの革新性もさることながら、同様に力強い内容をもつものに注目しています。
 私は、多くの日本のアーティストの作品に感銘を受け、魅了され続けています。そして今、助成金申請など、招聘の努力の真っ最中なのが勅使川原三郎さん。ずっと呼びたかったアーティストです。彼もジャンルを超えて作品をつくってきたアーティストですから、ウィリアム・フォーサイス、メレデス・モンク、マース・カニングハムなどと同様、ウォーカーに最適だと思います。

──ウォーカーの将来へのビジョンはどのようなものですか。
 一つには、現代アートの表現がジャンルを超えて刺激し合い、混じり合う方法を希求し続けることだ思います。そのためには、例えばギャラリーやロビーでのパフォーマンス、これまでもやってきましたが、ビジュアルや映像作家と舞台芸術家とのコラボレーションを反映したプログラムを増やすなど、全館レベルでよりさまざまな工夫をしていくつもりです。ウォーカーは、ジャンルが違うという理由でこれまで出会う機会のなかったアーティストたちが出会い、お互いを刺激する場でありつづけたいと思います。
 それから、経済の不振に関わらず、コミッション・プロジェクトは続けていくつもりです。まだ日の目を見ない初期の創作段階で、アーティストに資金を与えることはとても重要だと思います。ヨーロッパや日本では、「コ・プロデューサー(共同プロデューサー)」と呼ばれる役割をウォーカーが果たすことは、不況の影響で新作のコミッションを控える組織が増えるこれからの時期、一層大切なことだと思います。

──最後に、フィリップ・バイザーさん自身についてですが、業界のリーダーの一人として、全米各地の助成金の審査員やプログラムのアドバイザーをするなど、幅広いネットワークをもって活躍されています。貴方やウォーカーの舞台芸術部門が関わっている組織について、簡単に教えてください。
 私は、舞台芸術プログラムを総合現代アートセンターの一環で行っている全米12の組織を繋ぐ「コンテンポラリー・アート・ネットワーク」の共同創設者です。また、ウォーカーは、ナショナル・パフォーマンスアート・ネットワーク(NPN)(*13)の12の創設組織の一つで、私自身、このプログラムには大変積極的に参加しています。アフリカ大陸と北米の芸術交流促進のために新しくつくられた「アフリカン・コンソーティアム」には現在10の組織が参加していますが、ウォーカーは、創設組織の一つです。コンテンポラリーダンスの新作制作とツアーにとって大切な支援プログラム、「ナショナル・ダンス・プロジェクト」(NDP)にもウォーカーは積極的に参加していますし、私自身もアドバイザーを務めています。また、私はニューヨークのジャパン・ソサエティーのアドバイザリー・ボードもここ2年間、務めています。私とジュリー・ヴォイト(舞台芸術部シニアプログラムオフィサー)は両名とも国際交流基金のパフォーミングアーツ・ジャパン・プログラムの助成金審査員を何度も務め、日本にも定期的に行きました。米国のプレゼンターが海外のプログラムを増やす転機となったIPF(インタナショナル・プレゼンターズ・フォーラム)の議長をジェイコブス・ピロー・フェスティバルの会議でエッラ・バッフと務めたこともあります。米国とフランスのアーティストの交流を促進する助成金プログラム、「エタン・ドネ」でも助成金の審査員を務めました。そしてオーストラリアのアーティストに対する人々の理解を深めるために、オーストラリア・アーツ・カウンシルのアンバサダー的役割も務めています。また、個人的に、ブラジル、南アフリカ、インドネシアで将来の芸術交流のためのリサーチもしています。

──ウォーカーが国内外の舞台芸術ネットワークの要となっていることがよくわかりました。本日はブラジルからもどってこられたばかりでお忙しいところ、ウォーカーの歴史やビジョンをお話しいただきまして、どうもありがとうございました。
 
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